07.第一戦略目標とするのは
王都のティルグレース伯爵家の邸宅では、シンディがちょうど昼食を終えたあと、私室に移動していた。
予定も入っていない午後のひと時を、趣味の庭いじりで楽しむために着替えるつもりだったのだ。
ところが私室に入って間もなく彼女は報告を受ける。
侍女からの報告であり、王都で異変が起きているという。
現在、王都の広範囲で通信の魔法が通じない状態が発生している。
また貴族家の屋敷がある地区で、多くの『骨ゴーレム』が街路を練り歩いているという。
「そうですか――。『骨ゴーレム』については注意喚起がございましたし想定の範囲内ですが、通信の魔法が使えないと」
「はい、何者かによる意図的な通信魔法の妨害が想定されます」
侍女の言葉にシンディは頷く。
「そうですわね。魔道具による妨害か魔法によるものでしょう。状況的に考えて『赤の深淵』なる秘密組織によるものですね」
そこまで口にして、シンディは『赤の深淵』の者たちの準備に半ば呆れてしまう。
その労力を禁術実践などに使うのではなく、もっと世に役立つことに使えばいいのにと。
シンディはそれに触れることなく問う。
「対応は始めましたか?」
「アメリア副侍女長の判断で、王宮に伝令役を走らせています。指示があれば持ち帰るでしょう。また邸宅周辺に斥候を放っています」
その返事に「妥当な判断です」と告げて、シンディは今後の動きを考え始める。
ティルグレース伯爵家は武門であるし、王宮から指示が下れば即応しなければならない。
それに備える意味でも、更なる手を打ちたいと彼女は考える。
「他家の敷地には触れず、通信妨害の魔道具や魔法の使用者は見付けた段階で排除を始めなさい」
「承知いたしました。奥様、お嬢様方はどうなさいますか?」
侍女から問われ、シンディは考えを巡らせる。
平素からレノックスが通う以上、王族の離宮に準じる警護が暗部によって行われているはずだ。
加えて『骨ゴーレム』の周知が王宮からなされた以上、近衛騎士団は間違いなく周知のタイミングで先行部隊を送っている。
学院では教師たちは警護の人員と共に生徒を集めて防備を組むだろうし、王都内の他の場所よりも安全は確保されている筈だ。
シンディはそこまで考えたうえで、万が一の事態のための備えを口にする。
「王宮からの指示に備え、わたくしは動けません――」
そう告げながら彼女は私室の机に向かって座り、無詠唱でペンと紙と封筒と封をする道具一式を【収納】から取り出す。
現在この邸宅にはウォーレンやシャーリィやラルフは居ない。
それでも手勢を向かわせることを決める。
「エリカを指揮官とし、“庭師”――わが家の特殊兵員を一分隊、全員戦闘態勢の完全装備で学院に向かわせなさい。ティルグレース家からの加勢である手紙を用意します。あなたはアメリアに先に連絡なさい」
「承知いたしました」
侍女はそう応じて一礼し、シンディの部屋から出て行った。
シンディは直ぐに手紙を書き上げて封を済ませ、筆記具などを【収納】で仕舞う。
「ロレッタとキャリルは心配ありませんが、わたくしも念のために動けるようにしておくべきですわね」
そう呟いて彼女は私室の収納家具から、自身の装備品を選び始めた。
実際の所、シンディはラルフが領都に居るためにその代理である。
彼女の夫であれば最前線に立ちたがるであろうが、同じことが出来るように備えるつもりだ。
その一方で通信妨害まで使った『赤の深淵』の周到さを考えるに、このまま骨ゴーレムとの戦闘を始めることが妥当なのかも考え始めていた。
「さすがにイネスなども禁術は知らないでしょうし、宮廷魔法使いの皆さんも怪しいですわね。――――悩ましいですわ」
竜種の魔獣セラミック素材を使った杖を手にしつつ、シンディは嘆息した。
王宮に『赤の深淵』による『骨ゴーレム』使用のリスクが伝えられた段階で、今年度の王都の防衛を担当するブルースの連隊に師団長から指示が出た。
『赤の深淵』が共同墓所を占拠する事態を完全に防ぐために、現地に駐留して昼夜問わずに警護に当たれというものだった。
聞けば『魔神の弟子』の分析による情報で、『骨ゴーレム』は人骨を材料に環境魔力で延々と生み出すことが出来るという。
詳細はルークスケイル記念学院や王立国教会で検討中とのことだったが、魔神アレスマギカからの神託でも裏取りされているらしい。
「魔神さんが言ってるならそりゃもう起こるだろ」
ブルースはそう反応して師団長に上申し、共同墓所に王都警護の指揮所を置くことが決まった。
共同墓所では国教会の協力もあり、昨夜の段階で敷地内の庭園の芝生エリアに一中隊三百名弱の精兵を移動させ野営陣を張った。
