06.酷薄そうなものを秘め
ソフィエンタに相談も出来たし、神域の彼女の部屋から現実に戻してもらった。
ビーフカレーを頂いてお腹が膨れた状態で帰ってきたけれど、寝る前の時間に頂いて背徳的な気分です。
今日はもう宿題も日課のトレーニングも終わっている。
もともとのんびり過ごしていたところに、ヒツジ事件で色々と連絡をしてくたびれてしまった。
だからカレーとラッシーは報酬だったと思うことにしよう、うん。
そう考えてあたしはその後は早めに寝た。
一夜明けて二月第三週四日目の風曜日になった。
いつものようにクラスに行き、みんなと挨拶をしてお喋りして過ごす。
それとなくレノックス様に視線を向けるけれど、彼は微笑んで首を横に振っていた。
たぶん新しい情報は無いんだろう。
程なくディナ先生が来て朝のホームルームが行われ、その後にあたしは実習班の班長であるキャリルがレポートを先生に提出するのに付き合った。
二人で教壇に行ってレポートを渡すと、ディナ先生が嬉しそうにあたし達に話しかける。
「そういえばウィンさんとキャリルさんが、フリズさんを狩猟部に紹介してくれたんですね。ありがとうございました」
「あ、はい。武術研と (狩猟部を)兼部してる先輩にも手伝ってもらったんですけどね」
「フリズ先輩は大丈夫そうですの?」
キャリルの問いにディナ先生はシャキーンと目を輝かせる。
「中々の逸材です。全くの初心者ということでは今年はサラさんにセンスを感じましたが、同じくらい今後が楽しみですね」
フリズが無事に狩猟部でやっていけそうなら一安心だな。
先生はその後キャリルも狩猟部に誘っていたけれど、彼女は今のところ弓術まで習う余裕がないと応えていた。
午前中の授業を受けてお昼になり、いつものように実習班のみんなでお喋りしながら昼食を食べる。
「ウチ勝手に共和国の人らが多いいって思っとったんやけど、結構フサルーナからのお客さんらが来てはったね」
サラが言っているのは『聖地案内人』の時の話だ。
そう告げるサラは、今日は珍しく白身魚のバターソテーを食べている。
魚料理とはいえバターでボリューム感が増しているし、焼き目がいい感じにつけられているうえにバターのフレーバーが口の中で魚のコクと旨みを引き出すメニューだ。
「観光目的で来て、信仰を深める感じなのかしら? 『魔神の巫女』 (のディアーナ)が喜びそうね」
あたしはそう応えつつバゲットサンドに挑んでいる。
相変わらずの運動部御用達サイズだけれど、今日はやや厚めのベーコンとチーズと葉物野菜だ。
大きさのわりに食べやすいけれど、チーズのコクとフレーバーがすべてを解決している感じがする。
「そういえばサラは前に、実家がフサルーナから商品を仕入れていると言っていましたね」
「サラはフサルーナ王国を訪ねたことがあるんですの?」
ジューンとキャリルが順にサラに声を掛けるけれど、今日は二人ともビュッフェで取ってきたマトンのサイコロステーキを食べている。
あたしも今日はガッツリ食べたかったから迷ったんだよなあれ。
「一回だけやけど、行ったことはあるよ。父ちゃんとおかんにくっついて、食器の買い付けに首都のクレリヴォンまで行ったんやったと思う」
「どんなところなの?」
あたしの言葉にサラは少し考える。
「そうやね――、共和国と似たり寄ったりな感じがしたわ」
『ふーん』
そう言えばあたしはまだ、王国の外には出たことは無いんだよな。
以前ニナから聞いた (ケバブやカリーやラーメンの)情報をもとに、共和国の首都ルーモンを訪ねることは決めている。
あるいはそれに相当するような強力な情報でも得られるのだろうか。
そんなことを考えつつあたしはニナに視線を向けた。
ニナは今日はクリームソースのスープパスタを食べているけれど、普通に暖かそうで美味しそうだ。
スープの中にチーズのフレーバーが感じられて、具材のベーコンやその日ごとの野菜と相まって食べやすいメニューだ。
「確かにそうじゃの。じゃが都市部の治安は、共和国よりかなり悪いのじゃ」
あたしの視線に気が付いてニナが苦笑しつつ告げる。
「都市部の治安?」
