11.敵視する神々が
鉱物スライムの仕分けを手伝いに来たのは、この前は先々週のことだったか。
あの時点ではいちおう今週末が仕分けの一区切りという話だったけれど、その後順調だったんだろうか。
ダンジョンに行ったり、使い魔の特別講義とかあたしが冒険者に尾行された件とかがあったけれど、仕分けの手伝いは行ってなかったんだよな。
それとなくクラウディアに訊いてみると、今週中には仕分けは完了する予定とのことだった。
「クラウディア先輩は手伝いに行ってたんですか?」
「うん、時間がある時は顔を出していたよ。意外とステータスの値の上昇がバカに出来なくてね」
確かに知恵のステータス値が上昇するんだよな。
あたしとしては知恵の値が上昇しても頭が良くなったと思えないので、、そういう意味では微妙なんですが。
でも前に鉱物スライムの仕分けを手伝ったら、突然キャリルと二人で【風壁】を覚えたことがあった。
だからたぶん、知恵は魔法の習得に関連する値で、習得に関連するということは魔法の発動の効率とかに関わったりするんだろう。
魔法学基礎ではまだその辺りは習っていないけれども
クラウディアと話しながら構内を移動すると附属研究所に辿り着く。
受付でタヴァン先生を訪ねて来たことを伝えると確認してくれて、前回同様に新館の『第三多目的実験室』に案内してくれた。
職員の人にお礼を言って、あたしとクラウディアはノックして部屋の中に入る。
『こんにちはー』
『こんにちは』
部屋の中にはタヴァン先生の他に高等部の先生と、エイダン先生の姿があった。
挨拶をした後、タヴァン先生がクラウディアにエイダン先生を紹介する。
「クラウディアさんは私の弟には会ったことはありませんね?」
「はい。以前おっしゃっていた双子の弟さんですね?」
そのやり取りであたしは、クラウディアがエイダン先生と初対面なのを知る。
エイダン先生は今日はどうしたんだろう、学院に用があったんだろうか。
「初めまして、エイダン・ストレイカーといいます。兄から聞いているようですが、ブライアーズ学園の附属病院で外科の医師をしています。」
「初めまして、エイダン先生。私はクラウディア・ウォーカーです。魔法科高等部二年で、魔法医学を勉強しています。よろしくお願いします」
互いに自己紹介をした後、エイダン先生はクラウディアに何科を志望しているのかを質問した。
「じつはまだ、“志望”を“絞り”切れてないんです」
あたしと高等部の先生は彼女のその言葉に反応して、思わずタヴァン先生に視線を向けて息を呑む。
だってほら、ねえ。
するとタヴァン先生は笑顔で一つ頷く。
「そうですね、悩んでいるのは真剣に考えている証拠でしょう。それはつまり『志望』を『絞』るということは、患者さんの『死亡』について真剣に考えるということです。『志望』だけにッ!」
タヴァン先生がそう言ってツヤツヤした表情を浮かべる。
ああ、また何か言い始めた。
「す…………」
あたしと高等部の先生が生暖かい視線を向けたとたん、想定していなかった事が起きる。
「スゴイよ兄さんその通りだッ!! それだけ真剣に考えるのは、医療に対して誠実だということだよねッ!! クラウディアさんも素晴らしいッ!! 二人ともマーヴェラスだッ!!」
そう言ってエイダン先生はキラキラした笑顔を浮かべて、オーバージェスチャーであさっての方向にアピールしてみせた。
「リアクション芸……?」
あたしが思わず、頭に思い浮かべた言葉をこぼしてしまったのは許して欲しい。
そして双子ってすごいなって、その場にいたあたしは思いました。
皮肉とかでも何でもなくて、他に言いようがなかったんですよ、うん。
エイダン先生が何ごともなかったように表情を整えると、不思議そうな顔をしてあたしの方を見た。
「ウィンさんももしかして魔法医学を学んでいるのですか?」
