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08.のの字を書き始めた


 あたしはデイブに付き添って、花街にある『肉球は全ての答』の前に来ていた。


 モフモフまみれになっている獣人カフェと言っていたが、店がかなり大きい。


 話を聞いた段階では、日本で生きていたころの記憶が猫カフェなどを想起させていた。


「確かに、たくさんの人や獣の気配がするわねこの店」


「そうだろ? まずは入ろうや」


 デイブがウンザリした表情を浮かべて店のドアを開けた。


 そこはペットたちで溢れかえっていた。


 猫やイヌのほかに鳥の姿もあるな。


 割合でいえば店内をうろつくペットたちは、猫がいちばん多そうだ。


 印象的なのはペット同士が喧嘩せず仲良くしていることと、主に獣人の人だがペットと何やら会話をして話し込んでいる様子だった。


「……ねえデイブ。獣人の人って動物と会話ができるの?」


「ん? そういうスキルを持つ奴が多いらしいってのは聞いたことがある。いまここに居るのはモフモフ愛好家だから、割合としたら多いかも知れねえな」


 そんなことを話していると、入口にガタイのいい獣人の青年がのっしのっしと歩いてきた。


「いらっしゃい。すまねえが今日は特別なイベントをしてて……ってデイブじゃねえか。さっそく来てくれたのか」


「ああ。今年は助っ人を連れてきたぜ。ゴッドフリーの爺様の孫で、月転流(うち)の期待の新人だ。名前はウィンだ。お嬢、この旦那はマリアーノって言ってここの店主だ。王都の獣人コミュニティでは顔が利く」


