12 見立て
階段を下りると、昨日と同じように曲げわっぱの弁当箱が二つ置いてあった。
大きめの弁当箱が置いてある席に座ると、髪を後ろで括った白川が、湯気が立ったおしぼりと豚汁を弁当箱の側に置いた。
「指にアイシャドウが付いてる。ちゃんと拭いてから食べてね」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく!」
俺は温かいおしぼりで手の汚れを落とした後、手を合わせて割り箸を割った。
銀杏切りの大根と色鮮やかな人参、ささがきのゴボウ、ひとくちサイズの蒟蒻が、大きめのお椀の中で盛りだくさんに輝いていた。箸を入れ軽く回すと、彩りある具材の下から肉汁の溢れ出した豚肉が現れた。
厚めのお椀を口に当て様々な具材と一緒に掻き込むと、甘みと旨味、弾力と歯ごたえ、混然一体となった深みのあるスープが、あっと言う間に胃袋に収まった。
曲げわっぱの蓋を開けると、面積の半分を占める唐揚げが更に食欲を掻き立てる。丸ごと口に放り込んで噛みしめると、下味の醤油ダレと肉汁が絡んで、鶏肉の味をより一層引き立てた。
「どう?」
「賞賛に値する。技術も巧みだが、下準備の気配りと丁寧さが窺える」
俺が答えると、白川は僅かに口角を上げた。
昼食を早めに切り上げ、俺と白川は再び小さな円いテーブルに向かい合った。
テーブルの上に指紋を転写した黒画用紙を並べる。全ての指紋に白ペンで番号を振った後、白川に手渡した。
「昼食前に採った瞳と俺の指紋をこれに重ねて照合していこう。指は十本あるから根気がいるけど、一致したらその番号を消していく。残った番号の指紋が茶封筒の手掛かりになるはずだ」
白川はゆっくりと深呼吸して、早速照合を始めた。渡したのは【手紙】の指紋。転写した指紋は少なめだ。俺はたくさん指紋が付いた【茶封筒】の指紋を担当した。
白川の照合が先に終わり、途中の俺は照合が済んだ番号をメモして、白川と指紋の黒画用紙を交換した。
「【茶封筒】の方は指紋の数が多いけど、めげずに頑張ろう」
白川は軽く頷いて【茶封筒】の指紋に取り掛かった。俺も【手紙】の指紋に取り掛かる。既に白川の指紋の番号が消されていたので、すぐに照合が終わり、結果が分かった。
座椅子にもたれ無心で取り組む白川を見ていると、なぜか微笑ましい気持ちになった。学校にいる時のような、冷たく近寄り難いイメージはどこにも無かった。
白川の指紋の照合が終わった。俺は【茶封筒】の指紋を受け取り、やり残していた番号の照合を済ませた。
テーブルの上に、照合済みの【茶封筒】の指紋を置いた。誰のものだか分からない小さな指紋がたくさん残っていた。
「私には全部、子どもの指紋に見える」
白川はそう言って、自分の指紋のシートを横に並べた。見比べると、残された指紋は確かに小さかった。
「さっきも訊いたけど、茶封筒には子どもの指紋がたくさん付いているのに、手紙には私たちの指紋を除くと全く付いていなかった。これは一体何を意味していると思う?」
白川はまるで名探偵にでも尋ねるように、俺に言った。
「手紙に指紋が付いていないのは、茶封筒が指紋が付かないように、手袋でもしていたんだろう」
俺が答えると、白川はそれは分かっている。知りたいのはその先だ、というような顔をした。
「俺の考えはただの見立てとして聞いてほしい。あくまで茶封筒が卒業式の後、一緒にいたクラスメイトの誰かだと仮定して話す。だとすると、皆のいる所で一人だけ手袋をしていると印象に残ってしまうかも知れない。
用心深い茶封筒は手袋をはめる事が出来なかった。タイムカプセルに入れる時、茶封筒についた自分の指紋を覆い隠すために、あらかじめ何か理由をつけて、他のクラスメイトたちに封筒を触らせたんじゃないだろうか」