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02.どこか技術論的な論理


 学院の実習棟地下にある第三禁書庫をマーヴィンとローガンが調べている。


 その過程で『人間を神に造り替えるという趣旨の本』をローガンが見つけてしまった。


 しかもマーヴィンによれば、ローガンが見つけた辺りから何冊も同じテーマの本が書棚の単位で納められているという。


 それでも彼らが動揺することが無かったのは、二人ともそれらの試みが成功していないことを知っているからだ。


「先人を悪く言うつもりは無いですけど、よくもまあこんなに試したものですね」


「はい。チャンドラー先生は文化史がご専門ですし、現在に至るまでの経緯もご存じではありませんか?」


「そうですね。一言でいえば『神を知らないのに神にはなれない』という言葉につきるんですよ」


 ローガンが引用したのは数百年ほど前の魔法学の大家(たいか)の言葉だったが、さらに言えば設計図も知らないのに人間を神に出来るはずはないという主張だった。


「ええ。有名な言葉ですね。その後も学問的には紆余曲折があったようですが、表向きには神学の範疇に議論が移ったのだったでしょうか?」


「さすがマーヴィン先生、よくご存じで」


「いえ、私もこの話は概要しか知りません」


 マーヴィンが笑みを浮かべると、ローガンは自身に気を使われたように感じて細く息を吐く。


「マーヴィン先生は理論魔法学がご専門ですし、神々の作品であるこの世界のことを考えずにはいられないですよね?」


「それは同意します。本当にこの世界は奇跡的に良く出来ている。調べれば調べるほど、神の御業(みわざ)を感じますよ」


 彼の言葉に満足そうな表情を浮かべてローガンが説明する。


「『人を神にする』という話は神学の方に議論が移り、時代を経て本当に膨大な議論がありました」


 そう言ってローガンは、目の前に並ぶ禁書の棚に視線を走らせる。


「けれど一言でいえば『人は神の作品だから、その部分を磨けば神に至る』という話にまとまっています」


「それは宗教的でありながら、どこか技術論的な論理ですね。私は美しいと思います」


「そうですね。じっさい、この結論を得てから神術の技術的な研究が大いに発展したようです。興味がお有りでしたら、国教会に相談されるのをお勧めします」


 ローガンの笑みに頷きつつ、マーヴィンは自身の研究テーマについてしばし思いを巡らせていた。


 だが直ぐに気を取り直して告げる。


「非常に示唆に富むお話に感謝しますチャンドラー先生。ですが先ず、今日の所は王宮からの調査依頼に対処いたしましょう」


「そうですね。この辺りで使い魔を呼びましょうか」


 彼の提案に頷いて、マーヴィンはサイトハウンドのアンバーを呼び出した。


 一方ローガンはオニキスと名付けたドーベルマンを呼び出し、彼らは使い魔たちと共に禁書庫の探索に本腰を入れた。




 夕食の時間になり、あたしはいつものように姉さん達と一緒に食事をする。


 その時に周囲を防音にして、あたしとキャリルはアルラ姉さんとロレッタ様にリー先生たちとの話を説明した。


 闇ギルドと『赤の深淵(アビッソロッソ)』の抗争を視野に入れること。


 学生の安全確保を最優先すること。


 そのために学院外への外出禁止とし、王宮に学院の警護の増員を要請すること。


 そういった話をした事を説明した。


「――なんでも過去にはハグレのワイバーンが来た時に、似たような対応を取ったみたいなの」


 あたしの説明に姉さんとロレッタ様は頷く。


「そうね。私も先輩から聞いたことはあるわ。結局その時は王都に辿り着く前に高位冒険者たちが、競争するように討伐したって聞いているけれど」


「それはわたくしも興味がありますが、今回は裏社会と秘密組織の抗争なのですよね」


 ロレッタ様の言葉に、珍しくキャリルが苦笑いを浮かべる。


 魔獣と違って、すでに王都の中に両方の勢力が入り込んでしまっている。


 状況によっては対処が後手に回ってしまいかねないから、悩ましいとは思う。


「抗争よりも、ウィンとキャリルの話では禁術の実践の話の方が問題に感じるわね」


 アルラ姉さんがカトラリーをテーブルに置いて眉間を押さえる。


「あたしとしては両方問題に感じるかしら。特にディアーナの情報からは、生贄の人数が一人じゃあ無いみたいなのよね」


「さすがに禁術の実践は衛兵が踏み込むと思うわよ?」


 ロレッタ様はそう言うけれど、場所の特定はできるんだろうか。


 それを訊いてみると、広域偵察魔法の【巻層の眼(アイオブザクラウド)】と【魔力検知(ディテクトマジック)】を組合わせて行うのだそうだ。


「どちらかといえば一般的な魔法の使い方というよりは、軍用の魔法の使い方かしらね」


