33 切っ掛け
「わたし、ちょっと御手洗いに行って来る」
「そう。それじゃあ、私は紅茶のお代わりに行って来るわ」
席を立った渡辺凛を見送って、白川は俺の前を通り過ぎ、ドリンクバーの設置場所へ向かった。
俺は渡辺凛の後姿を確認した後、コップを持って席を立ち、白川の隣りに並んでコップの氷を入れ替えた。
「渡辺さんは当時の事を正直に話してる。茶封筒の不利になるような事も。私はシロだと思うけど、一はどう?」
白川は包装から取り出したアップルティーのティーバッグをカップに入れ、熱湯を注ぎながら呟いた。
「窓の映り込みで確認したけど、不審な挙動は見当たらなかった。シロと判断して、踏み込んだ質問もしてみたらどうだろう?」
「そうね。もし茶封筒がどこかに潜んでいて、渡辺さんと私が接触した事が分かったら、どんな行動に出て来るか分からない。今のうちに聞き出せる事は訊いておいた方がいいわ」
「物騒な事を言うなぁ。さすがの茶封筒にもいろいろとやる事があるから、ずっと標的に張り付いている訳にはいかないだろう」
俺は横目でトイレから出て来る人の気配を感じた。二杯目のアイスコーヒーを多めに注いでシロップとミルクを鷲づかみし、小走りで席に戻った。
スマホを弄る振りをしながらアイスコーヒーを掻き回していると、白川と渡辺凛が連れだって奥のテーブル席に戻って来た。二人で追加のデザートを注文した後、渡辺凛が口火を切った。
「白川さんは、さっき『口封じ』と言ったわね。それは一体どういう意味?」
「私を執念深い女と思わないでね。当時あなたたちに酷い落書きをされた教科書をまだ持っていて、何か分かるかも知れないから、その落書きを再検証してみたのよ」
「へ、へぇ……そうなんだ」
「酷い落書きに紛れて、気づかないくらいの目立たない小さな文字で『ごめん』って、謝罪の言葉が書かれてあったの」
「一体誰が書いたのかな?」
「タイムカプセルに入っていたクラスメイトの手紙の文字と照らし合わせた結果、癖が木田さんの書いた文字と一致していたの」
「うそ?! あの木田さんが? どうして? 訳が分からない」
渡辺凛は両手で口を塞いで声量を抑えた。
「私は改めて当時の事を俯瞰的に振り返ってみたの。当時の私はひねた性格で、同い年なのにクラスの皆を子ども扱いして見下していた。いじめられる要因は確かにあった。
でも、それ以外にも理由があったんじゃないかと思い直したの。あなたたちのグループがいじめを始めた切っ掛けよ」
「詳しくは覚えていないけど、グループの中で木田さんが言い始めたのは確かよ。白川さんはわたしたちを見下して、お高く留まってるってね」
「……その木田さんが、こっそりと私の教科書に謝罪の言葉を記していたのよ。木田さんは、本当は私をいじめたくなかったんじゃないかな?」
「わたしの意見を言っていい?」
渡辺凛は静かに言った。
「ええ。どうぞ」
「言い訳に聞こえるかも知れないけど、いじめる方もしんどいし、先生に告げ口される恐れもある。悪い事をしている自覚もあるから罪悪感に押し潰されそうになる事もあった。
正直、どうして木田さんが、ずっといじめをやり続けているのか理解出来なかったの。だけど当時のわたしはリーダーの木田さんが怖かったし、仲間外れにされるのも嫌だったから……本当にごめんなさい」
渡辺凛はしばらくの間頭を下げて、俯いたまま押し黙った。
「あなたは木田さんの命令に逆らえなかった。同じように木田さんも、誰かの命令に逆らえなかったとしたら……私はそう考えるようになったの」




