2 美術室にて
軽くノックして美術室の引き戸を開けると、扉の側にいた白川が俺の袖を引っ張り教室の中へ入れた後、廊下の左右を確認して扉を閉めた。
「昼休みの残り時間は限られているから、頼みたい事を掻い摘んで話したいと思う。OK?」
頷いて時計を見ると、昼休み終了の予鈴まであと十五分ほどだった。
「それじゃあ、そこに座って」
扉から少し離れた最前列の中ほどの席に、向かい合うように角椅子が置かれていた。白川が黒板を背に座り、俺は机を挟んで向かいに座った。
真正面で間近に白川の整った顔を見るのは初めてだったので、緊張して真面に目を合わせられなかった。
「今から私が話す事は、あなたが引き受けると約束してくれないと話せない。引き受けてくれるわよね?!」
白川は突然俺の髪の毛を鷲づかみにし、顎クイして無理矢理目線を合わせてきた。
「痛いな! 引き受けるかどうかは、用件を聞いてからじゃダメなのか?」
白川の予想を超える握力に、いじめの文字がチラついたが、彼女の真剣な眼差しを見て冷静さを取り戻した。
「秘密を洩らされたくない。知られてしまうと後戻りが出来ないの」
白川の必死さは伝わったが、何分内容がさっぱり分からないので返答のしようがない。
「どうして、よりにもよって頼む相手がぼっちの俺なんだ?」
溜め息をついて尋ねると、白川はようやく両手の力を抜いて椅子に腰を下ろした。
「私はこれまでにじっくりと観察していたの。あなたは人と関わるのに臆病だけど、周りの空気に流されない。しっかりした行動姿勢を持っていると思ったの」
美人に褒められて悪い気はしない。白川の勿体ぶった話の内容も気になっていたので、少し不安はあるが心を決めて依頼を承諾する事にした。
白川は首を傾け、掛け時計の時刻を確認した後、静かに語り始めた。話を纏めると、次のような内容だった。
白川は優等生らしく、夏休みが始まって間もなく早々と全科目の宿題を終えた。有り余った夏季休暇を有意義に過ごし、二学期の始業式まで残り一週間を切ったある日の事だった。
一息つこうと自室で熱い紅茶を優雅に嗜み、ふと壁際の本棚に目を遣った。普段の彼女なら、栞を挟んだ読みかけの推理小説を手に取っていたのかも知れない。しかしその時の彼女は、若干虫の居所が悪かった。
目線はゆっくりと本棚の左下隅に向かい、封印するように仕舞い込んでいた小学校時代の卒業アルバムに焦点が合い、そこで止まった。
小学校の高学年に差し掛かる頃には、白川は周りの同級生に比べ身も心も大人びていたという。そして小学校六年生の時、白川は子どもじみたクラスに馴染めなかった。
仲良しグループに交わろうともせず、協調性も皆無で、クラスメイトに大した関心も示さなかった彼女に、クラスのリーダー的な女子(木田恵)は徒党を組んで卒業まで嫌がらせを続けた。
白川は卒業アルバムを手に取って、自分のクラスの集合写真を三年ぶりに眺めた。日々受けて来た数々の嫌がらせを一つ一つ思い出しながら。
そこまで話したところで、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「頼み事を掻い摘んで話すと言いながら、まだ依頼の前段階で時間が来てしまったようだな?」
俺が席を立つと、白川は苦虫を噛み潰したような顔をして、ふうっと息を吐き出した。
「あなたは帰宅部だから今日の放課後、当然空いているはずよね? 変な噂を立てられるのは嫌だから、待ち合わせがバレないように、午後五時に伊波駅の西側改札口に集合する事!」
白川は扉を開けて廊下の左右を確認した後、そそくさと美術室を出て行った。