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12.完成形を上限とするもの


 クレールとしてはこんな日が来るとは想像していなかった。


 ルーチョに貧民街で拾われ、料理番候補と言われて仕事をしてきた。


 知り合いも増えてこんな日々がずっと続くと考えていた。


 だが何者かの襲撃があり、魔道具を渡されて作動させたら貧民街に戻っていた。


 そこからはあっという間に共和国に行くことが決まってしまっていた。


 是非もなくただ目の間にある別れに、クレールは心を乱されている。


「ゼヴ……。でも、突然なんだし……」


「数千年を生きる巨木さえ、突然の雷撃で失われることはあるのよクレール。人の別れなど川辺で流れゆく流木を見るようなものなの」


「セラ……」


「でも安心なさい、あなたは秘神さまたちのご意向で、わたしの家で使用人として働いてもらうわ」


「それは私はやっぱり納得いきませんが、秘神さまたちが仰った以上そうすべきです――」


 穏やかにそう告げたルーチョにクレールが抱き着くが、頭を撫でながら諭すように言葉を続ける。


「なのでクレール・タヴォリーニ。やっぱりあなたは至上の死を賜るために、一瞬一瞬を懸命に生きなさい」


「ありがとうだし…………」


 その後伝令役とクレールは、準備できた魔道具を装着して拠点を離れた。


 クレールは幾度か拠点を名残惜しそうに振り返っていたが、伝令役に促されて前を向いて歩き始めた。


 二人を見送った後、三塔たちは貧民街の長老のダーノックと今後のことを話していた。


 今回計画している禁術の儀式のあとに『赤の深淵』は一度王都を離れるが、再度来るときはまた協力することをダーノックは約束していた。


「――お主らのお陰でこの街から脱した者が何人もいる。その点は感謝しておるし、あらゆる峻厳(しゅんげん)さを秘めた『この世は死しかない』というお主らの言葉も、今なら理解できる」


 ダーノックは禁術の実践までは同意できなかったが、それでも三塔たちの哲学のようなものには共感できる自分に驚いていた。


 何らかの魔法による意識操作の可能性も疑ったが、手持ちのあらゆる手段で確認してもその痕跡は掴めなかった。


 そしてダーノックは自身が禁術を畏怖や忌避しつつも、彼らが告げる死というものの前に(ひざまず)いている自分に気づいてしまっていた。


「ええ、ええ、そう言って頂けると光栄です」


 ルーチョはそう言って妖しい笑みを浮かべていた。




 あたしは附属研究所新館の『第三多目的実験室』で鉱物スライムの仕分けを手伝っていたのだけれど、作業をしていたらあっという間に夕方になってしまった。


 【鑑定(アプレイザル)】を使って元気な鉱物スライムとそうでないものを分けるだけなのだけれど、手を動かしながらお喋りをしたらあっという間だった。


 その間にはタヴァン先生とエイダン先生のナゾの掛け合いを数回目の当たりにしたけれど、途中からは特に衝撃を受けることも無くなった。


 エイダン先生はオーバーリアクション気味にタヴァン先生のダジャレ (?)に反応していたけれど、弟としてお兄さんを慕っていることだけは言動で理解できたので。


 でもリアクション芸みたいな掛け合いは正直どうかと思いました、うん。


「――さて、そろそろいい時間です。本日の仕分け作業はここまでにしましょう」


『はい』


 タヴァン先生が時計の魔道具を見て作業の終了を告げ、あたしとクラウディアは片づけを手伝ってから引き上げることにした。


「今後ですが、今週で鉱物スライムの仕分けは終わりなんですよね? これからは飼育方法の研究に移るんですか?」


「はい、その通りです。とはいうものの、もうすでにパーシー先生が主体になってディナ先生と飼育条件の検討に入って下さっています」


 あたしの問いで思わぬ話を聞いてしまった。


 パーシー先生は魔獣に詳しいから協力するのは分かるけれど、ディナ先生は興味があるからという話だったろうか。


「飼育条件の検討に、数学的な知見を活かせないかという視点で協力して下さっています。ディナ先生は数学の中でも確率や統計が本来は専門とのことで、張り切っていますね」


 何でもタヴァン先生はデータ収集や取りまとめを手伝おうとしたそうだ。


 ところがディナ先生は、鉱物スライムが患者の身体の中でどんなことを行っているのかをもっと調べるべきだと主張したらしい。


「飼育条件の検討はパーシー先生と自分に任せてくださいと、かなり気合を込めて言われたんですよ」


『ふーん』


 ああ、それは何となく研究そのもの以外にも理由がある気がする。


 それでもあたしが指摘することでも無いよね。


「確かに鉱物スライムが患者さんたちの身体の中で効果を及ぼす『機序(きじょ)」は、『机上(きじょう)の空論』であってはいけません。『機序』だけにッ!!」


「す……」


 タヴァン先生がツヤツヤした表情を浮かべるところに、エイダン先生がタメを作ってから叫ぶ。


「スゴイよ兄さんその通りだッ!! 確かにどこまで調べても、調べ過ぎということは無いよね!! パーシー先生とディナ先生も素晴らしいッ!! 二人もエクセレントッ!!」


