06.哄笑と共に告げる
王都ディンルークの中央広場は、魔神が生まれた聖地として世界的に有名になりつつあった。
それ故に昨今は各地からの巡礼客が絶えず訪れ、その加護を期待して祈りをささげる場となっていた。
だがいまは大型の『骨ゴーレム』が現れて暴れまわり、中央広場を警護していた神官戦士団たちと戦闘を繰り広げていた。
巡礼客たちは戦いに巻き込まれないように逃げまどい、殆どが広場から脱するように移動していた。
その様子を伺いつつ、王都の東門から伸びる大通りを進んで来た旅装の五人が中央広場に辿り着いた。
「何やら妙なことが起きておるのう」
澄ました顔でそう言ってのけるのは、ウィンの祖父であるゴッドフリーだった。
「妙な事っていうよりは、誰かが魔獣を呼び出したんじゃないかねえ。面倒ごとの予感しかしないよ全く」
そう言ってゴッドフリーに応じるのは、彼の妻でありウィンの祖母であるリーシャだった。
傍目には田舎によくいる肝っ玉母さんという貫禄があるが、その実力はジナの完成形と言っていいほどの月輪旅団での実力者だ。
「こんなことならヘンにおのぼりさんを気取らずに、デイブの店に行った方が良かったな」
「仕方ないですよ父さん、さすがに聖地がこんなことになっているとは思っていませんでしたし」
ややくたびれた声で後悔を述べるのは、月転流宗家の現当主であるアードキルだ。
彼はジナの実兄でウィンの伯父にあたる。
そして彼をなだめるのは妻のリアだったが、彼女を含めてここまで口を開いた四人は、目の前で起きている混乱に危機感を持っていないようだった。
だが最後の一人が哄笑と共に告げる。
「アハハハハハハ! これが聖地! 素晴らしいじゃない! 我が忌み名である『化異羅』が呼び寄せた運命かしら? きっとそうよ! 世界を統べる神々の糸が寄り合わさり、その結び目には歪みとなって化生のもの達が沸き立つのよ! アハハハハハハ!」
狂おしいほどの喜色を浮かべるその娘はまだ若く、黙っていればその涼し気な視線や整った顔立ちが男子から人気を集めただろう。
黙っていれば。
彼女の様子を見てゴッドフリーは苦笑する。
「いつになくケイラは元気じゃのう」
「やれやれ、またいつものビョーキかねえ。何度言っっっても聞かないし、誰の血のせいなんだか」
「ほらケイラ、こんなところでいつもの寸劇はどうかと思うぞ」
リーシャとアードキルが困った視線を向けたのは、アードキルとリアの長女であるケイラだった。
二人の言葉に不満げな表情を浮かべてケイラが口を開く。
「病気とか寸劇って何よ。私はマホロバからの朋友に真の名を教えられて目覚めたのよ?」
ケイラはアロウグロース領都にある学校に通っていたが、在学中にマホロバからの留学生にマホロバ文字――漢字の当て字を教わった。
本来ケイラとは王国では『純粋』を含意する素朴な名である。
だが『化異羅』という字が当てられた彼女は、その意味を『異界の化生を絡め取る者』と解説されたことで、無事に色々と開眼して現在に至る。
「でもケイラはそう言って魔法でもう調べたのよね?」
リアが何ごとも無かったかのように問うと、彼女は頷いた。
「そうね。お婆ちゃんがやった方が早いと思うけれど、鑑定結果は出たわよ」
先ほどの謎の言動を吐きつつも、ケイラは無詠唱で【鑑定】を使い、『骨ゴーレム』たちを調べていた。
ケイラは中央広場を見渡して状況を確認する。
すでに神官戦士団が『骨ゴーレム』との戦闘を始めているが苦戦しているようだ。
「まずあれは禁術で作られた『骨ゴーレム』で、材料は人骨よ。製造過程で『魔獣セラミック素材』なんかと同じように粉末化したあとに、地属性魔法で生成した鉱物を混ぜて成形して火属性魔法で焼いた感じね」
「硬さはどうだい?」
アードキルが確認するが、ケイラは眉を顰める。
「父さんは人骨には反応しないの?」
彼女は問いかけるが、その顔には忌避感よりは怒気がにじんでいるだろうか。
「『赤』の禁術だろうさ、王都で活動していたようだし」
「やれやれ、納得済みなのね。――硬さはそれ程でも無いかしら。ランクAの魔獣なみには強化されてるけれど、問題は込められてる魔力ね」
そう言ってケイラはアードキルに判断を求めるように視線を向ける。
彼女の言葉に満足したようにリーシャが微笑み、口を開いた。
「あの骨どもは早さは大したことが無いけど、強引に環境魔力を延々と詰め込んだ感じさね。どうする、アードキル?」
彼らが話している間にも、神官戦士団が国教会本部の敷地から現れて『骨ゴーレム』に向かっていく。
それでも有効なダメージが与えられていないようで、時々攻撃を食らってまとめて複数人が吹き飛ばされているのが見られた。
「そうだな。――父さんが教皇様にお世話になっているし、ちょっとだけ手伝っていこうか?」
