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07.皮膚感覚で重荷に感じ


「合図を出されたぞ?!」


「早く仕留めろ!!」


 路地に控えていた闇ギルドの者たちもなだれ込み、相変わらず維持されている高密度の【風壁(ウインドウォール)】に魔力を込めた攻撃を加え始める。


 この様子ではあと数十秒で【風壁】が破壊されるだろうか。


 リス獣人が合図を出した直後から、拠点内部から彼の仲間たちの魔力がどんどん消えていく。


 転移の魔道具で逃げ始めたのだろうが、置き去りに出来ない荷物は持ち出さなければいけない。


「時間稼ぎさせて頂きます」


 ああ、今回は自分は死を賜れるかもしれない。


 リス獣人の男はその想いが浮かび、狂気を含む恍惚とした表情を浮かべ祭句を唱える。


『我は汝、悪魔キメジェスを呼び起こさんとす。魂の根源の威力を以て、我は汝に命ず。至高の造物主の御業を称え、その威力によって瞬きの間我が身に宿れ。在りし者よ、その玉座よ、全ての基礎たるものよ、まさに在れ!』


 その身から風と火と水属性魔力を周囲に一瞬放出すると、リス獣人の内在魔力に地属性魔力が膨れ上がり、右手の甲に集束して紋様を浮かび上がらせた。


「ふぅ~~~」


 悪魔の力が宿ったことで、自らに湧き上がる破壊衝動が目の前の襲撃者に向かうのに喜びを覚えつつ、リス獣人は【風壁】が破られるのに合わせて動き出す。


 リス獣人は体術を幹部の三塔(さんとう)の一人であるゼヴェロに仕込まれている。


 地球でいうボクシングのようなスタイル――正面向き(スクエアスタンス)の構えで最も左側に居る襲撃者に接敵する。


 そして相手のボディに、分厚い魔力が込められた重いストレートを叩き込む。


 肉を打つ大きく鈍い音がするが、瞬間的な魔力集中による防御も貫いて相手の内臓を破裂させる。


 襲撃者が崩れ行くのを確かめずに自分に迫る襲撃者たちをサイドステップで避けつつ、悪魔の力を宿したことで湧き上がる魔力を叩きつけて二人目の肋骨を粉砕する。


 さらに襲撃者の三人目は下あごを破壊し、四人目も内臓破裂を起こした。


 彼への単純な物理攻撃は効果が無いこともあり、闇ギルドの手勢に数十秒ほどで重症者が積み上がる。


 だが気配を消していたシカ獣人の手練れが一人、死角に現れながら攻撃を繰り出す。


 シカ獣人はリス獣人の背を、右手の五指で引っ掻くように撫でた。


「ぎゃあああああああああ」


 繰り出されたのは、風漸流ヴェントトルトゥオーソ風路克(ふうろこく)という技だ。


 指先に風の振動波を込めて打撃を行う技だが、打撃でありながら衝突面はちぎれて切断される。


 立ったまま背部を物理的に挽き肉状にされたのが効いたのか、リス獣人からは悪魔の力が抜けた。


 棒立ちになったのを好機と判断した闇ギルドの者たちは、一斉にリス獣人を剣で突き刺して絶命させた。


 まさに息絶える刹那、リス獣人の表情には安らぎに満ちた笑顔があった。


 その笑顔に毒づきながら闇ギルドの者たちはリス獣人から剣を抜き、負傷した仲間の手当てを始める。


「やれやれ、逃げられちゃったじゃねえの。だーから作戦をちゃんと立てようぜって言ったのに……」


 そう言って首を横に振るのは、リス獣人の背に風漸流のワザを叩き込んだシカ獣人のオットーだった。


 秘密組織赤の深淵(アビッソロッソ)の拠点の建物からは、すでに人の気配が消えてしまっていた。


「クレイグのおっさんにどうやって説明するかねえ。――まあ、なんか残ってねえか探してみるか」


 クレイグというのは傭兵団『霧鉛兵団(むえんへいだん)』の団長のことだったが、今回はオットーは客分だ。


 責められることは無いが『赤の深淵』の連中を逃がしてしまった事のリスクを、共和国の民としての皮膚感覚で重荷に感じていた。


 リス獣人に邪魔されたとはいえ、気配を消して侵入することも出来た。


 だが連携相手が居なかったためオットーは内部で囲まれて反撃されることを恐れ、無理せずリス獣人を崩した。


 その結果、他の逃亡を許すことに繋がっている。


 彼はそこまで思考を巡らせてから嘆息し、周辺の気配を改めて確認して警戒する。


