18 手作り弁当
茶封筒に指紋を付けていたクラスメイトたちの現況を確認するため、白川は水死した桐島努を除く四名に、当時の連絡網を頼りにして電話を掛ける事にした。
安藤芹とは連絡が取れず、続いて掛けた木田恵は自宅に繋がり、中学校入学前に既に死亡していた事が分かった。
心のどこかで予測していた事態とは言え、白川の動揺はそれを上回るものだった。
俺は残り二名の調査を棚上げして、その日の活動を切り上げる事を提案した。
「瞳の心が入り乱れて纏まらないのは何となく想像出来る。力になれるとは思ってないけど、励ますぐらいなら出来るから何でも言ってほしい。俺と瞳は友だちだから」
俺は柄にもなく作り笑いを浮かべた。
「ありがとう。気持ちが落ち着くまで、もう少しだけ待っていて」
白川も俺に合わせるように、ぎこちない笑顔を作って言った。
少し荷物にはなるが、俺は手紙の入ったブリキの箱と卒業アルバム、落書きされた教科書の類を紙袋に纏めて預かる事にした。白川は週末の木田家訪問までには、気持ちを整えているはず。その日までに俺なりに出来る事が幾つかある。
部屋で寝転がってテレビを眺めていた自分自身を思い浮かべ、無意味な日常を過ごしていた事に今更ながら気づかされた。
翌週、白川は普段通りに登校して来た。俺との友人関係を周知させるため、連れだって下校したが、お互いに言葉を交わす事も無く、ただ様子を見守り、白川の準備が整うのを待った。
木曜日の放課後、伊波駅へ向かう電車の中で、白川は車窓を眺めながら呟いた。
「私なりに改めて当時を振り返ってみて分かった事があるの。私はひょっとすると誤った解釈をしていたのかも知れない」
「明日は、今みたいに話せるかな?」
俺も車窓を眺めながら呟くと、窓に映った白川は、軽く自然な笑みを浮かべて言った。
「明日の昼休みは屋上で食事をしながらミーティングよ。お弁当は私が用意するから必要無いわ。OK?」
「わかった」
ホームに降りて颯爽と離れて行く白川の背中を見送り、俺は安堵の息を漏らした。
翌日金曜日の昼休み。四時間目の授業が終わると同時に、トートバッグを肩に掛け脇に挟んだ白川が席を立った。
「一、行くわよ」
「お、おう」
クラスメイトたちの刺すような視線が痛い。
一年生のクラスは最上階の四階にあり、屋上へ続く階段が廊下の突き当りにあった。新型コロナウィルスの影響もあり、屋外で昼食を取る事が推奨され、今年度は屋上が一時的に解放されていた。もちろん危険な行為や悪ふざけが発見されたり通報された場合、二度と開放しないという脅し付きで。
屋上での昼食は当初からカップルに人気が集中し、同性同士のグループは使用出来ないという、うっすらとした暗黙のルールが定まりかけていた。白川はそれを知ってか知らずか俺を誘ったのだった。
「日差しが強いし人目に付きにくいから、高架水槽の陰で食べましょう」
白川は一畳ほどのレジャーシートを敷き、トートバッグから見覚えのある大小二つの曲げわっぱを取り出した。少し離れた場所で、ぱらぱらと集まり出したカップルたちの様子を覗いながら、白川は俺に弁当箱を差し出した。
「これは一が私を黙って見守ってくれたお礼よ」
「言葉通り、俺は何もしていないけど」
弁当箱を受け取り溜め息をついて言うと、白川は軽く首を振って言った。
「私は一を手本にして、もう一度自分の過去を少し離れた場所から冷静に振り返ってみたの。当時の私は自分自身を守る事に精一杯で、全く周りの状況が見えていなかった。問題の本質を見逃していたのかも知れないわ」