08.情報は欲しいわけですよ
あたし達のところにレノックス様がやってきて、学院の表通りに『骨ゴーレム』が溢れているという情報を教えてくれた。
事前に想定されていたとはいえ、中々面倒なことが始まっている。
「加えて現在、通信の魔法が途絶しているようなのだ」
「え? どういうことなの?」
「詳細は不明だが、魔道具か魔法で妨害されているのだろうと説明を受けている」
『骨ゴーレム』に加えて起きているなら、『赤の深淵』の仕業と考えるのが妥当だろう。
情報が欲しいのに連絡が制限されるのはマズいな。
「ねえレノ、ちょっとデイブに連絡を試してみるわね」
あたしの言葉にレノックス様が頷いたので、【風のやまびこ】をその場で使ってみる。
「こんにちはデイブ、今ちょっといいかしら?」
だが直ぐに『ツーーー』という一定の音階の音が聞こえてくる。
魔法が相手の都合で繋がらない時ではこういう音は聞こえないので、魔法が上手く働いていないということなんだろう。
あたしは魔法を切ってレノックス様に首を横に振って見せる。
他のみんなも試していたけれど、やっぱり繋がらないようだった。
これは参ったな。
「妾もダメなのじゃ」
「通信の魔法が使えないのは分かりましたが、普通の魔法は影響があるのでしょうか?」
ジューンが心配そうな顔で声を上げる。
確かに彼女が指摘したことは、魔法で身を護ったりするのに重要な点だ。
けれどすぐにニナが穏やかな口調で告げた。
「そこは問題無いのじゃ。なぜかというと、通信の魔法で発せられる魔力の波長はかなり大きいのじゃ。ゆえに普通の魔法には影響しないのじゃ」
『ふーん』
「それに考えてみるといいのじゃ。もし通信の妨害の魔道具で魔法の妨害も出来るようなら、汎用的な魔法の無効化の魔道具や、魔法が開発されているハズなのじゃ」
「そうなんですね。でもそれだと、波長を変えれば妨害はできるのでは?」
ニナはジューンの言葉に笑みを浮かべる。
「他の魔法の妨害、例えば【風の刃】であるとか【風壁】の妨害を行う程の小さい波長を発したら、同じ効果で自分を傷つけるのじゃ」
その手間を考えれば盾の魔法であるとか、相殺するための壁系の上級魔法を覚えた方が運用がしやすいだろうとのことだった。
けっきょくは魔法通信の妨害は、それ以外の魔法の妨害よりも使い勝手がいいという話をされた。
あたし達の話に注意を向けていた周囲の生徒は、それぞれに議論を始めたりしていた。
でも通信妨害のことは分かったけれど、情報は欲しいわけですよ。
「それにしても参ったわね、いまからあたしがデイブの店に行ってくるわけには行かないわよね?」
「それはどういう目的がありますのウィン?」
「まあ、情報収集なんだけれども、ダメよね?」
あたしの言葉を聞いて、レノックス様が告げる。
「情報が欲しいということなら、すでに先遣部隊として来ていた近衛騎士団の者が、暗部の者に要請して王宮に伝令を走らせた」
「あ、そういう流れなの?」
「ちょっと落ち着くんだぜウィン。情報が多い方がいいのは分かるけどよ」
む、マクスが横からツッコミを入れてきたか。
でも確かにあたしはいつもよりも動揺しているだろうか。
デイブとかに連絡できない事態は初めてだし、大目に見てほしいです。
「そうだね、先ずはここを拠点化するのが妥当なんじゃないかな?」
「ボクもパトリックに賛成かな。防衛陣地を作っておけば、万一学院内に侵攻されても対応できるわけだし」
「礼法部の先輩だかが攫われたのは気がかりだけど、それはそれとして防備を固めた方がいいと思うぞ」
パトリックやコウやカリオも守勢で備えた方がいいと言っていた。
フリズのことは気がかりだし、早めに手を打った方がいい予感がする。
でもそれはそれとして、コウが言ったように防衛陣地も大事なんだよな。
「学院を要塞化するのですわね! なかなか興味深い状況になってまいりましたわ!」
我がマブダチはこんな時でもテンションが上がってきているようだ。
それでもキャリルは気落ちしているパメラと視線が合うと、彼女と礼法部の人たちを励ますように声を掛けていた。
