19 車両の中で
学校一の美少女の手作りペア弁当を、まさか校内で一緒に食べる日がやって来るとは思わなかった。俺は今日この一時を心に刻んでおこうと思った。
白川は微笑し、漆塗りの箸を取り出して食べ始めた。
「明日は下心無く木田さんの弔問に行きたいの。彼女の話が聞ければありがたいけど、残された人の気持ちを無下には出来ないから」
俺は病みつきになりそうな生姜焼きの肉と御飯を口一杯に頬張りながら頷いた。
「一も一緒に行かない? 側にいるだけで何もしなくていいから」
白川は箸を休め、俺をじっと見つめて言った。
「えっと……」
「その生姜焼き、お肉の値段も手間も結構かかったわ。普段よりも大分早く起きたし。空はまだ薄暗くて、私は眠い目を擦りながら……」
「わかった、明日一緒に行く」
翌日。俺は早めの昼食を済ませた後、待ち合わせ場所の伊波駅、西側改札口に向かった。
白川が昔住んでいた地区にある木田恵の家は、ここから電車で二時間以上かかる。先方に連絡して午後三時に訪問する予定で了承を得たので、白川との待ち合わせ時刻は正午に決まった。
時刻は十一時半。毎度ながら少し早く着いてしまったので、自動販売機で冷たいミルクコーヒーを買って花壇に向かうと、ロータリーの右側から黒いワンピースに腰丈のジャケットを羽織った白川が歩いて来た。タイトで落ち着いたデザインの洋服が、すらりとした細身の白川をより一層引き立てていた。
「ごめん、待たせた?」
きっちりと髪を後ろで束ねた白川は、いつもより少し大人びて見えた。
「いや。今来たところ。月並みだけど、服がすごく似合ってる。引き立て役の俺は無用だな」
俺は父親から借りた時代遅れのスーツを着ていた。
「一もすごく似合ってる。学校一の美少女と噂される私が言うんだから間違い無いわ」
白川は俺の首に顔を近づけて、ズレたネクタイを整えながら言った。髪から仄かにシャンプーの香りがした。高鳴る鼓動を抑えるように、俺は思わず息を止めた。
目的地へ向かう電車の中で、俺と白川は座席に並んで腰を下ろし、周囲に気を配りながら事前のすり合わせをした。
白川の仮名は山本梓。小学校卒業前に引っ越したので、卒業アルバムには載っていないとそれとなく先方に伝えておいた。木田恵とは係活動で何度か会話を交わした程度の繋がりを持つ。俺は山本梓の友人で、同窓会の企画を手伝っているという設定だ。
「昨日も話した通り、木田さんの死因をこちらから無理に詮索するつもりは無いわ。素直にお悔やみを伝えたいの」
「瞳は冷静に当時を振り返って、木田恵への認識が変わったみたいだな。呼び捨てからさん付けになってる」
「木田さんが私に嫌がらせを始めたのは、私がクラスの皆に心を開かなかった事が原因だとずっと思い込んでいた。だけど別の見方もあると思えてきたの。
誰かが裏で糸を引いていて、木田さんを筆頭に、いじめグループを操っていたんじゃないかとね」
風景と重なるように反射した白川の顔は、怒りとも悲しみとも取れない複雑な表情をしていた。俺は掛ける言葉が見つからず、ただ息を殺して黙り込んだ。
白川はゆっくりと息を吐いて、車窓に流れる河川の景色を眺めたまま呟いた。
「私には、全てを茶封筒が引き起こしたマッチポンプのような気がしてならないの」