10 水死体
昨日は遅刻を恐れるあまり、家を出るのが早過ぎた。今日は時間を調整して、ほどほどの余裕を持って伊波駅に到着した。
服は動きやすくて着心地が楽なほうがいいと思い直し、家で着慣れた黒いジャージの上下で出掛けた。白川も少しばかり洒落てはいるがラフな部屋着を着ていたから、そこまで服装に拘る必要はないだろう。
広い車道の横断歩道を渡って左に見える小学校を過ぎると、同じような形の色が違う建売住宅が見えてきた。四角い白壁住宅の二階に目を移すと、小さな窓のカーテンの隙間から俺の到着を確認した白川の姿が見えた。
玄関のドアが開き、白いフリルのワンピースを着た、やんごとなき令嬢のような白川が現れた。まるで絵に描いたような眩しい姿に呆気に取られ、思わず固まってしまう。今更ながら服装の選択ミスに冷や汗が流れた。
「今日も両親は朝早くに出掛けたわ。とりあえずお茶でも飲んで待っていて。部屋着に着替えてくる」
白川は食卓に麦茶を置いて階段を上り、いつものラフな恰好に着替えて下りてきた。
「元からその恰好でよくないか?」
何のための着替えかよく分からず尋ねると、白川は僅かに口元を緩めて言った。
「一がどんな表情をするのか見てみたかっただけよ。それにしても、その恰好で外出するのはどうかと思うけど」
「以後気をつける。さすがに学校一の美少女の前では失礼に当たると思った」
俺と白川は昨日と同じように、小さな円いテーブルに向かい合って座椅子に座った。
「今日の方針を決める前に、これを見て」
白川はスマートフォンを操作して、表示された画面を見せた。画面には地方新聞の記事が表示されていて、ごつごつとした石が広がる河川敷の写真が映っていた。
「この川は私が昔住んでいた町の近くにある、バーベキューの穴場よ。この川の下流で、行方不明になっていた高校生が水死体で見つかったの」
白川は俺の表情を窺いながら記事をスクロールさせた。小さく並んだ文章の後に、スポーツ刈りの、高校生にしては少し幼い顔をした生徒の写真が出てきた。
「死亡が確認されたのは地元の高校一年生、桐島努よ」
白川は昨日絞り込んだ茶封筒の候補者の一覧表をテーブルの上に並べた。大部分の名前が横線で消され、俺の纏めた表には五名、白川の纏めた表には六名の名前が残されていた。
「●桐島努……【知性〇】【意欲〇】【性格:真面目で控えめ】【備考:文章表現が得意で作文では饒舌になる】と、一は分析している。私も、ほぼ似た感じよ」
「六人に絞った候補者の中の一人が、地元の川に流されて死んだ?」
高鳴る鼓動を抑えるように呼吸を整えて尋ねると、白川はスマートフォンの記事を改めて目で追った。
「今流行りのソロキャンプよ。一人で川へ出掛けると言って、そのまま帰って来なかった。持っていたスマートフォンも未だに見つかっていないわ」
「でもこの時期によくある水の事故だ。どう捉えるべきだろう?」
俺が缶コーヒーのプルトップを開けて尋ねると、白川は円らな瞳を俺に向けて言った。
「この事故が茶封筒の仕業だと捉えると、候補者が二人減る事になる。即ち、既に死亡している担任の先生と桐島努よ」
「残る候補者は五人。この五人の中に、本当に茶封筒がいるのかな?」
俺は死亡した二人が、単なる事故のようにも思えてきた。茶封筒という危険な人物に近づきたくないという防衛本能が働いているのかも知れない。そんな俺を、白川はじっと見つめていた。
「何か?」
「一は、茶封筒が怖いの?」
白川は俺の心を見透かしたように言った。