12.身を守るには妥当よね
プリシラと女神は再度向かい合ってソファに座り直し、会話を再開していた。
『氷神の巫女』とすることで、プリシラは水魔法と地魔法の上達が早くなることをクリステミロリアは説明する。
「――それに加えて、全ての結晶を扱う魔法の適性が開きます。私の名は『結晶の静謐たる乙女』という意味で創造神さまより賜りました」
「そのような謂れが……。承知しました」
プリシラの表情を見ながら薄く笑みを浮かべつつ、女神は説明を続ける。
「加えてあなたには、私のとっておきに適性があるわ」
氷神の“とっておき”とは何なのか。
あるいは特級魔法を超えるような魔法なのだろうか。
あまりに強力なものでは、自分で制御できないのではないか。
プリシラはそういった心配を思い浮かべる。
「氷神さまのとっておきですかと確認します」
「そうね。神々でさえ求める技をあなたに授けます。――ただ、ひとつだけ確認を」
そう言ってからクリステミロリアは真剣な表情を浮かべる。
女神の真剣さが伝わって、プリシラは思わず緊張してしまう。
だがクリステミロリアはそのまま彼女に問う。
「プリシラ、あなたは人として生きて、人として没したいですか? それともいずれは。女神となりたいですか?」
「それは…………」
思いもよらなかった話に、プリシラは固まってしまった。
そして彼女は長考を始めてしまう。
クリステミロリアは、プリシラが真面目に自身の言葉を受け止めたことに苦笑してしまった。
「即答しなくていいわ、あなたには考える時間をあげます。でも最初に伝えておくけれど、私のとっておきは、人の身で神を目指せる技なの。それを覚えておいて」
「神を……」
「それが良いことなのかそうではないのか。申し訳ないけれど、あなたにとってどうなのかは、私でも答えがありません。でも最初だから、一番大切なことを伝えておきたかったの。頭の片隅に記憶しなさい」
女神から授かるとっておきの技であるゆえに、人の身で極めれば神に至るのかも知れない。
詳細は不明だがそのようなことを考える。
そしてクリステミロリアの言葉に、プリシラはしっかりと頷いた。
「承知しました」
彼女の反応にクリステミロリアは頬を緩める。
「さて、それではあなたを巫女にした後、最初級の技を授けます。それが済んだら他のみんなにあなたを紹介するから」
「他のみんなですか?」
氷神以外の神々も姿を見せるのだろうかとプリシラは首を傾げる。
プリシラにとってそれは身に余る光栄を突き抜ける気がしたが、それでも彼女は覚悟を決めた。
彼女たちはソファから立ち上がり、何も置かれていない広い場所に移動する。
そしてクリステミロリアはプリシラの頭の上に手を置き、神気を込める。
「直ぐ済むわ」
「はい」
返事をしながら彼女は、自身の意識が穏やかなまま研ぎ澄まされていく感覚を覚えた。
そして女神の言葉通りに、程なくプリシラは『氷神の巫女』となった。
プリシラに自身のステータスの魔法で確認させてから、クリステミロリアは告げる。
「続いて一番の初歩――最初級の『詢術』を授けるけれど、誤発動を避けるためにあなたの大陸の古代語も授けます」
「お願いいたします」
そうして再びプリシラの頭に手を置いて、クリステミロリアは神気を込めた。
気が付けばあたしは先ほどとは明らかに違う部屋にいる。
王国文化資料館の祭壇があった展示室の、半分ほどの広さだろうか。
ゴシック様式を思わせる木製の室内に、足元には黒と白のチェッカー柄の床が広がっている。
壁一面には本棚があり、見たこともない文字が書かれた背表紙が並んでいる。
「ようこそあなた達」
そう言われてあたしは他に知っている気配と、知らない気配を感じた。
知った気配はディアーナとコウとプリシラが居る。
そして声がする方に視線を向ければ、品のいい意匠のテラス窓の前にソフィエンタと魔神さまが居る。
他には初めて見る男の神さまの姿があるけれど、コウが当惑した口調で呟く。
「アタリシオス様……?」
火神さまの名前が告げられるけれど、この時点で神域に呼ばれたことは分かった。
さらにもう一人、いや、人間では無いか。
気配からすると多分女神さまが柔和な笑みをあたし達に向けていた。
