1 孤高の女
浮かれた話など一つも無かった高校一年生の夏休みが終わり、学校生活は二学期に突入していた。
人見知りで引っ込み思案な俺は、入学当初から友だち作りの波に乗り遅れた。中学時代はそれなりに連んでいた友人もいたが(ただし男子に限る)、この高校に入ってからは同じ中学出身の知り合いは一人もおらず、クラスメイトに対しても挨拶程度しか言葉を交わした事がないような有様だった。
学生の本分は学業だと自分に言い聞かせてこれまで来たが、昼休みにひとり席に座って黙々と弁当を食べる居心地の悪さは、日課になってきた今でも一向に慣れる気配は無かった。
いつものように、ぼっち飯の羞恥心や焦りを呑み込みながら昼食を取っていると、突然後ろから背骨の真ん中を小突かれた。
「うっ!」
ご飯粒を吹き出しそうになり、慌てて両手で口を塞いで事無きを得た。振り返って見ると、後ろの席の白川瞳が箸の頭で俺の背骨を小突きながら、無関係を装って窓の外を眺めていた。
これが俗に言ういじり? いや、いじめの始まりかも知れない。俺は確かにぼっちだが、いじめに屈するつもりは毛頭無い。背骨への攻撃が限度を超えて続くようなら、何らかの反撃をしてやろうと怒りを抑えて食事を続けた。
すると脇の間からソロリと漆塗りの箸が出て来て、箸先に二つ折りにされた紙が挟まれていた。すぐにスルリと箸が引っ込み、紙は俺の足下にひらりと落ちた。
無視を決め込み放置していると、後ろからまた箸の攻撃が始まった。早く紙を拾って中身を読めという事なのだろう。やれやれと思いながら、俺は振り向きもせず紙を拾い上げ、隠すように膝の間で開いた。
【頼みたい事があるの。他の人に知られたくないから、あとで美術室に来て。あそこなら、多分昼休み中は誰もいないから】
俺が手紙を読んだ事を確認したのか、白川は席を立ち教室から出て行った。美術室へ向かったのだろう。
ひょっとして愛の告白? いやいや、思春期男子特有の都合のいい妄想に踊らされるような俺ではない。それに手紙の内容は頼みたい事であって、伝えたい事ではないのだから。
いじりの可能性も心の片隅に置きながら、俺は食べかけの食事を切り上げて、慌てる素振りも見せずにゆっくりと美術室へ向かった。
廊下を歩きながら、俺は白川瞳の人物像を整理していた。美しい曲線を描く細身の肢体。身長は目測で百七十センチ半ば。潤いのある黒髪のミデアム・ヘアで、髪に光が当たると仄かに赤みが差す。きりっとした挑戦的な眉に、見つめられると(見つめられた事はもちろん無いが)身動きが出来なくなるような美しい瞳の持ち主だ。
肌は白磁のように白く細やかで、儚いと言うよりは冷たく近寄りがたいイメージが漂っていた。
クラスではどのグループにも属さず、孤高を貫いていた。俺と同じぼっちと言えばぼっちだが、徒党を組むのに興味が無いといった印象だ。学生の本分は学業だと体現するかのように、全ての教科で首席を独占していた。
学校では一番の美少女と噂され、男女を問わず、水面下で憧れや嫉妬が渦巻いているようだ。彼女の近寄り難い品格に及び腰になっているのか、何らかのアクションを試みるような冒険者は今のところ確認されていない。クラスメイトたちも、彼女とは当たり障りなく一定の距離感を保っていた。
長々と白川についての考察を思い浮かべてしまった。健全な思春期男子としては、気が付けば彼女を目で追ってしまうのが正直なところ。気持ち悪い男だとは思われたくないので、普段からあえて目を背けるように意識して過ごしていた。