30 背中合わせ
並んで歩く渡辺凛の背丈は白川の肩の辺り。傘を差して通りを横断する二人と少し距離を空け、スマホを確認する振りをしながら後を追った。
白川は手筈通りにファミレスの入口前で傘を畳み、傘袋に傘を入れながら俺との距離を確認した。ドアを開けて先に渡辺凛を入れ、ゆっくりとした動作で店の中へ入った。
客入りは疎らで、外から見える窓際の席は空席が目立つ。一番奥の窓際に座った白川たちを確認した後、俺は店内に入った。
店員に窓際の希望を伝えると、空いている事もあり希望通りの座席を選ぶ事が出来た。俺は奥へ向かい、窓際に座っていた白川と一瞬目を合わせた後、渡辺凛と背中を合わせるような形で席に着いた。
「今日は来てくれてありがとう。髪型は変わっているけど面影が残ってて、すぐに渡辺さんだと分かったわ」
白川はいつもより僅かに声量を上げて言った。
「わたしは言わずもがな。白川さんは昔から背筋がしゃんとしてて背が高いから、すぐに分かった」
渡辺凛の声も問題なく聞こえた。俺は窓ガラスに映った渡辺凛の横顔を、背もたれの隙間からそっと眺めた。雰囲気だけで人の心の中は推し量れないが、好奇心旺盛で利発そうな印象を受けた。
俺が抱いている茶封筒の印象は、冷静沈着で、屈折した感情を決して表には出さない。キャラを演じているとすれば、かなりの役者だろう。
注文が終わり店員が去って行くと、渡辺凛がスー、ハーと大袈裟な音を鳴らして深呼吸をした。外を眺める振りをして様子を窺うと、窓ガラスに映った渡辺凛が両手と額を机に付けて頭を下げていた。
「白川さん。今更遅過ぎるけど、本当にごめんなさい! もちろん許してもらえるとは思っていないけど、謝る機会をわたしにくれてありがとう」
「当時、私にも原因の一つはあったし、あなたもグループの行きがかり上、仕方が無かった部分もあると思う。幸い私の限界を超えなかったから、蟠りはあるけど本当に怒りはもう無いの。私は渡辺さんを許す」
俺は背後の会話に神経を集中させながら、ミックスグリルランチとドリンクバーのセットを注文した。
「握手をして、この件は過去の事として全て水に流しましょう。OK?」
「了解……それじゃあ早速質問だけど、偽名を使ってまでわたしの様子を探ってきたのは、なぜなの?」
「順を追って話すつもりだけど、その前に確認したい事があるの。先に質問してもいい?」
「どうぞ」
「当時、あなたのグループにいた木田恵さんが卒業後、間もなく亡くなったのは知ってる?」
「もちろんよ。身近な友だちが亡くなったのが初めての事だったから衝撃的だった。私たちのグループの間では、自殺という見方が強かったわ。白川さんのいじめを主導した張本人で、卒業と同時にクラスの皆が掌を返すようにあの女は酷い奴だったと、あちこちで騒ぎ始めたの。見て見ぬふりをしていた自分たちを棚に上げてね。皆、正義の味方を気取って言い触らしていたようだから、当然本人の耳にも入っていたと思う。きっと……周囲の目が耐えられなくなったんじゃないかな、と思った」
「……その後に、担任の吉田先生が亡くなったのは知ってる?」
「え?! ……本当に? ……初耳よ」
「クラスの皆には知らされていないようね。私もネットの情報を拾っただけだから、まだ詳しくは調べていないの。不幸の連鎖はまだ続く。先日、クラスメイトの一人が水死体で発見されたわ。桐島努よ。あなたのグループと連んでいた男子だから、覚えているはずよね?」




