11 指紋採取
俺はじっと見つめる白川の瞳から、視線を外す事が出来なかった。悲しみと憐れみが混じった複雑な表情だった。
「これが茶封筒の仕業なら、人を殺す事に躊躇いが無いのは疑いようがない。何の取り柄も無い俺が、怖くないと言えば嘘になる」
「私が話した事を誰にも話さず墓場まで持って行くと約束するなら、これ以上無理強いはしないわ。危険なのは百も承知だから」
白川は大きく息を吐き出して、スマートフォンの画面を消した。
俺は缶コーヒーを口に含んだ後、一覧表に記した桐島努の行に横線を引いた。
「学校一の美少女の頼みを途中で投げ出す訳にはいかないだろう。それに俺たちには茶封筒の企みを知っているという強みがある。正体を突き止めるまで、見つからないように慎重に調査を進めよう」
しっかりと白川の瞳に目を合わせて言うと、彼女は僅かに口元を緩めて、同じように桐島努の行を消した。
「アタリをつけた茶封筒の候補者は五人。今日はどういった方針で調査を進める?」
白川は缶コーヒーのプルトップを開けて、座椅子の背もたれに体をあずけた。
「アルバムや教科書の落書きから得られた情報は幾つかあるけど、候補者を絞る前のものだから整理されていない。今日は茶封筒も含めて、タイムカプセルに入っていた手紙を一緒に調べてみないか?」
俺も座椅子にもたれ、缶コーヒーを喉に流し込んだ。
白川は手首につけていたヘアゴムを外して髪を後ろで括った後、床に置いていたブリキの箱の蓋を開けた。
「まずはダメ元で、茶封筒と三つ折りの手紙の指紋を採取しようと思う。道具はこれだ」
俺は昨日、百円ショップで買い揃えた道具をテーブルに広げた。
「化粧筆にアイシャドウの粉末を付けて、茶封筒と手紙の表裏に塗す。指紋の油分に粉を定着させた後、余分な粉を掃い落とす。残った指紋を透明の粘着シートに転写して、黒画用紙に貼れば完了だ」
「採取した指紋の中に大人の指紋が無ければ、子どもが打ち出したという証拠になる、という訳ね」
俺と白川は念のためスマートフォンで茶封筒と手紙の記録写真を撮った後、テーブルに新聞紙を敷き、用意した不織布マスクと布手袋をはめた。
「手分けして茶封筒と手紙の指紋を採取しよう。俺と瞳の指紋しか無かったら、茶封筒は抜かりなく手袋をしていたという事になる」
「経費は後で纏めて支払うわ。OK?」
「寝転んでテレビを眺めているよりは脳味噌が喜んでいる気がする。弁当のお礼もあるし、レシートを最後に纏めて割り勘にしよう」
白川は頷いて、俺の手元を見ながら指紋の採取に取り掛かった。
薄く色づいた指紋に透明の粘着シートを重ねて慎重に剥すと、くっきりと浮き出した指紋が転写された。用意した黒い画用紙に、空気が入らないように気をつけて貼り付ける。
「茶封筒にはたくさん指紋が付いているけど、手紙にはほとんど付いていない。これは一体何を意味しているのかしら?」
白川は俺をじっと見つめて、問いかけた。
「俺と瞳の指紋を採取して、茶封筒と手紙に付いた指紋と重ね合わせて照合してみよう。二人の指紋を省いて、残った指紋の結果から分かる事が幾つかあるはずだ」
掛け時計を見ると、正午前だった。俺と白川は全ての指にアイシャドウの粉を付け、指紋を採取した。
「道具の後片付けは任せるわ。私は豚汁を温めてくるから、終わったら下に下りて来て」
白川は軽快な足取りで階段を下りて行った。