「こんにちは皆さま」
あたしがソフィエンタを含めた神々に挨拶すると、ディアーナとコウとプリシラも同じように挨拶した。
その時点であたしは冷静になる。
この中であたし達人間は、プリシラ以外は巫女か覡だ。
もしかしたらプリシラは、巫女になったんじゃないだろうか。
「流石ね。ソフィエンタに似て優秀だわ」
「あ、いえ」
やっぱり神さまか、フツーにあたしの思考が読まれています。
「自己紹介しますね。――宜しいですか皆さん?」
そう言って初対面の女神さまは他の神々に確認する。
コウが名を呼んだ火神さまらしき男性が笑顔を浮かべた。
「レディーファーストでいいと思うよ」
火神さまはそう言ってウインクしてから魔神さまに視線を向けると、魔神さまも薄く微笑んで黙って頷く。
「お先にどうぞ」
ソフィエンタもそう言って促すけれど、割と親し気な感じがするぞ。
女神さまは満足そうに微笑むとあたし達に向き直る。
「それでは改めて自己紹介を。私は名をクリステミロリアと言います。あなた達の世界では氷神と呼ばれています。先ほどそこのプリシラを私の巫女としました。皆さんにはプリシラを助けてやって欲しいと思います。よろしくお願いします」
氷神さまはそう言って穏やかに微笑む。
そんなことを言われたら返事は一つしかないだろう。
『はい!』
「ありがとうございます。さて、皆さんをお招きしたのは私の巫女の報告のためですが、先ずこの場所は神域の私の部屋です――」
氷神さまによれば、プリシラにとっておきの技を授けたかったので、安全な場所に呼んだとのことだった。
その後はそれぞれの神さまがあたし達に自己紹介をした。
コウが最初に声を掛けたのは、やっぱり火神さまだった。
そこまで話が済んでから、氷神さまに座るように勧められてみんなでローテーブルを囲んでソファや椅子に座った。
神々がローテーブルの上に視線を走らせると、あっという間に菓子類と紅茶が用意された。
それを前にして氷神さまは口を開く。
「さて、本題に入る前に私から連絡を。プリシラを『氷神の巫女』としましたが、邪神群の活動があるため、最初級の『詢術』を授けてあります」
「ふーん、思い切ったのね」
ソフィエンタが氷神さまに告げるけれど、不満そうな様子では無さそうだ。
「巫女とする以上、地上で手っ取り早く身を守るには妥当よね?」
「そうね、そのくらいならいいんじゃないかしら」
女神二人が頷き合っていると、火神さまが告げる。
「キミはどうやらプリシラに、祝福で転送の神術を仕掛けたみたいだね?」
とつぜん名前が挙がったプリシラは首を傾げるけれど、本人は何も知らなさそうな感じがする。
「その辺は邪神群だけじゃなくて、『詢術』を調べようとする神々の対策を兼ねています」
そう言って氷神さまは、じっと魔神さまを見ながら微笑む。
「だからもしプリシラをどうこうしようとしたら、それが神格なら問答無用で神域に転送することにしました」
はて、プリシラに神術を掛けたと指摘したのは火神さまだけれど、なぜ氷神さまは魔神さまに言っているんだろうか。
その理由は直ぐに察することになる。
「あ、うん。いい対策じゃあないかな。確かに『詢術』はマニアックな技法だからね」
そこまで朗らかに話してから、魔神さまは氷神さまとソフィエンタを交互に見る。
「ところでその『詢術』だけれど、ぼくにも授けてくれるわけには行かないかな?」
魔神さまの言葉に氷神さまは笑顔を浮かべている。
そして魔神さまはソフィエンタの方を見ると、我が本体は苦笑しながら黙ってディアーナの方を指差していた。
魔神さまと共にあたし達はディアーナを見ると、口を三日月状にして笑顔を浮かべている。
これはヤバい状況じゃあ無いだろうか。
「ディアーナ……?」
それを察した魔神さまが声をかけると、彼女は眼だけ笑わない笑顔で告げた。
「魔神さま、あなたは魔法の守護者ですよね? 他の体系に興味を持つのもほどほどにしてくださいね?」
「う、うん、もちろん分かってるよ?」
どうやら魔神さまは自分の巫女に諭されてしまったようだった。
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