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12.聞いた話も禄でもない


 首輪から伸びる縄を街灯に括りつけられ、大人しくしているヒツジが居る。


 その傍らで暗い色のローブを着込んだネズミ獣人の男が、淡々と祭句を呟いている。


()れは器であり蔵である


 門であり扉である


 全て開き、満ち、遍満す


 故に在れ、極小は極大に至る。


 逸れは経絡(けいらく)であり道である


 紐であり血脈である


 全て繋がり、満ち、遍満す


 故に在れ、極大は極小より成る」


 祭句を唱えつつネズミ獣人の男は無詠唱で四大属性の操作系魔法を、風火水地の順で発動し、各属性で三か所ごとの魔法的回路――魔方陣をヒツジに刻み込んだ。


「逸れは神の血の一滴なり」


 最後にネズミ獣人の男がそう呟くとヒツジはビクンと身体を震わせた後、四つ足でその場に立ったまま硬直して動かなくなった。


 ネズミ獣人はヒツジの変化を観察したあとに、ここまで運んで来た貧民街の男に向き直る。


 そして懐から硬貨が入った革袋を出し男に手渡した。


「無事完了です、助かりました。戻って大丈夫です」


「へい」


 ネズミ獣人の言葉に軽く頭を下げ、貧民街の男は夜の街に消える。


 それを見届けてからネズミ獣人の男もその場から離れた。


 しばらくすると工房街を歩いていた通行人の一人が、街灯に縄で繋がれたヒツジに目が留まる。


「……? なんだこりゃ、誰かが置いてったのか?」


 そう言いながら通行人はあたりを見渡すが、こちらに注意を払う者はいない。


 このまま見なかったことにして通り過ぎてもいいが、どうせ肉屋に連れて行く途中で一時的につないだだけだろう。


 ヒツジを盗むのはマズいが、肉屋なり衛兵の詰め所に連れて行けば持ち主が後で駄賃くらいは出すかもしれない。


 そこまで考えて通行人はヒツジをじっと観察した。


 意識を向けた後に大人しいヒツジだと考え始めたところで、ヒツジが細かく震え始める。


「……? なんだおまえ、怖がってるのか? よーしよし……」


 だがヒツジの震えは激しさを増した後に突如止まる。


「お、いい子だな」


 通行人がそう声を掛けた直後、ヒツジの身体の形が崩れ、路上に液体が撒かれたときのように“べちゃっ”っという音がハデに響く。


「え………………?!」


 ヒツジだったものは、立っていた場所に血だまりと脱皮したあとのように皮を残し、ただ路上にそれは広がっていた。


「ぅ……ぁうぇっぷ、お……、おれじゃねえ、おれじゃねええええ!!」


 通行人は突然の出来事に混乱し、辺りに広がった血や体液などの臭いにえづきながら後ずさる。


 そして首を振りながら慌ててその場から立ち去った。


 突然の騒ぎに人が集まり始めたが、一連の騒動を離れた場所から眺めていたネズミ獣人の男は、何ごとも無かったかのようにその場から歩き去った。




 路上でヒツジがいきなり溶けて血だまりになる現象が、王都の複数個所で確認された。


 そのタイミングはほぼ同時刻だった。


 王国に連なる組織を始め、冒険者ギルドや月輪旅団などの傭兵団、そして王都の裏社会を含め、かなりの速度で情報が広がった。


 それはここ最近、秘密組織である『赤の深淵(アビッソロッソ)』で注意が払われていたこともある。


 そしていま王立国教会の神官戦士団宿舎食堂でも、その話で議論が始まっていた。


「それで、おまえらはどう思う?」


 ロクランはテーブルを囲んで酒を飲んでいたその場の者たちに問う。


 ナイジェルも同席しているが機嫌は悪い。


 鍛錬後に気持ちよく神官戦士団や『白の衝撃(インパットビアンコ)』の者たちと共に、食事しながら酒を飲んでいたのだ。


 デイブからの話ということでしぶしぶ魔法で酒気を飛ばし、聞いた話も禄でもないためにナイジェルの表情はどうしても硬くなっていた。


「問題の連中じゃないの?」


 ナイジェルの言葉に頷きつつロクランはユリオに視線を向けると、彼も頷きつつ口を開く。


「間違いありませんね、『赤の深淵』の連中です」


「断言する理由は?」


 ロクランがユリオに問うと、『白の衝撃』の別の者から指摘がある。


 曰く、一か所だけなら魔法の誤発動による事故の可能性もあるが、今回は同時多発的だ。


 肉などを取り出すならいざ知らず、ぜんぶ液体に変えるなど意図的なものだ。


