35 取引
渡辺凛は安藤芹に電話を掛けた。彼女とは中学二年生の時に転校して以来、会っていないという事だった。数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。
「もしもし? 芹?」
『凛よね? かなり久しぶりだけど、突然どうしたの?』
「実は今、小学校六年生の時の白川さんと一緒にいるのよ」
『え? ……』
「もしもし? 驚いてる気持ちはよく分かるけど、芹もずっと心にしこりが残っているんじゃない?」
『うん……』
「今から白川さんと話してみない?」
『……わかった』
「それじゃあ、白川さんに代わるね」
渡辺凛はスマートフォンを白川に手渡した。
「安藤さん、お久しぶり。白川瞳よ」
『お久しぶりです。その節は……本当に申し訳ありませんでした……』
「安藤さん、よかったら私と取引をしない?」
『取引?』
「私に協力してくれたら、過去の事は全て水に流してあなたを許す」
『協力って? ……何をすればいいの?』
「悪いけど、ここでは話せない。出来れば直接会って話がしたいの。謝罪とか無理な事を頼むわけじゃないから安心して」
『本当に信じていいの? 仕返しとかしない?』
「しない。絶対にしない。約束する」
『……わかった。そこまで言うなら』
「近いうちに会いたいけど、お互いの都合もあるだろうから、とりあえず住所と電話番号を教えてくれない? 私に教えるのは嫌だろうけど」
『……いじめてた方なのに、心に棘が刺さったみたいに、あの頃の意地悪な自分を何度も思い出すの。もし白川さんが許してくれるなら喜んで協力するわ』
「取引成立でOK?」
『約束する』
白川はお互いの連絡先を確認した後、スマートフォンを渡辺凛に返した。
窓の外は厚い雲の切れ間から光が射して、雨が小降りになっていた。
「最後に一つだけ。小学校六年生の時学級委員長だった、海野洋について何か知っている事は無い?」
「海野君は頭が良かったから、県立西河高校に入ったと聞いているわ。詳しい事は知らないけど、引っ越しはしていないと思う」
「ダメ元で訊くけど、あなたのお父さんは南小学校の同窓会委員なのよね? 私たちの同期生の名簿を手に入れる事は出来ないかな?」
「それはちょっと難しいんじゃないかな。ちゃんとした理由があれば確認する事は出来るだろうけど、勝手に閲覧したり持ち出したりは出来ないと思う」
「わかった。今日は本当にありがとう。何か分かったら、必ず渡辺さんに知らせるようにする。あなたの地元のどこかに手紙の差出人が潜んでいるかも知れないから、調査は私に任せて。余計な詮索をすると返り討ちに遭う恐れもある。軽はずみな行動はしない事。安藤さんにも今日話した事を伝えておいてくれると助かるわ」
「白川さん、こちらこそ許してくれてありがとう。ちゃんと芹にも伝えておくわ。調査の方、お願いね」
灘波駅の券売機の前で渡辺凛と別れた後、俺と白川は帰りの列車の中で合流した。列車を伊波駅方面に乗り換えると、乗客は数えるほどに減った。俺は吊り皮につかまり、赤く染まった車窓の景色を眺めながら溜め息をついた。
「調べる事が多すぎて、何から手をつければいいのか分からなくなってきたな」
「私の心は決まっているけど、よく話し合ってから決めたいの。一は明日も朝から暇よね?」
白川は車窓に映った俺の顔に、あざとい目線を向けて言った。