 デイブの言葉を鼻で笑ってマリアーノは告げる。


「顔が利くって言っても、嫁には頭が上がらねえ奴なんだけどな。……お前がウィンか。俺はクマ獣人のマリアーノ・パベルだ。よろしくな」


 そう言って手を差し出してきたので、あたしは握手した。


「ウィン・ヒースアイルです。うちのお爺ちゃんが済みません」


「まぁ、確かに困ってはいるんだが例年通りっていやあ例年通りだし、そこまで重く考えねえでくれ」


 マリアーノはそう言って苦笑いする。


「そう言って貰えると助かります」


 思わずあたしは頭を下げた。


「おいデイブ、……ホントにこの子はゴードの爺さんの孫なのか? あのフリーダムでノールールなモフラーの?」


「間違いなく孫だよ」


 そう言ってデイブは苦笑した。


「そうか。なら今年は早く話が進むかもな」


「だろ?」


 そこまで二人に言わせるのはどういう状況なのか、あたしは考えるのが恐ろしかった。


 ゴードはどうやらお爺ちゃんの愛称みたいだけど、『フリーダムでノールール』とか酷い言われようだ。


「まあ、二人とも上がってくれ。うちの店は、入り口の土間から一段上がった絨毯を敷いてあるところから土足禁止だ。履物は魔法で仕舞うか、店に預けてくれ」


「じゃあ、【収納(ストレージ)】で仕舞います」


 そう言ってあたしはデイブと店に上がり込んだ。




 広い店内を見渡せば、パッと見で女性客が多い気がする。


 獣人とヒューマン族では七割が獣人か。


 それにしても女性客は美人さんが多い気がするが、花街で働いてるお姉さんたちが多いんだろうか。


 みんな思い思いにペットたちと接したり、他の客と話し込んだり、中には床の上で毛布にくるまって寝てる人もいる。


「デイブ、このお姉さんたちがもしかして……」


「まあ、そういうことだ」


 そう応えてデイブがため息をつく。


 ソーン商会で言っていた花街で働いているお姉さんたちなんだろう。


 確かにみんなリラックスしているというか、ホッとしたような表情を浮かべているな。


 ただまあ、お姉さんたちが居ないことで困っている人たちが居るなら、ここはビシッとまずはお爺ちゃんを説得しないと。


「ゴードの爺さんは二階だよ。俺んとこは二階部分も店舗なんだ」


「ええ。……さりげなくさっきからこの建物の上の方から笛……横笛かな? 演奏が聴こえるけれど、これってゴッドフリーお爺ちゃんの演奏ですよね?」


 地球でいえばバロック音楽に近いだろうか。


 複雑で自由な音階を自在に奏で、森の中を抜けていく風を思わせるような癒しの旋律が店内を流れている。


 あたしが幼いころにミスティモントで聴かせてくれた音だ。


 あのときは地球でいうフルートのような横笛を吹いていた。


 これだけ楽器を弾けたら楽しいだろうな、とおもう。


「もったいねえよな。爺さんもこれだけ演奏できりゃ、そんだけでカネが稼げる気がするんだが」


「うちのお爺ちゃん、楽器をいじるのが好きみたいなんですよ。演奏はそのついでらしいです」


「なるほどねえ……」


 マリアーノと話しつつ、あたしたちは店の二階に上がった。




 二階に進んでもペットと人で溢れかえっていたが、その奥の方から笛の音が聴こえてくる。


 あたしたちがその中を進んで行くと、途中でジャニスの姿を見た。


 なにやら絨毯の上に胡坐をかいて、膝の上に子犬を二匹乗せて蕩けた表情をしているな。


「ねぇデイブ。ジャニスがいるんだけど」


「あいつめ。連絡が取れねえと思ったらやっぱりここにいたか。まあ、今は放っとこう」


 ため息をしながらデイブはズンズンと奥に進んだ。


「爺様、そろそろお開きにしちゃくれませんかね?」


 そこには肩に小型の猛禽類の鳥を止まらせて、目を瞑って横笛を吹いているお爺ちゃんが居た。


 とりあえずデイブの声に反応はせず、演奏を続けている。


 その表情はとても満足そうだった。


 お爺ちゃんの傍らにはさらに二人の人物が居る。


 一人はお爺ちゃんよりももう一回りくらい年上の男性で、仕立ての良い服を着ているから地位のある人なのかもしれない。


 もう一人は筋肉質の女性の獣人だった。


 それぞれ絨毯の上に座り込み、膝の上に猫を乗せて撫でている。


「爺様……?」


 デイブがさらに食い下がるが、近くの二人が口を開く。


「ちょっとデイブ、せっかくいい演奏をしてくれているのに粋じゃないねあんたは」


「そうじゃの。この殺伐とした浮世にあって吾輩たちは、生き物が種を超えて過ごす穏やかなひと時を楽しんで居るのじゃ。――神は言われたのじゃ『生きることはそれだけで美しい』のじゃ。それを知るひとときを邪魔するのは無粋以外の何ものでもないんじゃにゃー」


 にゃーってなんだよ。


 猫の目をのぞき込みながら神を語るのはどうなのよ。


 ネコは見ているよ。


 筋肉質の獣人の女性の方はじとっとした目でデイブを眺め、年配の男性は猫を抱えてその耳の裏あたりを掻いている。


 直接の面識は無いけど、あたしは年配の男性の声に心当たりがあった。


 ミスティモントでの聖塩の祝祭のときに、遠目で見た顔の形も似ているかも知れない。


 目の前の状況や言動と、脳内の情報をすり合わせて計算した結果、あたしは傍らで何となくショボーンとしているマリアーノに小声で訊いた。


「ねぇマリアーノさん、あの年配の人はもしかして……」


「……やっぱり気付くか? 教皇様だよ。収穫祭で色々と忙しいはずなのに、うちに居るのはどう考えてもヤバいよな? 来てくれるのは有難いし光栄なんだが、入り浸りになってると『教皇を堕落させた店』扱いでうちは破滅だ……」


 そう呟いてマリアーノは顔色を悪くした。


「それって洒落にならないじゃない……。あと、あの女の人はもしかして奥さんですか?」


「そうだ、嫁のロレーナだ。店の経理を担当してるし、惚れた弱みもあるし物理的な強さもあるしで頭が上がらねぇ……」


 そう呟いてマリアーノはその場にしゃがみ込み、絨毯の上にのの字を書き始めた。


 その周りを、誰かのペットだろうけどウサギとかイヌとかが、楽しそうに走り回っているのは画的にちょっとシュールだった。


 どうしようこれ。


 とりあえずあたしは少し考えてから、当初の予定通りお爺ちゃんを連れ出すことにした。




 あたしはデイブの隣に立ち、お爺ちゃんに告げた。


「お爺ちゃん?」


 目を閉じて横笛を吹いていたお爺ちゃんがピクっと反応し、ゆっくりと目を開ける。


「色々な人が迷惑しているの。そろそろお開きにしてくれないかしら?」


 お爺ちゃんは汗をかき始め、適当なところで笛の演奏を止めた。


「やあウィン。違うんじゃよ、儂は少しばかり獣人の人たちとこの店で交流しとっただけなんじゃ。そうしたら今は収穫祭期間で『モフ(だま)』を開催しておって、儂としては自らの魂の赴くまま動物たちとも交流を深めとっただけなんじゃ。そもそも『モフ魂』は長い歴史があって、ここに集うことが喜びという人たちが多いんじゃ。その喜びは魂の叫びじゃ。儂はそれを自らの演奏でより良い状態に高めて「お、じ、い、ちゃん?」」


「……はい」


「この件については、あたし、リーシャお婆ちゃんとジナ母さんに手紙を書くことにしました」


 リーシャおばあちゃんはジナ母さんの母だ。


 普段は職人としてお爺ちゃんの仕事を手伝っている。


 今回来ていないので、家に残って仕事を片付けているはずだ。


 そこに来てお爺ちゃんが王都で何をしていたのかを知れば、多少は説教をしてくれるだろう。


「……ちょ、ちょっと待つんじゃ。収穫祭は祭りなんじゃ。それを祝うために「その内容が」」


「…………はい」


 お爺ちゃんが何やら脂汗を浮かべながら言っていたが、あたしがまず伝えるべきことを伝えなきゃ。


「その内容がどんな内容になるかは、この後のお爺ちゃんの行動で決まると思ってね? ゴッドフリーお爺ちゃん?」


 できるだけ真剣な目でお爺ちゃんを見る。


 だけど睨みつけるような表情もどうかと思うので、あたしはできるだけ口角を上げるように意志の力で努力した。


 その表情が効いたのか、お爺ちゃんは小さく「分かったのじゃ」と応えてショボーンとした表情を浮かべた。



挿絵(By みてみん)

ジャニスイメージ画(aipictors使用)




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