「――しかし連隊長、ホントに『骨ゴーレム』ですか? そんなもんが王都に現れるんですかね?」
「出てくる前提で備えるしかねえだろ。ちゃんと破壊したあとの、残骸の回収班も編成してるんだよな?」
ブルースは天幕の下に用意されたテーブル席につき、部下たちと混ざって昼食のシチューを食べつつ半信半疑な者に応える。
残骸の回収班というのは、『骨ゴーレム』を破壊したあとに残る人骨の素材が再利用され、ふたたび再生産されるリスクが指摘されたからだ。
宮廷魔法使いからの指摘であり、まず戦闘によって『骨ゴーレム』を破壊してその場に放置したとする。
『赤の深淵』の構成員が現地で禁術を使い、その場に溜まった人骨で最初よりも巨大な個体を作られたら厄介だという話だった。
「勿論です。そんな巨大化して大質量攻撃なんてされた日には、防衛陣とか防御魔法とかが無意味になりますし」
「だろ? 言われた以上、備えるしかねえんだよ」
ブルースとその部下の騎士のやり取りを見ていた別の者が、不安そうな視線を彼に向ける。
国教会から派遣された回復と治療を担当する神官の一人だ。
「連隊長殿、魔神さまが神託を為された以上、『骨ゴーレム』出現は確定的ですが、共同墓所については言及は賜っておりません」
「そうなのか?」
「はい……。そこでうかがいますが、連隊長殿のご経験からみて、共同墓所が狙われる可能性はどの程度あると思われますか?」
神官からの問いにスプーンを止めて少し考え、ブルースは告げる。
「まあ半々だな」
「そこまで確定的では無いと?」
不安そうな神官にブルースは首を横に振るが、彼の言葉に頷いている騎士たちも周囲の席にいた。
周りの反応に細く息を吐きつつ、ブルースは説明する。
「ここを第一戦略目標とするのは、王都を壊滅させたりする場合だな。ここを確保すれば延々と『骨ゴーレム』を作れるみてえだからよ」
「はい……」
神官は不安の色を濃くする。
一方でブルースの表情に焦りはない。
その理由が、現時点までの『赤の深淵』の行動が中途半端に感じるからだ。
「だが『赤の深淵』の連中は、まだ警戒されていない段階で占拠して、一気に王都を落とす方が戦略として正しいだろ? そうやってねえからこそ、連中にとってそこまで優先度が高いように感じ無いんだわ」
「でも連隊長、王都の外から人骨を持ち込んでて、不足分を補充した説もあるみたいっすよね?」
別の騎士がブルースに指摘するが、それでも彼は首を横に振る。
「事前に動いて、バレるようなリスクを踏むとも思えねえな。だから、『骨ゴーレム』は優先順位はそこまで高くねえと踏んでいる」
「逆にいえば、『赤の深淵』の作戦に必須なら、俺らが警戒する前に取るだろうってことっすね?」
部下の言葉にブルースは特に表情を変えずに頷く。
その一連のやり取りで神官は安どの表情を浮かべた。
「それならここが戦いの場になることは、あまり考えられないということですね?」
「ああ。でも油断はできねえ。行動しながら戦略を変えていくこともあるかも知れねえからよ」
「そうですか……」
ブルースの言葉に肩を落とす神官だったが、その様子に息を吐き、自分たちがここに来てからいつでも戦闘に入れる状態を保っていることを告げた。
彼にとってはこうして食事をしている時でも、戦端が開かれれば即応できる状態になっている。
そのことを伝えると、今度こそ神官は安心した表情を浮かべた。
だがそれも直後の急報で不安なものに変えられたのだが。
「報告! 『骨ゴーレム』が表通りに大量発生したのを確認しました! またこれと同時に通信妨害が発生しました!」
「よーし、始まったか。『骨ゴーレム』の数はともかく、やることは魔獣やら賊からの防衛と変わらねえ。守備的に対処を開始しろ。敷地内の安全確保は第二段階に移行だ。対処の開始を以て王宮に伝令を走らせろ。俺たちは通信妨害への対処よりここの防衛を優先する。各自かかれ!!」
『はい!!』
そこまで一気に指示を出した後、ブルースは残りのシチューを口の中に押し込み、席を立つ。
そして不安げな神官に視線を向けて不敵に笑った。
「このあとの『骨ゴーレム』や、別働の侵入者の動きがあるなら、敵の狙いがはっきりする。貴殿らも慌てずに守備陣に控えてほしい」
神官が覚悟を決めた表情に変わったのを見て、満足げな表情を浮かべながらブルースは本陣の天幕に向かった。
だが彼らが警戒を続けても、積極的に共同墓所の敷地内に侵攻や侵入する動きは見られなかった。
だからと言って警戒を緩めることも出来ず、ブルース達は焦れながらも拠点防衛を続けた。
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