そう言って苦笑いを浮かべながらアードキルは溜息をついた。
「いい判断じゃな」「そうだね」「行きましょうか」
ゴッドフリーとリーシャとリアが順に応えた後に、ケイラが謎のポーズをして顔の前で広場に向かって右手のひらを広げる。
そして指のあいだから『骨ゴーレム』に視線を向けつつ、口を開く。
「アハハハハハハ! さあ、骨は骨に返す時が来たようね! 我が名において、化生に静謐たる死を与えるわ!! アハハハハハハ!」
「ホントに静かにできないのかねえ」
「今日はほら、仕事じゃないし大声で寸劇が出来るからですよ母さん」
祖母と父の言葉に一瞬ムッとした表情を浮かべつつも、ケイラは無詠唱で【収納】から自身の得物――短剣と手斧を手の中に取り出した。
「みんなは武器はいいの?」
「いらんじゃろ?」「何とでもなるさね」「仕事じゃあ無いしなあ」
ケイラが黙っているリアに視線を向けると、おっとりした様子で彼女に告げた。
「母さんは素手の方が強いのよ? あなたは母さんと動きなさいね」
その事実を知っているため、ケイラは返事をしつつ細く息を吐いた。
月転流宗家の五人は用意が出来たため――正確にはケイラの準備が出来たため、彼らはそれぞれ移動を始めた。
最初に一番手前側の骨ゴーレムに取りついたのはゴッドフリーだ。
場に化すレベルで気配を遮断して背部に回り、素手に始原魔力を纏った状態で四撃一斬を両手で繰り出す。
二本の魔力の刃と共に左右両手で斬撃を放ち、絶技・月爻――始原魔力を使っているのでその裏になるが――それを骨ゴーレムの右ひざに集束させた。
『ジィィィィン』
一音に聞こえる斬撃が放たれたが、ゴッドフリーの攻撃で脚を斬り落とすことは叶わなかった。
「ふむ、攻撃は通っておるが、やはり直ぐ魔力で自己再生してしまうのう」
突然現れたゴッドフリーに、骨ゴーレムから距離を取っていた神官戦士団の男が叫ぶ。
「ご老人、危険だ! 下がりなさい!! 我々が対処するから今すぐ退避を!!」
「ああ、気にせんで大丈夫じゃよ、この手合いにはそれなりに慣れておるからのう」
ゴッドフリーが呑気な様子で笑顔と共に声を掛けた神官戦士に応じると、別の神官戦士が叫ぶ。
「じいさん後ろだーーーっ!!」
その叫び声が響いたのと同時にゴッドフリーは、『禹歩』のスキルで立ち位置を瞬間移動で三メートルほど移動する。
移動先ではそのまま気配遮断を場に化すレベルで再開して、再びマトの背後に回った。
「これはどうかのう」
あたかも自身の工房で楽器を弄るときのような熱量のまま、ゴッドフリーは魔力の刃で右ふくらはぎの辺りを引っ掻くように斬り付ける。
すると魔力の刃先が通った感触が分かるので、魔力の刃が接している骨ゴーレムの魔力をムリヤリ自身の内在魔力の延長のように制御する。
「ふむ、行けるのう」
骨ゴーレム自身の魔力を操作し、ゴッドフリーは円形の刃を骨ゴーレムから生やす。
月転流には自身が手にする短剣や手斧を回転させ、円形の軌道で放つワザがある。
奥義・月転陣であり、月転流に伝わる技では遠距離攻撃が出来る唯一の技である。
だが月転陣に習熟すると自身の内在魔力の刃で同じことが出来るようになり、そこを極めると認識できる魔力を刃に出来るようになる。
いつしかゴッドフリーはこの技を発展させ、標的の鎧などの硬い部分を剥がして回転する刃とし、標的自身の硬度で切り刻む固有奥義を開発した。
「これでは鋼旋風というよりは、骨旋風なのじゃ」
そう苦笑しながらゴッドフリーは骨ゴーレムから生えた円形の刃を走らせる。
骨ゴーレムは攻撃者が察知できずに周囲を伺うばかりで、その光景を神官戦士団は茫然と眺めている。
『ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギュィィィィィィイイイイイイイイ』
地球でいえばグラインダーで切断を行うときのような音を周囲に響かせて、数分後にはゴッドフリーの『作業』が完了する。
「ざっとこんなものなのじゃ」
穏やかな口調で彼が呟くころには、目の前の骨ゴーレムは小間切れにされていた。
当惑しつつも目の前の骨ゴーレムが片付いてしまったことで、神官戦士団は気配を消しているゴッドフリーに感謝を叫びつつ別の個体の所に走った。
それを横目にゴッドフリーは自身の家族たちに視線を向ける。
リーシャやアードキルはゴッドフリーほどでは無いが、同じ手順で解体を始めていた。
「ケイラとリアは時間が掛かりそうじゃな」
朗らかに微笑んでから、ゴッドフリーは次の『作業』のために音もなく移動した。
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