 エイダン先生も何やらタヴァン先生の言葉に反応してキラキラした笑顔を浮かべ、オーバーリアクションでここに居ない誰かにアピールするように両手を広げていた。


 二人の様子を見てあたしとクラウディアと高等部の先生は、生暖かい視線を向けつつ引き上げる準備を始めた。




 その後、あたしとクラウディアは先生たちよりも先に実験室を離れた。


 帰り際に聞いた話では、今後は定期的に学院やブライアーズ学園で伝統医療の特別講義を開くらしい。


 学生向けの告知は管理棟の掲示板や、回復魔法研究会に連絡を入れるそうだ。


「他の生徒も誘って、二人ともいつでも特別講義に来てください」


「「ありがとうございます」」


 あたし達はお礼を言ってから附属研究所を後にした。


 もう寮に戻る時間なので、クラウディアとお喋りしながら構内を移動する。


 ふと気が付いてあたしは【状態(ステータス)】の値を確認すると、また微妙に知恵の値が増えていた。


「うーん、値が増えたのは嬉しいけれど、賢くなったってワケでも無い気がするのよね」


「どうしたんだいウィン?」


「あ、いえ。大したことじゃあ無いんです。今回も鉱物スライムの仕分けを手伝って、ステータスの知恵の値が伸びたんですけど、賢くなった気がしないっていうか」


「ハハハ、贅沢だなウィンは。でも気持ちは分かるよ。きみはステータス値に関する説は知っているかい?」


 はて、説とな?


 いきなりそんなことを言われても、あたしはステータスに関してはずっと母さんに教わらずに成長して来たんですよ。


 そのことをクラウディアに言うと笑われてしまった。


「ああ、それはウィンのお母さんの判断も(いさぎよ)いよね」


「どうなんですかね? それより“説”ってどういう話ですか? ステータスの値の話なんですよね?」


「どういう説だと思う?」


 あたしがノーヒントはキツイというと、『値が指すもの』という言葉が帰ってきた。


 値が指しているのは、それぞれの項目の多い少ないとか大小の情報だ。


 そんなことは誰でも分かる。


 でもこの話でクラウディアは、あたしが『賢くなった気がしない』と言ったことでその“説”とやらを持ち出した。


「ステータス値と効果の話ですか?」


「そうだね、もう一声ないかい? 例えばその数字って、どこから来てるんだろうね」


 そんなことを言われても、国教会の説ではステータスの情報は地神さまと水神さまが管理しているのでは無かったか。


 いや、それは魂に紐づく情報としてのステータス値だったとしても、その値って全ての人で同じ尺度で割り振られるんだろうか。




「もしかして、ステータスのそれぞれの(あたい)って、絶対値か相対値か分からないって話ですか?」


「そうだね、それが正解でいいと思う」


 え、待って欲しい。


「それだと色んな評価が曖昧になりませんか?!」


「うん。だから議論になったんだけれど、いまの魔法医学の世界ではステータスの値は相対値だっていう説が有力なんだ」


 クラウディアの説明では、全ての人の魂には『完成形』とでもいうべきスペックがある。


 神々が定めたステータスの値はこの完成形を上限とするもので、そこに至るまでの現在の状態の数値が示されている。


「これは色んな実験で確かめられた説らしい。検証に使ったステータスの伸びと、それに関連付くスキルの習熟度の均一化が、いまでも問題になってるみたいだ」


 そんな細かいことを良く思いつくよね。


 研究者ってすごいなと思う。


 けれどあたしもいちおう薬草について、今後地球にあった形で薬にすることはできないかと考えている。


 だから筋道立てて考えること自体は、習慣にしておいた方がいいとは思うけれども。


「でもひと言でいえば、メンドクサイですね」


 あたしの言葉にクラウディアは細く息を吐く。


「まあね。でもウィン、想像して欲しい。きみの『耐久』の値が百だったとして、食堂のオバちゃんの『耐久』も百だったとする。これは本当に同じだと思うかい?」


 それは――


「確かめてみないと分かりません」


「うん。それで一応いま確かめられている話では、百という値は本人の成人の平均値だと言われるんだ。ウィンの場合でいえば、ウィンが何もせずに大人になったときの値が百ということだってさ」


「そう聞くと他の人と比べにくく感じますけど……、でもよく考えれば身体のスペックは種族の中では似たような感じになりますよね――」


 あたしとクラウディアはそんな話をしながら、夕方の学院構内を歩いた。


 寮の玄関に着いたときにふと気づいたことがあった。


「そういえば、魂の『完成形』の上限って、突破されたりすることは無いんですか? 限界を超えてしまうというか」


 あたしの問いにクラウディアは困った様な表情を浮かべる。


 何かヘンなことを訊いてしまったんだろうか。


「それは医学界では結論が出ていなくてね。仕方なく王立国教会の説を採用してるみたいなんだ。大っぴらに『仕方なく』とは言えないみたいだけれどね」


 そう言ってクラウディアは苦笑する。


「また何か“説”が出てくるんですか?!」


「ああ、むずかしい話じゃ無いんだ。国教会によれば、魂の『完成形』を超えた人間は『超人』って呼ぶらしいよ」


 あたしは彼女の言葉に妙に納得してしまったけれど、この答えは神託で得られたものだという予感がした。


 その後クラウディアとは玄関で別れ、あたしは自分の部屋に戻った。





お読みいただきありがとうございます。




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