20 さびれた公園で
俺と白川は小鳩という私鉄の小さな駅で下車した。
白川は夏休みに一度、母校の小学校へタイムカプセルを掘り出しに来ているので、落ち着かない俺を引率してホームの階段を下りて行った。
時刻は午後二時を少し過ぎたところ。弔問の時刻にはまだ少し余裕があった。
白川はスマートフォンを取り出して、地図アプリで木田恵の住所を入力し、駅からの道順と所要時間を検索した。
「ここから歩いて二十分ほど。近くに小さな公園があるから、そこで缶コーヒーでも飲みながら時間を調整しましょう」
空は鮮やかなすじ雲が浮かんでいた。俺と白川は木田家に近い小さな公園のベンチに、並んで腰を掛けた。遊具は子ども用の錆びついた鉄棒と、塗装が剥げ落ちた小さな滑り台があるだけだった。
俺が缶コーヒーを開けて口に含むと、白川は額の汗をハンカチで拭き、おもむろに語り出した。
「私はついこの間まで、木田さんがいじめグループのリーダーだと思っていた。その理由は……グループの一人が、私の教科書に酷い落書きをしている現場に鉢合わせた事があったの。どうしてそんな事をするの? そう言って、私はその子の胸倉をつかんで捻り上げたの」
「へぇ……」
「その子は言ったわ。木田さんにやらされたって。別の日に、カビの生えたパンを私の机に入れている現場に鉢合わせた事もあった。さっきとは別の子よ。その子も木田さんに脅されてやったと言ったわ。私は木田さんが一人の時に、捕まえて糾弾した。あなたのやっている事は卑怯で恥ずかしい事だって」
「それで?」
「木田さんは、何か証拠はあるの? って嘯いた。知らないとか、やってないとは言わなかった。私はその時、木田さんが証拠が残らないようにやらせているんだと思った。同時に、絶対に嫌がらせに屈しないと心に誓ったのよ」
白川も缶コーヒーを開けて、ゴクリと喉に流し込んだ。
「どうして瞳は、いじめの黒幕が茶封筒だと考えるようになったんだ?」
俺は白川が電車内で呟いた言葉を確認した。
「茶封筒の中に入っていた三つ折りの手紙。宛名は書かれていなかったけど、六年二組のクラスメイトなら、恐らく全員が私の事だと分かる内容だった。
もし茶封筒の報復が次々と実行されていって、クラスメイトたちに被害があった場合、私が喜ぶと思う?」
「瞳の立場に立ってみれば嬉しい反面、殺人までやるとなると、さすがに行き過ぎだ。常識的に考えれば気持ち悪いし恐ろしい」
俺が言葉を返すと、白川は手に持った缶コーヒーをじっと見つめながら言った。
「何も知らずに成人して、タイムカプセルを開けて、手紙が公開されていたら、私は自分を責めていたかも知れない。私がいじめられた事が原因で、報復された被害者が何人もいたとしたら……。
そして一緒に集ったクラスメイトたちは、自分たちもこれから被害に遭うんじゃないかと恐れて、私に恐怖の目を向けるかも知れないわ」
「それが茶封筒の目的で、タイムカプセルに手紙を紛れ込ませた理由? だとすると、茶封筒は瞳に敵意を持っている可能性もある」
俺は思わず周囲に目を移した。
「電車の中でマッチポンプと言ったのは、そういう事。嫌がらせが始まった当初から茶封筒が私に敵意を持っていたと考えると、一連の流れが見えてきた。この推理が正しいかどうかはまだ分からないけど、この方向性で調査を進めてみない?」
白川の表情に恐れの色は無かった。
「茶封筒の正体が分かるまで、毎朝俺と一緒に登校しないか?」
俺は白川と視線を合わさず、空になった缶コーヒーを見つめながら返答を待った。




