34 正義の味方
「その誰かが、わたしたちの指紋が付いた茶封筒を木田さんから受け取り、この気味の悪い手紙を入れて、タイムカプセルの中に紛れ込ませたって言うの?」
渡辺凛はこめかみを親指で押さえて顔を顰めた。
「木田さんは手紙の差出人の正体を知っている。逆らえない理由があるとしても、何かの弾みで彼女が全てを暴露する恐れは拭えない。口封じをする動機は十分にあると思う」
「ちょっと待って。手紙の差出人は卑劣ないじめが許せないから、白川さんに代わって復讐をしたいんでしょ? その人が、どうして木田さんを操っていじめをやらせたと思うの? 矛盾するんじゃない?」
「手紙の文章をもう一度よく読んでみて。この人はいじめを咎めるよりも、制裁を加える事に喜びを感じてる。私がいじめられている事を知っていたはずなのに、弱っている私を助けもせずにずっと傍観していたのよ」
「でも……」
「正義の味方になるためには悪者が必要。バレないように木田さんを操って、卒業までいじめを続けさせた。私はそう見ているの」
「……正義の味方になるために、事故に見せかけて人殺しまでするの? 一体、それで誰が喜ぶと言うの?」
渡辺凛はこめかみを押さえ、俯いたまま白川に尋ねた。
白川はテーブルの上に広げた手紙の文面に指を当てて、小さな声で読み上げた。
「【あなたがよろこぶ姿を想像すると、わたしの心がはずみます。ふくしゅうのアイデアをいろいろと考えることが、わたしの生きがいなのです。】……この人は、いじめを出しに使っただけ。自分の欲望を満たすための手段だったのよ」
わらび餅と抹茶アイスをお盆に載せた店員がやって来た。白川たちは慌ただしくテーブル周りを整えて姿勢を正した。俺は再びドリンクバーへ向かい、熱いカフェオレを注いで戻って来た。座って窓ガラスに映った二人を確認すると、お互いの学校生活について話し合っていたようだ。
「あとは出来るだけ皆の安否を確認したいの。渡辺さんの知っている範囲でいいから、無事な人を教えてほしい」
「同じ学校にいる人で、重大な事故や事件に巻き込まれたような人は桐島君以外にいないわ。もしいたらすぐに噂になるだろうし、学校からも報告があるはずだから」
「安藤芹さんとは電話が繋がらなくて、根本遥さんは留学中だと聞いたわ。二人について何か知っている事は無い? 住所でもスマホの番号でもいいの」
「安藤さんは引っ越して別の高校へ行ったの。今は年賀状の交換くらいしかしてないけど、住所とスマホの番号は分かるから、後で白川さんに教えていいか訊いてみる。根本さんは……」
渡辺凛は急に黙り込んだ。
「根本さんに何かあったの?」
「……根本さんは中学に入学した時から、ずっと不登校が続いていたの。何度か家にも足を運んだ事があるけど、一度も部屋に入れてくれなかった。中学二年生の時に行ったのが最後かな。それっきり一度も会ってない。留学の話も本当かどうか分からないわ」
「根本さんの住所を教えてほしい。あなたから聞いたとは、決して誰にも言わないから」
渡辺凛は大きく息を吐いた後、スマートフォンで地図を確認した。
「根本さんの住所は……引っ越してなかったらだけど、ここよ」
「ありがとう。昼食を奢った甲斐があったわ」
「それじゃあ安藤さんに確認するから、ちょっと待ってね」
渡辺凛はスマホを操作して電話を掛けた。




