25 住所録
「私が木田さんの死を知って心の整理をしている間、一は預けた資料から何か気づいた事はあった?」
白川は頬杖をついたまま、俺に視線を向けた。
「アルバムなんかの写真関係は印象によって見え方が違うから、今のところ何とも言えない。改めてテーマを決めて眺めなおすと見えてくるものがあるかも知れないけど。教科書の落書きを根気よく調べた結果、分かった事が一つだけある」
白川は姿勢を正して俺に向き直った。
「具体的に教えてくれる?」
「落書きの大半は目立つ汚い文字で『死ね』『ブス』『バカ』とまぁ、そんな言葉が並んでいた。そんな罵詈雑言の中に、一つだけ目立たない小さな文字で『ごめん』と書かれてあったんだ。瞳は見逃していたんじゃないか?」
俺が尋ねると、白川は言葉を失いゆっくりと頷いた。
「俺はこの落書きを書いた人物が、嫌々落書きをやらされていたんだと思った。そうなると、誰が書いたのか気になる。
そこで俺は『ごめん』の三文字の筆跡の特徴を頭に入れて、クラスメイトの手紙の中から似たような文字を書いている人物をピックアップして、絞り込んでいった」
「それを書いたのは誰だったの?」
白川は息を呑んで俺を見つめた。
「三文字とも筆跡の癖が一致していたのは、木田恵だけだった。俺の鑑定が誤ってる可能性もあるから、瞳も後で実物を見て確認してほしい」
俺の言葉を聞いた白川は俯いたまましばらく黙り込んだ。俺は鞄に仕舞っておいた缶コーヒーを二つ、静かに机に置いた。
「温いけど、よかったら」
「ありがとう。もし木田さんが茶封筒に弱みを握られ、命令されて仕方なくいじめを主導していたとしたら、真っ先に口封じの標的にされたのかも知れないわ」
白川はプルトップを開けて、ゴクリと喉を鳴らした。
「他のクラスメイトの安否はまだ確かめていないから分からないけど、木田恵が転落死した後、後を追うように担任の先生が轢死している。やっぱり何か繋がりがあるんじゃないかな?」
「茶封筒は自分の裏の顔がバレるのを極度に恐れてる。木田さんを通して、担任の先生に裏の顔がバレたと思ったのかしら?」
「それもあり得るけど、俺は違った見方をしている。茶封筒はもっと冷酷で強かな奴じゃないかと」
「一の意見を聞かせてくれる?」
白川は椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「茶封筒はクラスメイトたちの住所録が欲しかった。一人一人の居場所が分からないと復讐の代行が出来ない。木田恵に命令したか、あるいは茶封筒本人が直接担任の先生に提供を申し出たんじゃないかな」
「茶封筒は住所録を手に入れる事が出来たのかしら?」
「どちらにしろ、茶封筒にとって担任の先生も標的の一人だった。優先順位が早かっただけなのかも知れない」
俺は温い缶コーヒーをゴクリと喉に流し込んだ。
「担任の先生から住所録を手に入れる事が出来なかったとしたら、もう一つ、手に入れる方法がある。私たちは卒業式の前に、前もって同窓会の幹事を決めたの。学級委員長の海野洋。茶封筒の候補者の中の一人よ。名前と住所と電話番号を彼のノートに一人ずつ、クラスメイトたちが記入していた覚えがあるわ」
「海野洋が茶封筒なら、住所録を手に入れる必要は無い。そうでなければ、標的になる優先順位は早くなりそうだな……」




