32 口封じ
窓の外を見ると、雨はまだしばらく止みそうにない。数組の団体客が入店し、店内は多少騒がしくなってきた。
「白川さんはこの茶封筒の差出人が、亡くなった三人を事故に見せかけて殺したんじゃないかと考えているのね?」
「今は、クラスメイトの中に被害に遭った人がいないか調べているところ。それが渡辺さんに電話を掛けた理由よ」
「わたしは標的にされているかも知れないのね。しかも優先順位は早そう」
渡辺凛は大きく息を吐いて、再び料理を食べ始めた。
「三人とも、まさか自分が殺されるとは思っていなかったはず。その隙をつかれたのかも知れない。茶封筒の差出人は私がいじめられていた事を知っていて、この手紙をタイムカプセルの中へ紛れ込ませた。クラスメイトの中の誰かか、その知り合いの可能性が高いと思う。もしこの手紙が悪戯だとしても、出来るだけ一人で外出しないで、周りを警戒する事を勧めるわ」
「わかった。どちらにしろ一刻も早くこの差出人の正体を突き止めないと、気味が悪くて眠れない。どうにかならないのかな?」
「その候補者を絞っていくために、あなたが知っている情報を出来るだけ詳しく教えてほしいの。小学校六年生当時の事や交友関係について。茶封筒の差出人は、現在も私に歪んだ愛情を抱いているかも知れない。可愛さ余って憎さ百倍に転じる恐れもある。不安な気持ちはあなたと一緒よ」
「……わかった。協力するから出来るだけ早く正体を突き止めて、わたしに知らせてほしい。白川さんにお願いするような立場じゃないけど」
渡辺凛は食事の手を止め、白川に深く頭を下げた。
「それじゃあ、まず一つ目の質問をしてもいいかしら?」
「どうぞ」
「改めて訊くから、よく思い出してね。小学校六年生の頃に、この茶封筒を見た覚えは無い?」
「……どこにでもある封筒だから思い出せない。いつ見たかも」
「実は、この封筒には五人の子どもの指紋が付いていたの。安藤芹、木田恵、桐島努、根本遥、そして渡辺さん、あなたよ」
「……その茶封筒に、わたしの指紋が? 他のメンバーは当時のいじめグループに加わっていた人たちよ」
「そう。あなたがいたグループの指紋が付いた封筒に、この手紙が入っていたのよ」
「どういう事? 頭が混乱して意味が分からない!」
渡辺凛は額に両手を当てて俯いた。
「でも、中に入っていた手紙に指紋は付いていなかった。文章も手書きじゃない。差出人は万一手紙を調べられた時の事を考えて、捜査を混乱させるために、予めあなたたちの指紋を付けさせたのかも知れないの」
「一体どうやって?」
「こんな風にされた事はない?」
白川は以前俺が実演したように、茶封筒に一口チョコを数個入れ、渡辺凛に差し出した。
「……ちょっと待って。よく似た事が何度もあった。木田さんが飴やお菓子をよく封筒に入れて持って来てたのよ。茶封筒の時もあったかも知れない。わたしたちは昼休みによく皆で回して、分け合って食べていたわ」
「差出人は、そのうちの一つを回収して利用したわけね」
「……それじゃあ、差出人は木田さんって事にならないの?」
渡辺凛はそう呟いた後、ゴクリとグラスの水を飲み込んだ。
「木田さんは真っ先に亡くなったのよ。これで、口封じの線が濃厚になったわ」