 その時点で何らかの儀式的な行為である可能性を懸念する。


 そういう説明が帰ってきた。


「まあ、確かにそうなんだよな。フツーに考えたら、生きてたヒツジがいきなり溶けるとか意味が分からん」


「共和国では似たようなことはあったのか?」


 ロクランが首を傾げていると、ナイジェルが欲し肉をかじりつつユリオたちに問う。


「そうですね、ありましたよ。新聞報道などでは、禁術や外法の類いだと評されていました。ある種の魔法的回路だとか魔方陣と呼ぶ専門家もいましたね」


 ユリオの説明に彼の仲間たちも頷く。


「回路って? どういう話だ?」


「複数個所で生贄の動物を解体すると、それぞれの地点を結ぶ魔法的な流れが出来るとか」


『ほ~……』


 ロクランが問うとユリオが説明するが、この場に居る者たちは興味深そうな声を上げた。


 知識を持っている者もいたが、実際にそのようなことが王都で行われた事実にそれぞれが考えを巡らせる。


「情報では全部で十一か所でしたな。ますます連中の暗躍が懸念されます」


 神官戦士団の幹部がそう言って表情を曇らせる。


「差し当たって、対策はどうするんだい? 王国は衛兵に警備を強化させるだろうけれど」


「ああ。巡回の強化と、魔法の専門家による現地の魔法の痕跡の調査だろう」


 ナイジェルの言葉にロクランが応える。


「それでは僕たちも、今から一回りしましょう」


 ユリオがそう言って立ち上がろうとすると、他の『白の衝撃』の者たちも当然のような顔をして席から立つ。


 だがそれを神官戦士団の幹部が制した。


「待つのだ諸君。君達の力を振るうのはいまではない!」


「ですが……」


 ユリオが反論しようとするが、酒席を再開したいナイジェルが苦笑しながら声を上げる。


「そうそう、同感だね。王国の王都には色んなチームがあるんだ。情報集めはそれが得意な連中がやるべきだよ。――ねえユリオ、君らが得意なのは武力で誰かを助けることじゃない?」


 じっと視線を向けつつナイジェルが告げると、ユリオをはじめ『白の衝撃』の者たちの多くがハッと気づいたような表情を浮かべる。


「戦うべき時のために力を研ぎ澄ませと、そういうことですね?」


「僕、その方がいいと思うよ。他の人の仕事をムリヤリ取るのは、魔神さまに怒られても知らないよ?」


 ナイジェルはそう言いながら、ワインの入ったジョッキに視線を向けている。


「俺も同感だ。神さまの思し召しって割とマジであるんだぜ?」


 ナイジェルの様子に笑みを浮かべつつ、ロクランも同意する言葉を掛けた。


「――分かりました。確かに備えることも大切です。まずはこの席を再開しながら、今後のことを話しましょう」


 ユリオの言葉にその場の者たちは笑顔を浮かべ、共和国の事例をふまえて今後想定されることを話し合った。


 因みにその席で、比較的早期にナイジェルは酔いつぶれていたが、それを咎めるものは居なかった。




 日課のトレーニングが終わって部屋でノンビリしていると、デイブから【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡があった。


「うっわー、悪趣味っていうか、まず間違いなくそれ宗教的な生贄なナニカじゃないの?」


 そしてあたしはヒツジが路上で溶けて血だまりになる事件の話をきいたけれど、中々スプラッタホラーな感じである。


「まあそうなんだよな。よく分かってねえんだけど、それらしい理由も思いつかねえし」


「それらしい理由って言っても、生贄じゃ無かったらあとは王国とか衛兵さんたちへの同時多発的ないたずらや嫌がらせとか。あとはヒツジを目の敵にしてる、ちょっと特殊な変態のしわざかしら?」


「いや、そんなのねえだろ」


 あたしの意見はデイブから秒で突っ込まれた。


 その他にもデイブからは、共同墓地から大量の人骨が持ち出されたのが確定した連絡を受けた。


「そういう訳だから、何か気になる動きがあったり思いついたら教えてくれ」


「分かったわ。いまの話だけど、ディアーナとマルゴーとカースティに話していいかしら」


 あたしが確認すると、連絡はいいけど勝手に動かないようにクギを刺された。


 そこまで話をしてからあたしはデイブとの連絡を終えた。





お読みいただきありがとうございます。




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