04.世界の実相の合間
視界が切り替わるが、まさにその時プリシラの目の前ではホリーが体勢を崩している。
その表情には満足そうな笑みを浮かべているが、その目にはある種の諦観もあるだろうか。
彼女の背後には白い甲冑を着込んだ戦士のようなもの――『骨ゴーレム』が剣を振りかぶり、斬りかかる寸前だった。
事前にクリステミロリアから説明を受けていた状態だったため、プリシラは前へと伸ばしていた手を対象に向ける。
『詢術』を発動する――
本来発動にはそのような所作は必要ない。
さらに言えば呪文さえも、本来は彼女が授かった体系には不要だ。
それでもプリシラは授かった手順のままに意念を形成して言葉を発し、魂を経た問いを動かす切っ掛けとする。
「【其は誰そ】、【水操作】」
普段からプリシラの声は雑踏でも不思議と通る声だ。
その鈴の音を思わせる凛とした声は魂から響き、眼前の『骨ゴーレム』に届く。
それはそのまま世界の実相の合間、存在の非加算集合の領域に響いて世界自身が秘める記憶に至る。
刹那の間に為された問いによって、『骨ゴーレム』の存在を規定する情報の表層に接続した相が瞬間的にその場に現れた。
そして『骨ゴーレム』の全ての魔法的抵抗値を無視して、続く水魔法が流し込まれる。
プリシラが放った【水操作】は初級魔法であるが、“単一式理論”のために練り上げた魔法だ。
その結果プリシラの意志の働きのもとに、水属性魔法は冷厳たる氷結の働きを『骨ゴーレム』に示した。
「パキパキパキパキパキパキキキィィィィィィィィィィン」
一瞬で『骨ゴーレム』は氷像と化すが、その時には他の者も動き出している。
マクスとパトリックが身体強化を行いながら、氷像になった『骨ゴーレム』を挟むように立つ。
そして合わせ鏡のように左右の格闘の距離から、体軸を大きく捻って爆発的な回転力を発生させつつ、二人は内在魔力を纏った状態の自身の背部を叩きつけた。
大きな破砕音と共に『骨ゴーレム』だった氷像がその場に崩れ落ちる背後に、さらに二体が転移してきた。
その時にはウィンとディアーナとエルヴィスが動き出す。
ウィンはアレスマギカから説明を受けていた通り、風属性魔力を込めた手刀で斬撃を放ち、床に秘されていた転移の魔方陣を破壊した。
続いて【収納】からそれぞれ自らのグレイブと杖術用の杖を取り出したエルヴィスとディアーナは、後続の『骨ゴーレム』に対処する。
エルヴィスは屹楢流の属性魔力を込める斬撃乱葉斬を連撃で繰り出す。
ディアーナは一心流の属性魔力を込める斬撃断心斬を連撃で繰り出す。
「けっこう硬いねえ」
思わず軽口を漏らすエルヴィスだったが、自身の後ろからコウが動くのを察してディアーナの方に加勢する。
エルヴィスが移動するのと同時に、代わりにコウが間合いを詰めて技を放つ。
「シャリィィィィィィィン」
鳳鳴流の抜刀術である鳳雛斬が、甲冑姿の『骨ゴーレム』を上半身と下半身で真っ二つにした。
そこにウィンが手刀で四撃一斬の斬撃――月転流の四閃月冥の裏を連撃で放つ。
それにより『骨ゴーレム』は細い切断音を上げながら、瞬く間に小間切れにされた。
「あとは……」
ウィンが呟きながら残る一体に視線を向けると、彼女とプリシラ以外の全員――ホリーも加わって攻撃が加えられ、すでに原形を失っている。
そうして資料館の礼拝堂で起きた戦闘は、ウィンたちの完勝で幕を閉じた。
みんなが囲んで破壊していた『骨ゴーレム』が片付くと、ホリーがプリシラの方を向いて嬉しそうに告げる。
「凄いじゃないプリシラ―、また魔法のウデが上がったの?」
ホリーは自身がプリシラを庇ったことで身体強化が遅れて、ピンチになったことはおくびにも出さない。
いや、あれは平静を装っているよなと思っていたら、つかつかとプリシラが歩み寄る。
そうして彼女はホリーをじっと見つめた。
「どうしたのプリシラ? もしかして腕を引っ張ったからどこか痛いの――」