学院の要塞化という単語にはレノックス様が反応した。
彼によれば現在近衛騎士団の人たちが、先生たちを交えて学院の警護担当と詳細を詰めているそうだ。
「その辺は我が家の手勢が学院の警護担当に提案しているが、食堂前を本陣にして防御陣地にするはずだ」
「生徒や職員がお昼でちょうど集まったはるからなぁ。ウチもその方が安心やと思うけど」
食堂に集まった多くの人たちを動かそうとしたら、移動時に侵攻があったときに大変だ。
サラの言うとおり、食堂を拠点化して備える方が妥当だろう。
それにここには食料もあるんですよ。
食べ物のがあるのって大事だと思うなあ、あたしは。
「確かにそうね。そういうことなら、まずは偵察に放った使い魔たちを待つしかないかしら」
あたしが使い魔について言及すると、みんなは頷いていた。
話題が途切れたところであたしのところにディアーナがやってきた。
側にはエルヴィスの姿もあるけれど、二人とも少しだけ表情が硬いだろうか。
他にもディアーナと実習班が同じだからか、ホリーとプリシラの姿もある。
「あの、ウィンさん」
「どうしたのディアーナ?」
「じつは魔神さまと連絡が取れないのです」
おっと、【風のやまびこ】だけじゃあ無くて、巫女と神さまの連絡も妨害されているのだろうか。
あたしの場合はソフィエンタに連絡を取るには、植物が近くにある必要がある。
我が本体の権能の関係でそうなっているのだけれど、ディアーナの場合は魔神さまが連絡相手だ。
彼女の場合は魔力さえあれば連絡できるんじゃないだろうか。
そういう意味では環境魔力は常にどこにでもあるし、連絡が出来ないということが良く分からないのだけれど。
あるいはそこを妨害してくる時点で、とどのつまり邪神群がジャマしてるということなんだろうか。
「なかなか興味深いのじゃ」
ニナがそう言って難しい顔を浮かべ、腕組みをして考え込む。
じつはディアーナが『魔神の巫女』なのは、最近ではクラスメイトを中心に学院内で公然の秘密になっている。
周りの獣人の生徒に話が聞こえたのか、こちらに視線を向けているのが感じ取れた。
ディアーナとしてはエルヴィスに促されて、風紀委員であるあたしに相談したということにしたいのだろう。
じっさいの所は『薬神の巫女』であるあたしと、いま近くにいる『火神の覡』であるコウにも情報共有したということじゃあないだろうか。
「幾ら呼び掛けても神託を貰えないということなの?」
「はい、残念ながら、そのようなことになっています」
あたしとディアーナのやり取りを聞いていたニナが、横から告げる。
「まさかとは思うが、祈りの感情も妨害されておるのかのう」
ニナも半信半疑だったけれど、直ぐにジューンが口を挟んだ。
「魔道具では、ずい分以前から祈りの魔力波長も扱えるようになっています。具体的な仕組みは想像できませんが、否定はできません」
彼女の言葉にディアーナは表情を曇らせる。
あたしとしても、いよいよもってマズいなと思う。
『赤の深淵』はともかく邪神群のことを考えると、情報的に神々と分断されるのは危険な予感がする。
コウと視線が合うけれど、あたしの懸念を察したのか硬い表情で頷いた。
それでもあたしは、試してみる価値がある選択肢を思い付いた。
ソフィエンタの部屋でカレーをご馳走になったときに、『もしもの時は助け合って教会や地区の礼拝堂に逃げれば護る』と神託を返したと聞いた。
「ねえディアーナ、うまく行くか分からないけれど、どこか近くの礼拝堂で祈るのを試してみるわけには行かないかしら?」
「はい……、それは、いい案だと思います。……ですが最寄りの礼拝堂は学院の外でしょうか?」
それなんだよなあ。
表通りには『骨ゴーレム』が溢れているみたいだし、どうしたらいいんだろうか。
あたし達が考え込んでいると、不思議そうな顔をしてパメラの近くにいたウィクトルが口を開いた。
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