そうか、あたしのイメージはレノックス様とダンジョンに行くような学生というところで止まっているのか。
あたしは思考を再起動させてエイダン先生に応じる。
「…………あ、ええと、そうですね。医学はまだ初等部なので授業が無いです。でもタヴァン先生には以前お伝えしたんですが、あたしは伝統医療に興味があるんですよ」
「あ、そうなんですね?」
「はい。といっても、薬草を使った治療で、魔法医療で治せない患者さんとかを治せないかなって思ってるんですけれどね」
「え…………」
なんかまた一瞬のタメに入ったぞ。
「エクセレントッ!! 初等部の学生が伝統医療に興味を持ち、その視点が薬草による治療の応用とはッ!!」
「あ、はい。ありがとうございます?」
「そうなんだタヴァン。彼女は初等部の身で『薬草』に関心を持って学ぶことで『飛躍しそう』だと『約束』されているだろうッ。『薬草』だけにッ!!」
タヴァン先生がそう言い放ってツヤツヤした表情を浮かべる。
すると間髪入れずにエイダン先生が叫ぶ。
「スゴイよ兄さんその通りだッ!! マーベラスッ!」
「永久機関……?」
あたしの呟きは誰にも反応されなかったです。
置き去り感を覚えながらその場に立ち尽くしていたけれど、タヴァン先生とエイダン先生は何ごとも無かったかのように話を続けた。
先生たちによればそれぞれの学校で鉱物スライムの仕分けが終わりそうなので、今後の研究の手順を相談しておこうという話になったそうだ。
ただそれも従来の方針の確認になったそうで、早くに終わったからエイダン先生が仕分けを手伝いに来たという。
「じつはブライアーズ学園では、魔法科の生徒たちが何人も鉱物スライムの仕分けに協力してくれているんだ。ステータス値の知恵の伸びがいいということが分かってね」
『ふーん』
なので今日の所は監督の先生を一人置いて、あとはその先生と学生に任せてエイダン先生は打合せに来たとのことだった。
その後あたしとクラウディアは仕分け作業に加わって、お喋りしながら【鑑定】で鉱物スライムが元気かどうかを調べて選り分けた。
王都ディンルークの貧民街にある『赤の深淵』の拠点では、構成員たちが慌ただしく準備を進めていた。
放棄された商家の倉庫だが、内部は補強されて広い作業スペースが確保されている。
闇ギルドからの襲撃を受けて、彼らが計画していたことを前倒しに行う必要があると判断した。
幹部である三塔の面々の決定ではあるが、彼らは秘神たちに相談した結果、拠点を放棄して王都に分散して活動することにした。
彼らが潜伏に使っていた禁術『閉じた魔法自我』が露見したことは、秘神オラシフォンによって指摘されている。
このため潜伏には何らかの代替案が必要だったが、オラシフォンによって個人を特定する魔力波長を誤魔化す魔道具の回路が授けられた。
急きょその回路情報を使って魔道具を揃えることになり、彼らの拠点は騒がしくなっていた。
それを横目に倉庫の端で、三塔であるルーチョ達三人と旅装をした獣人とクレール、そして貧民街の長老であるダーノックの姿があった。
「それでは、『閉じた魔法自我』がバレたこととその代案を、急ぎ本部に伝えてくださいね。やっぱりこればかりは誰かが行かねばなりませんから」
「分かりました、ご心配なくルーチョ様」
伝令役を任せた獣人の青年にルーチョが頷くと、不安そうな顔を彼に向けているクレールに視線を向ける。
伝令役同様にクレールも旅装を身に纏っている。
「ルー、また会えるんだし……?」
「さて、それはやっぱり分かりません。今回は秘神さまたちを敵視する神々が本腰を入れてくるでしょう。私も死を賜ることもあり得ます」
「そういう意味では、この三人ではセラフィーナ以外はどうなるか分からん。だがそれも運命だ」
ルーチョの言葉を補足するような言葉とともにゼヴェロが笑った。
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