3 放課後
午後三時半に終礼が終わり担任の先生が出て行った後、クラスメイトたちは慌ただしく解散した。教室の掃除当番や部活動へ向かう者もいれば、委員会活動や図書室で時間を潰す者など、それなりに皆、まだまだやる事があるようだ。
俺のように学校にいると何かと肩身の狭い思いをするような人間は、さっさと帰宅して部屋でのんびりとテレビでも見ている方が性に合っている。だが、今日は思いがけず学校一の美少女と、逢引きの予約が入っていた。相手側に恋愛感情は一切無いのだが。
俺は白川が教室を出たのを確認し、食べ残していた弁当を急いで平らげた後、学校を出た。最寄りの駅は新伊波という駅で、待ち合わせの駅は一つ先の駅だった。いつもならその駅を通過して、三つ先の駅で別の車両に乗り換えるのだが。
俺は待ち合わせの伊波駅で列車を降り、西側の改札口を出た。時計を見ると、まだ四時十五分を過ぎたところだった。自動販売機で冷たいミルクコーヒーを買い、駅前の花壇の縁に座って何気無く駅の改札を眺めた。
学校の授業が終わって間もないこの時間に、同じ学校の生徒は当然ながら見かけない。この駅から学校までの距離はそれほど離れていない。わざわざここから電車で通っている物好きな生徒はいないだろう――と、どうでもいい事を考えながら缶コーヒーを口に含んだ。
改札の向こうからグレーの作業服を着た清掃員がやって来た。モップとバケツを両手に持って、切符を取り出すのに手間取っているようだ。一旦荷物を置けばいいのに……と思いつつ眺めていると、無事にポケットから定期券を取り出して、そそくさと改札を出て来た。その清掃員はやけにスラリとした、見覚えのある体型をしていた。
「私よ。距離を空けて付いて来て」
擦れ違いざまに作業員は呟き通り過ぎて行く。バケツを覗き込むと、学校指定の鞄と制服がくしゃくしゃになって詰まっているのが見えた。
俺は一定の距離を空けながら、不自然に見えないように無関係を装い、清掃員の背中を追った。よく見ると、肩に担いでいるモップとバケツには1-3と油性ペンで記されていた。
まだ人の疎らな駅前の商店街を通り抜け、広い車道の横断歩道を渡って、左に見える小学校を過ぎると、静かな住宅街に辿り着いた。
清掃員は目深に被った帽子を脱いで振り返った。
「ここまで来れば大丈夫。もうすぐ私の家だから、そこで話の続きを聞いて。お茶くらいは出すから」
それだけ言って白川は再び歩き出した。
「服はどこかで着替えたんだろうけど、まさかそのモップとバケツを抱えたまま電車に乗って来たのか?」
纏めていた髪を下ろす白川を半ば呆れて眺めながら俺は尋ねた。
「清掃員になりきるために必要なアイテムだったの。明日にはちゃんと返すから」
閑静な住宅街の中ほどに、同じような形の色が違う建売住宅が並んでいた。四角い白壁住宅の入口に、白川の表札が見えた。
「両親の帰宅は遅いから、気を遣う必要は無いわ。私の話は親にも話せない内容なの。今鍵を開けるから一緒に来て」
俺は四人掛けの食卓に座らされ、コップに注いだ冷たい麦茶を出された後、着替えてくると言う白川を待った。
台所や隣りに見える居間など、室内全体が小奇麗に整頓されている。白川の育ちの良さが垣間見えた。
ラフな部屋着に着替えて二階から下りて来た白川が俺に言った。
「いろいろと見せたい物もあるから、私の部屋へ案内するわ。付いて来て」
橙色の西日が射した階段を上り白川の部屋に入ると、想像通りの可愛げの無いシンプルな部屋が目に入った。他の部屋と同様、白を基調とした合理的で装飾の無い部屋だった。ただ、何となく甘い香りを感じたのは気のせいだろうか。
俺は小さな円いテーブルを挟んで向かいに座る白川を前に、緊張を解きほぐすように大きく深呼吸をした。
「私も今日まで一度も話した事が無かったあなたを部屋に上げて、少し緊張しているの。でも、無駄な時間を費やしたくないから、早速昼休みの続きを話すわ。OK?」
俺が黙って頷くと、白川はテーブルの上に、くすんだブリキの箱と小学校の卒業アルバムを置いた。