14 アベック下校
指紋照合の期限が明日に迫った金曜日の昼休み、白川は俺を美術室に誘った。
扉を閉めた後、白川は早速口を開いた。
「一の担当はもう済んだ? 私は済んだわ」
「俺も片付いた。一致したのは二人」
「私は三人よ。明日、お互いの結果を合わせて、それをもとに次の方針を決めるという事でOK?」
「わかった」
俺が答えると、白川は掛け時計を確認し、お決まりの席に俺を促した。向かい合わせに座ると、ゆっくりと深呼吸をして話を切り出した。
「私に提案があるの。一の素直な意見を聞きたい」
俺が頷くと、白川は声のトーンを少し落として言った。
「今日から一緒に駅まで帰らない? 私と一が周りから友だちだと認識されれば、こそこそと隠れて落ち合う必要が無くなると思う。あなたはどう?」
俺は戸惑いを隠せなかった。学校一の美少女と、陰キャでぼっちな冴えない男が一緒に下校する? 学校中に変な噂が飛び交うのは目に見えていた。
「本気か? お互いに面倒な事になるぞ」
「元々私も一もぼっちでしょ? 少し雑音が増えそうだけど、気にしないようにする」
白川は俺に返答を求めるように、視線を合わせた。
「わかった。瞳が気にしないのなら、今日から一緒に帰ろう」
終礼が終わり、クラスメイトたちが騒々しく解散し始めた。
「一、友だちになったんだから一緒に帰りましょう」
白川は周囲に宣言するように、大きめの声で言った。ざわついていた教室の雰囲気が一瞬にして静まり返り、周囲の視線が俺と白川に注がれた。
「お、おう」
俺はそそくさと教科書を鞄に入れ、前を行く白川の背中を追った。教室を出て廊下を進むと、擦れ違う生徒たちの好奇の視線が次々に突き刺さる。
「初めだけよ。慣れてくれば皆関心をなくして当たり前のようになっていくわ」
白川は振り返り、優しい笑顔を見せた。俺は頷いて、急いで白川の隣りに並んだ。
翌日。午前十時に予定通り白川家に到着した俺は、小さな円いテーブルを挟んで白川と向かい合っていた。テーブルの上に、お互いの担当した指紋シートと茶封筒に付いていた指紋のコピーを纏めて置いた。
俺が照合したコピーには、数か所の指紋に色ペンで青と赤の丸を付けていた。白川の照合したコピーにも、数か所の指紋に青、赤、緑の丸が付けられていた。
白川は照合した二枚のコピーを見比べて、それぞれに欠けていた指紋に丸を付け、全ての指紋の照合が完了した。
「クラスメイトの新たな一覧表を作ったわ。茶封筒に付いていた指紋のチェックをするから、名前を言って」
俺はテーブルの隅に除けていた指紋シートの名前を確認して言った。
「安藤芹と木田恵だ」
「私の方は、桐島努、根本遥、渡辺凛よ」
白川はクラスメイトの一覧表に、青いボールペンでチェックを入れた。
「指紋が一致した者には青いチェックを入れたわ。同じ一覧表をコピーしたから、一もチェックを入れて」
俺は一覧表のコピーを受け取り、持っていた四色ボールペンの青でチェックを入れた。
「茶封筒に指紋を付けたこの五人に、瞳は何か思い当たる節はあるのか?」
俺が尋ねると、白川は頬杖をついてゆっくりと答えた。
「あると言えばある。でも、一に誤った先入観を持ってほしくないから、現時点では黙っておく事にする。この結果をもとに、今日の方針を決めましょう」