05.お前は人間なのか
王都ディンルークの中央広場は、『魔神騒乱』以降は聖地となっている。
しぜん様々な土地からの巡礼客が訪ねてくる場所となっていたが、その中央付近の石畳の上に魔方陣のようなもの――赤い円とその中に紋様が浮かび上がった。
アレッサンドロが神とされた地点からは少々南側だったのだが、それでも直ぐに『魔神の奇跡か』と歓声が上がる。
突如現れた赤い魔方陣のようなものを囲むように次々と魔方陣が現れて、そこから大型の骨ゴーレムが生えてくる。
身長は十メートル程の巨大な人骨標本のようなものが現れる。
広場にはどよめきが上がるものの、次々と骨の表面から白い泡状の物が盛り上がり全身を覆う。
そうして瞬く間にできあがったのは、白い陶器を思わせる甲冑を纏った騎士だった。
数は十二体で、その造形はある種の神秘的な美しさを感じさせる。
人々の歓声が大きくなったところで骨ゴーレムたちは動き出す。
そしてすぐに、中央広場には混乱の悲鳴が広がった。
骨ゴーレムたちがそれぞれ手にしていた武器を振るい、巡礼客たちを薙ぎ払い始めたのだ。
武器が掠めたり当たった者は吹っ飛び、それまで骨ゴーレムたちに近寄ってきていた巡礼客たちは散り散りに逃げまどい始めた。
その様子を眺めながら、ローブを着込んで満足げに妖艶な笑みを浮かべる者がいる。
中央広場に面した建物の屋上から、骨ゴーレムを作る禁術を発動したセラフィーナだった。
「悪くない出来栄えね。教会の千古の聖典に記された聖者の守護者たる聖騎士たちが、あたかも背教者たちを蹂躙するような美しい光景だわ」
彼女の言葉は神々への信仰に関して冒涜的な発言だったが、この場に彼女に苦言を述べるものは居なかった。
足元に広がる中央広場の混乱した様子に満足げに頷き、セラフィーナは呟く。
「ここはこれでいいわね――」
セラフィーナが笑みと共に言葉を続けようとしたところで、ドンと誰かに背を押されたような感触を覚える。
「――あら?」
彼女が視線を下げると、自身の胸の辺りから水平に剣が生えていた。
どうやら初撃で胸部を貫かれたようだ。
そう認識したのと同時に自ら前に倒れ込むように剣を抜き、無詠唱で破壊された肉体を再建する。
同時に攻撃者が立っていた位置をのみ込むように、水魔法の上級魔法である【水壁】を発動して超水圧の水球で押しつぶす。
だがすでにその場所から攻撃者は後方に移動し、距離を取っていた。
セラフィーナは跪いたあとに立ち上がりながら攻撃者の気配の方に身体を向けると、そこに居たのはカースティだった。
「よくここが分かったわね、お嬢さん。ためらわずに身体に刃を入れるのは、食材を前にした料理人のような美意識を感じるわ」
「…………」
カースティは彼女の言葉に応えず、中央広場に自身が張り込んでいたことに内心で安どする。
このまま目の前の魔族の女を狩ろう。
そう思いつつ、セラフィーナの様子を自身のスキルで観察する。
彼女が習得している幻劫という“役割”には『幻覧会』というスキルがある。
これを用いれば、記憶した対象の魔力の動きを把握することが出来る。
カースティーはセラフィーナが無詠唱で、自身の周囲に自動反撃する風魔法を展開したことを把握した。
だがどうやらセラフィーナの頭上には、その魔法が展開されていないとカースティは判断する。
「お前は三塔だな?」
そう問うことでカースティは隙を誘う。
「ええそうね、あなたは――」
セラフィーナの言葉を最後まで聞くこと無く、カースティは動作の起こりを消して一足で標的の頭上四メートル程のところに移動する。
そのまま幻淵という“役割”のスキル『幻延置』で空中に足場を作ってそれを蹴る。
カースティはセラフィーナの真上の頭上から、瞬く間に彼女の傍らに移動し首を落とした。
セラフィーナの身体からは血が噴き上がり、同時にセラフィーナを覆っていた防御用の魔法が霧散する。
だが、カースティは反射的に皮膚感覚でイヤなものを感じた。
そして自身の勘によって大きく距離を取るように動いたところ、カースティが立っていたところに水球が現れる。
【水壁】による攻撃だったが、それが数回カースティの立ち位置を狙って放たれた。
その全てを勘や、『幻覧会』で認識した魔力の動きで反応してカースティは避ける。
「……お前は人間なのか?」
カースティーが問うとセラフィーナは内在魔力の操作で首を動かし、元の部位に移動させ魔法で回復し起き上がってしまった。
「中々哲学的な質問と思うけれど、わたしは嫌いじゃないわね」
そう言ってのけたセラフィーナは薄く笑っている。
会話が成立したということは、たとえ相手が並列思考が可能としても、その分の集中力は使っている。
ゆえにカースティは動き出しを消して剣を振るう。