「「ふーん」」」


 あたしと姉さんは初めて聞いたけれど、キャリルはロレッタ様の話に頷いている。


 キャリルとロレッタ様はティルグレース伯爵家の領兵の運用という視点で、シンディ様などから色々と教わっているのかも知れないな。


「とはいうものの、外部からの魔力探知は最初に警戒するかも知れないわ。場合によっては魔法的に隠れる方法を何か使うかも知れないわね」


 アルラ姉さんがそう言ってため息をつくけれど、あたしはその指摘がどうにも当たる予感がしてしまった。


 その場合は普通の方法では禁術の実施場所を特定できなくて、『魔神騒乱』のときのように神々からの情報を貰って巫女や(かんなぎ)が動くことになるんだろうか。


「いちおう覚悟だけはしようかしら……」


 思わずそう漏らして重く息を吐くと、キャリルに不思議そうな視線を向けられた。


「ウィンがもしも面倒ごとに巻き込まれるなら、わたくしが全力で手伝いますわ!」


「キャリル、本当にありがたいけれど、あたしにはあなたの安全の方が大切よ?」


「ですがウィン、禁術が行われるとその内容によっては、避難していてもただでは済まないのではないですか?」


「そうなんだけど、それでも……、まあその時考えますか」


 あたしとキャリルのやり取りを不思議そうに姉さんとロレッタ様が見ていた。


 二人はあたし達に『衛兵の仕事を取ってはいけない (意訳)』ということを言い聞かせてくれた。


 あたしもラクをしたいのでそうしたいです、うん。




 夕食後は自室に戻っていつものように宿題をやっつける。


 そのあと共用の給湯室を使ってコーヒーを淹れて一息つき、何となくスウィッシュを呼び出してお喋りをする。


「ねえスウィッシュ、何だか『赤の深淵』と闇ギルドのせいで外出禁止になるみたいじゃない?」


「うん、リー先生はそう言っていたね」


 記憶を共用しているから話が早いよね。


 こういうときは使い魔って便利だなと思う。


「それでね、学院の生徒が不満をこじらせてヘンな方向にうっぷんを向けないか心配なんだけれど、どう思うかしら?」


「どうかなあ、分からないけれど基本はそこまでおバカな子は学院には居ないと思うけれどね」


「そうなんだけど、何ていうか頭はいいのかも知れないけれど、変人の人とかいるじゃない?」


 そう言ったあたしの脳裏にはウェスリーの怪しい笑顔が浮かんだ。


 その上で彼を囲んで、タヴァン先生とエイダン先生が楽しそうに掛け合いをしながら謎の永久機関をまわしている光景が浮かんでしまった。


「確かにね。『骨ゴーレム』とかが出てきた日には、『性能試験』とか言って特殊な魔道具を全部試そうとする集団とか心配だよね」


 あたしはその指摘に思わず額を抑える。


 なんてことを思い出させるんだこの使い魔は。


「た、確かに魔道具研究会は顧問のマーゴット先生が、そもそも色んな意味で振り切れているから不安しか無いわよね」


 でもマーゴット先生自体は、魔法の腕前はその辺の達人を軽く突破しているんじゃないだろうか。


 本当に困ったら何とかしてくれるような気もするのだけれど。


 スウィッシュにそれを指摘すると、「それはそれ」とか言われた。


「あの先生の場合、こっそり弱体化した骨ゴーレムを動く標的扱いにして性能試験を始めてもぼくは驚かないよ?」


 あ、うん、あたしも同感かな。


「さすがスウィッシュ、あたしの使い魔だけあって同じようなことを考えるのね」


「まあね。でもぼくの場合は、きみが無意識に目に留めて簡単には思いださないような情報なんかも、掘り出して判断できるからね?」


 そうか、スウィッシュの言動は妙にこの現代に対して、鋭い意見を含んでいるように感じることがある。


 その情報元がどこなのかは何となく不思議だったのだけれど、あたしの無意識の認識情報を整理してくれていたのか。


「やるじゃないスウィッシュ」


「まあね、ウィンの使い魔だからね。きみがラクをできるようにぼくは頑張るよ」


 なんてできた使い魔だろうかと、ちょっと感動する。


 あたしの記憶を共有している以上、そのラクさの基準も邪道には向かっていないはずだ。


「頼りにしてるわよ」


「まーかせて」


 そう言ってスウィッシュは部屋の中を飛び回ってみせた。


 少し休んだ後にあたしは日課のトレーニングを行い、それが終わった後はスウィッシュと非公認サークルの話をした。


 そのあとは眠気を感じたところでスウィッシュを引っ込めて寝た。





お読みいただきありがとうございます。




おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、


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