17 行き違い
昼食が終わり、テーブルの上を片付けた俺と白川は、再び座椅子にもたれて向かい合っていた。
「これが当時の六年二組の連絡網よ。捨てずに残っていたの」
白川は日に焼けて薄く色づいたB5判のプリントをテーブルの上に置いた。プリントには担任の先生を頂点にして、五列に並んだクラスメイトの名前と電話番号が印刷されていた。
「まずはこの番号に電話を掛けてみて、引っ越していないかどうかを確認する。本人か家族に繋がれば、足を運ばなくても安否確認が出来るかも知れない」
「念のため俺の電話で掛けよう。瞳の痕跡を少しでも残さない方がいいと思うから」
俺はプリントの上にスマートフォンを置いた。
「ありがとう。私は仮名を使って電話を掛ける。用件は、小学校の同窓会名簿作成の協力よ。上手くいけば安否確認と本人の住所が分かるかも知れない」
「怪しい番号からの電話に出るかどうか。あまり期待出来ないけど、やるだけやってみよう」
俺が電話を掛ける訳でもないのに、側にいるだけで緊張してきた。
白川はコップに注いだ麦茶を半分飲んで息を整えた後、安藤芹の番号をタップして、ペンを片手にスマートフォンを耳に当てた。
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』
機械的な音声が聞こえた後、白川は大きく息を吐いて通話を切った。
「まずは不発ね。解約したか引っ越したか分からないけど」
「気を取り直して次へ行こう。次は曰く付きの木田恵だけど大丈夫か?」
顔色を窺いながら確認すると、白川は冷めた笑みを浮かべて答えた。
「私の中ではもう済んだ事。今は調査の方が大事だから」
白川はコップに残っていた麦茶をがぶりと飲んで、木田恵の番号をタップした。発信のアイコンを押してスマートフォンを耳に当てると、数度の呼び出し音の後に、受話器を取る音が漏れて聞こえた。
『はい、木田ですが、どちら様でしょうか?』
白川は口元に人差し指を当てて返答した。
「突然のお電話申し訳ありません。私、西河市立南小学校の卒業生の山本と申します。実は来年の春頃に同窓会を企画しておりまして、名簿作成のご協力をお願いしたいと思いお電話させて頂きました。そちらに木田恵さんはご在宅でしょうか?」
白川は一気に話し終え、ゆっくりと息を吐いた。受話口から聞こえた声は、しばらく黙ったまま返答が無かった。
「もしもし?」
『……ごめんなさい。娘は、恵は小学校を卒業して、中学の入学式を迎える前に亡くなりました。ですから、名簿に載せる事は出来ません。本当にごめんなさい』
「え? いえ、あの……私は深いお付き合いは無かったのですが、何度か恵さんと言葉を交わした事がありました。もしよろしければ、ご都合の良い日にお線香を上げに、ご訪問させて頂きたいです。どうかお願いします」
白川は詰まりそうな声を必死に堪えて気持ちを伝えた。
しばらく無言が続いた後、受話口から落ち着いた声が漏れてきた。
『わかりました。あの子が亡くなってから三年以上経って、今では友だちは一人も来なくなりました。もう忘れ去られてしまっているのでしょう。きっと恵も寂しい思いをしていると思います。来週の土曜日ならずっと家にいますので、気をつけていらして下さい。住所は――』
白川は住所を書き記した後も、しばらく放心状態だった。彼女は小学校を卒業後、すぐこの家に引っ越して来たため、木田恵の死を知らされていなかった。