彼女は蒼舌斬という技を連撃で繰り出して移動する。
剣に込めた水属性魔力の刃を飛ばす、蒼蜴流のワザだ。
セラフィーナが展開した自動反撃の魔法が発動するも、カースティの飛ぶ斬撃を二つほど巻き込んで霧散し、三撃目以降がセラフィーナに迫る。
それをセラフィーナは【水の盾】の無詠唱による発動で防ぐ。
だが直ぐにカースティは立ち位置を変え、水属性魔力の斬撃が飛んでくる。
【水の盾】の位置を調整しながらセラフィーナは反撃の魔法を放つ。
当初の【水壁】を避けられ続けていることで魔力の発動が読まれている可能性に気づき、セラフィーナは【氷結弾】の無詠唱連続発動に切り替える。
そしてカースティとセラフィーナの二人は、中央広場に臨む屋上で単純な中距離攻撃の撃ち合いに移行した。
「なかなか器用なお嬢さんね。まるで私たち、雪合戦をしているみたいじゃないかしら?」
カースティへの挑発などではなく、どこか他人事のような口調でセラフィーナが言い放った直後に、彼女の足元に漆黒の刃が生えた。
「え……?」
無数に生えた闇属性魔力の刃は狙ったようにセラフィーナの足に切れ目を入れる。
自分に何が起きたのか理解できないまま、セラフィーナは気配に気づいて視線を向けると、嫣然と嗤いながら漆黒の大鎌を自分に振るうノーラの姿があった。
そしてセラフィーナが認識できたのはそこまでだった。
ノーラは刈葦流の揺斬撃を連撃で放った。
大鎌に闇属性魔力を纏わせて切断力を高めた斬撃だったが、初撃でセラフィーナの頭部を二つに割り、そのまま刃は止まらず超高速で動き続けた。
「ごめんなさいね~、ちょっと割り込んだわ~」
大鎌の漆黒の乱撃が突如収まると、ノーラはそう言いながらカースティに笑顔を向ける。
「……あなたはまさか『朱黒の大淫婦』?」
「こんにちは『暗殺令嬢』ちゃん~。ワタクシはノーラって呼んでね~」
「あ、はい……、ノーラさん。こんにちは……。ルーモンでお見かけしたことはありましたが、ご挨拶が遅れてすみません。私もカースティとお呼びください」
自分が先ほどまで女の三塔と戦闘を行っていたことも脇に置いて、カースティは格上の冒険者であるノーラへの挨拶に意識を割いた。
「宜しくねカースティちゃん。それより横から乱入してごめんなさいね~?」
それでもノーラの言葉でカースティは我に返る。
ノーラの後ろには彼女の大鎌の連撃を食らったはずのセラフィーナが、気配もなく立ち尽くしているからだ。
「ええと、その女は仕留めたんですよね?」
カースティの見立てでは、二呼吸のあいだに十三回ほど刃が通ったはずなのだが。
「この肉体のことならもう動かないと思うわ~。いま魔力を抜くわね~」
「動かない、ですか?」
カースティが当惑しているとノーラが魔力操作を行い、切断面に展開していた闇属性魔力をセラフィーナだったものから抜き取った。
すると大量の血液と共にその場にマネキンのように肉体が転がる。
ノーラは闇属性魔力で形成していた大鎌の刃を消してただの杖術用の杖に変え、自身の武器を【収納】に仕舞い込んだ。
「ちょっと確認して頂戴なカースティちゃん~。筋肉や脂肪は人間の身体みたいだけれど胃腸が無くて、脳とか心臓なんかに魔石が埋め込まれてるみたいなの」
「え?! どういうことですか?!」
カースティも自身の片手剣を鞘に納め、ノーラの言葉を確認すべく鑑定の魔法を使う。
「“自律型特殊ゴーレム”って……、何ですかこれ……?」
「たぶん禁術の類いで作った超高性能のゴーレムね~。斬った手ごたえは脳も身体も人間のものだけれど、どうやって用意したのかしらね……」
「クッ……。それじゃあ本人は?」
カースティの問いにノーラは首を横に振る。
「分からないわ~。逃げたかも知れないし、別の場所で活動しているのかも。ゴーレムの手入れがあったでしょうから、王都には来ていると思うわ~」
「そうですか……」
カースティはそう告げた後に、足元の中央広場が相変わらず騒がしいことに気づく。
「まさかあの『骨ゴーレム』は、こいつを倒しても止まらないんでしょうか?」
「そうみたいね~」
そう言ってノーラは中央広場を囲む建物の屋上を見やる。
すると何か所かでローブを着込んだ者たちと冒険者の戦闘が行われていた。
「中央広場が狙われるって目星を付けてたけれど、他の子たちの加勢に行きましょうか~?」
「あ、はい……。巨大な『骨ゴーレム』はどうしますー?」
「神官戦士団もいるし、衛兵さんたちもいるはずよ~。まずは冒険者同士で連携しましょう~」
「それもそうですねー」
そうして二人は自律型特殊ゴーレムから魔石を抜き取って洗浄し、それを【収納】に仕舞ってから移動を始めた。
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