そこまでホリーが口にしたところで、プリシラは彼女をハグした。
「無茶を、してはいけません、ホリー。もっと自分を大切にしてほしいと、心の底から希望します」
ホリーはどうしていいか迷う表情を浮かべていたけれど、彼女はそっとプリシラの肩に手を置いた。
「無茶じゃあないよープリシラー。今回はみんなが居たし、大丈夫だと思ってたんだー」
「ですが」
そう言って二人は視線を交わす。
ホリーとしては困ったような表情を浮かべていた。
たぶん彼女は何度自分が同じ目に遭うとしても、プリシラを護ろうとするんじゃないだろうか。
そう思っていたらマクスの奴が意外にも声を上げた。
「済まなかったんだぜ、出遅れちまったぜ! こんなポンコツ、ふだんの俺様なら秒で粉々に出来たのによ」
ポンコツとは『骨ゴーレム』のことだろう。
全く、性格に色々と問題があるくせに、こういう時は空気読むんだよなこいつは。
そう思ってあたしもマクスの言葉に乗ることにした。
「そうね、こういう時にマクスに先行させて、トラップ外しをさせるべきなのよね」
あたしは思わず実感を込めて笑顔と共に告げると、奴は一瞬固まったあと顔をしかめてあたしを見やがった。
「ウィンの言う『トラップ外し』が、微妙に俺様の想像するものと違う気がするんだぜ?」
「気のせいじゃ無いかしら?」
奴のスキル『無尽狂化』を発動させて、地球の記憶にある自走式地雷処理マシーンのように使い倒す計画なんだけどな。
今後予定されている王都地下遺跡調査では、あたしとしてはマクスにはそういう活躍を期待しているんですけれども。
まあその話は今はいいか。
そこまで話したところで視界にある全ての動きが止まり、ソフィエンタから念話が入ってきた。
「お見事でしたウィン」
そうか、ここは移築されたとはいえ礼拝堂だから、神々からの連絡が入るのか。
「あたしは大したことはしてないわ。それよりどうしたの?」
「一応まだ時間的な猶予はあるけれど、『赤の深淵』の子たちが禁術の最終段階に入ったわよ」
マジか。
「それってどれだけ時間的な余裕があるの?」
「そちらの時間でざっと三時間以内に、ウィンが『時輪脱力法』を使えばクリアね」
それを聞いてあたしはホッとする。
「油断する訳じゃあ無いけれど、大分余裕があるのね」
「そうかしら? 組織立てて準備していたら、あっという間に三時間経つわよ――」
ソフィエンタが今後の流れを説明してくれたけれど、ディアーナがレノックス様に『魔神さまからの神託』を報告する。
それを重く見たレノックス様は近衛騎士の人たちへの指揮権を発揮して、食堂の警護を先生たちに任せ、附属病院への対処を始めるだろうとのことだった。
現地には『伝染する魅了魔法』に罹った人たちや、それに紛れる『赤の深淵』の連中が待っている。
うーん、タイミングによっては微妙になるか。
「あたしが別動隊で動いた方がいいと思う?」
「その方がいいわね。次善の策として、プリシラちゃんを現場に連れていく感じかしら」
そう言ってからソフィエンタは、プリシラが覚えた技の話をしてくれた。
『詢術』の中でも最も初級の技で、問いかけることで対象のアカシックレコードに一時的に裏口を作るらしい。
「裏口なの?」
「あくまでも説明のための言い回しよ。それで裏口を開けたらあとはそこに魔法を流し込むの」
そうすれば相手が神だろうが竜だろうが、魔法の抵抗がほぼゼロで掛かるらしい。
「何それ凄い?!」
「まあね。でも初級の技だから、プリシラちゃんの声が届く範囲くらいまで近づく必要があるわ。十メートル前後かしら」
「あー、使い勝手は微妙なのね」
それでもあたしは、『詢術』のいちばん初級の技でそれだけ強力なのは破格だなと考えていた。
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