 やがてオットーは、周囲に横たわっていた闇ギルドの手勢の重症者たちが魔法で回復したのを確認してから、拠点内部に入り込んで家探しを始めた。




 デイブから連絡を受けたとき、あたしは自分たちの教室で魔法学基礎の授業を受けていた。


 今日の担当は回復魔法研究会顧問のアミラ先生だ。


 わざわざ魔法の授業をしている時に連絡してこなくてもいいのに、たぶん返事をしたら一瞬で先生にバレるぞ。


 アミラ先生は元宮廷医師の魔法の達人だし。


 そう思っていたらデイブが一方的に話を始めた。


「――返事が出来ねえならそのまま聞いてくれお嬢、ついさっき商業地区でカチコミがあった」


 デイブの口調は仕事モードの冷静で平板なものだし、あまり面白い内容じゃあ無いんだろう。


「どうやら闇ギルドの子飼いの連中が『赤の深淵(アビッソロッソ)』の件で動いたようだが、一人仕留めて他は逃がしたらしい」


 闇ギルドは『赤の深淵の』拠点を制圧しようとしたのだろうか。


 逃がしたというのは確かに不安要素だな。


「逃げたってどこに?」


 独り言を囁くようにあたしは応える。


「不明だが王都内だろうと分析している。いまロクランに仕切らせて月輪旅団(うち)のメンツで情報を集めてる。また分かったら情報を流す」


「うん」


 そこまででデイブとの連絡を終えた。


 でもやはりというか、視線を感じたので顔を上げるとアミラ先生はニコニコと笑顔を浮かべてあたしを見ていた。


「ウィンさん、立ちなさい。魔法学の授業中に魔法の練習をしようとするのは感心できそうだけど、お喋りする魔法は頂けないねえ」


「はい」


 あたしが返事をして立つと、クラスのみんなの視線を浴びる。


 あとで絶対いじられる気がするなコレ。


 でも不可抗力だったと一応説明しておくか。


「ついさっき商業地区で不穏な戦闘があったと、冒険者ギルドの知り合いから連絡がありました。授業を邪魔するつもりはありませんでした、すみません」


 デイブは相談役だしウソは言って無いぞ。


「やれやれ、生臭いね。ウソを言ってるわけじゃあ無さそうだし、お咎めなしとしようか」


 アミラ先生の言葉に思わずホッとした表情を浮かべてしまう。


 それを見て微笑みつつ、先生が告げる。


「ウィンさんに限らず他のみんなもそうだけれど、急ぎの連絡があったときは手を挙げて相談して頂戴な。そうすれば廊下で話すのを許可するよ」


『はい』


「よろしい、ウィンさん座っていいよ」


 アミラ先生に許されたので、あたしは返事をして席に座った。


「さて、ウィンさんへの連絡に使われたのは、魔力の流れからして【風のやまびこ(ウィンドエコー)】だね――」


 そう言ってアミラ先生はこの魔法がもともと、軍事利用されるために開発されたのだという説を教えてくれた。


 歴史的にずい分古くからある魔法らしく、いつしか生活の中で使われるようになったらしい。


「――それでだ、この魔法の歴史はそういう話だけれど、社会に広まったのは単純にいえば便利な魔法だったからだ。どの点が便利か分かるかい?」


 みんなは手を挙げ、アミラ先生の指名で応えていく。


「――そうだね。連絡を取れる魔法でも、建物の中にいても連絡が出来るからだ。この仕組みを説明できる人はいるかね?」


 さらにアミラ先生が問うと、プリシラが手を挙げた。


「風魔法は風を起こすのに向くだけではなく、振動の性質を持ちます。この振動は魔力の波が伝わることで起きます。風を伝えるだけなら壁で遮られると想定しますが、魔力の波が伝わるなら建物の中でも連絡が出来ると結論します」


「うん、いいね。魔法学基礎の内容では満点だ。基礎じゃあ無い方の魔法学に入ると、環境魔力の流れも含めた答えが求められるけれど、今はいいだろう」


 そう言ってからアミラ先生はあたし達を教壇から見渡す。


「ウィンさんが魔法で連絡を取っていたから、このやり取りが生まれた訳だけれど、私としては皆さんに普段からどんなことにも関心を持って欲しいと言いたいねえ」


 あたしとしては、さらにいじられる可能性が高まって気が気でないわけですよ。


 それでもアミラ先生の話は続いた。





お読みいただきありがとうございます。




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