衛兵とかがしっかりしていないのだろうか。
「妾も聞いた話なのじゃ。フサルーナ王国は文化と芸術に優れるが、下位貴族の爵位売買や裏社会での人身売買が横行する、爛熟した国かの」
「まだ人身売買など行われているんですの?」
キャリルが硬い表情を浮かべるけれど、あたしも同じ問いが浮かぶ。
この世界は地球の記憶に照らせば、産業革命前夜という感じがする。
時代の進み具合からして近世に近い感じがするから、人身売買と言われても実感がない。
でもそれは日本人の記憶があるからだろうか。
地球の記憶では、途上国を中心に世界中にあったことも思いだされる。
「そういう連中が居るようなのじゃ。しかし庶民は基本的に素朴で信仰心が篤い者が多いゆえ、王都ディンルークを巡礼したいという気持ちは理解できるのじゃ」
『ふーん』
マルゴーさんはディアーナが攫われたことで賞金首狙いの冒険者となり、『人狩り狩りのマルゴー』などと呼ばれるようになった。
それはディンラント王国南部だけじゃあ無くて、フサルーナ王国も関係する話なんだろうか。
「何じゃウィン、むずかしい顔をしておるの」
「あ、うん。何でもないわ。フサルーナといえば美味しいものが多そうね――」
気に食わない話を聞いてしまったけれど、いまあたしに出来ることは無い。
食べ物の話に切り替えて、その場は流すことにした。
王都ディンルークの商業地区南端に、倉庫付きの商家の事務所がある。
路地裏のかなり奥まったところで、秘密組織赤の深淵の拠点として使われている建物だ。
路地はマジックバッグでの荷運びが前提だからかかなり狭いのだが、塀に囲まれた事務所の敷地に入れば倉庫だけではなく屋外にもそれなりの広さがある。
そしていま『赤の深淵』の拠点敷地に入り込み、入り口に向かって歩いていく三人の男たちの姿があった。
何れも革鎧の上からマントを羽織り、屈強な体つきをしている。
冒険者のような使い込んだ装備を着込んでいるが、その目付きは酷薄そうなものを秘めている。
デイブなどがこの場に居たならば無抵抗な人間を殺し過ぎた者の目だと評したかも知れないが、さらに剣呑なことに彼らの手には武器が握られていた。
そして三人のうちの一人、先頭を歩く男の指には、似つかわしくない新品の指輪が嵌められている。
程なく男たちが事務所の扉に近づこうとしたところで、中からローブを着込んだリス獣人の男が顔を見せた。
リス獣人は顔に張り付いたような笑みを浮かべつつ、大きな声で三人に告げた。
「こんにちはお客様方! 私どもの商会は予約制になっております!」
そう言ってリス獣人が礼をしようとしたところで、先頭を歩く男が身体強化を発動して接敵し、手の中にあった得物で無造作に殴りつけた。
リベットまみれの凶悪な意匠をした戦棍による確殺の一撃が放たれ、リス獣人の頭部を叩き潰す前に硬質な音がして防がれた。
リス獣人が無詠唱で展開した【風の盾】による防御だったが、流れるようにそのまま襲撃者に対し無詠唱で【風壁】が放たれる。
効果範囲内の物体を風の刃で容赦なく切り刻んでいく、全力発動の風の上級魔法だ。
三人の襲撃者たちはリス獣人の男からムリせずに距離を取る。
「やれやれ、そういう作法がお得意なのですね」
リス獣人はそう呟き、無詠唱の【鑑定】で襲撃者たちを調べて闇ギルドの人間だと判断する。
「まったく、困った人たちです」
そう漏らしながら塀の向こう側の路地に、まだ襲撃者らしき魔力が幾つも感じ取れることに笑みを浮かべる。
共和国でも襲撃の対処は経験しているが、果たして今回は自分は死を迎えるかも知れない。
そう思い浮かべつつ魔法を放つと、突如その場に乾いた音が三回鳴り響く。
無詠唱でリス獣人は【火操作】を用い、ロールパンほどの小さな空間の空気を瞬間的に高温にした。
すると空気が瞬時に膨張して衝撃波が生じ破裂音が響くが、地球でいえば火薬の燃焼に似た現象だ。
それなりに高度な魔力制御による技法だったがこれを連続で発動させ、意味ある拍子として音を響かせ信号とした。
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