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11.縄を括りつけて縛り


 実習班のみんなでお喋りをして過ごした後、一度あたし達は自分の部屋に戻った。


 夕食の時間までは薬草図鑑を眺めて過ごし、時間になったら再度食堂に移動してアルラ姉さん達と夕食を食べる。


 今日の『聖地案内人』の話をしていたのだけれど、その流れでフェリックスのことをロレッタ様から訊かれた。


「それでウィン、けっきょく今回の『聖地案内人』ではフェリックス君と同じ班になったのよね」


「そうですよ、ホリーから事前に言われてた通りです」


 あたしが応えるとロレッタ様とアルラ姉さんはあたしに生暖かい視線を向ける。


 何か期待してるんですか?


 そう思いつつ、二人からの追求に備えて微妙に覚悟を決める。


 ちなみにキャリルは美味しそうに夕食を食べています。


「『あの場所』ではあんなことを言ってたけれど、実際に今日話をして、何か心境の変化とかあったかしら?」


「相談したいことがあったらいつでも言いなさいよ?」


 ロレッタ様と姉さんが順に穏やかな笑みを浮かべてあたしに声をかける。


 でも何というか、二人の表情の裏にはあたしから何かの反応を期待しているような感じが潜んでいるのは気のせいだろうか。


 あたしは落ち着いて応えるためにカトラリーを置き、二人に告げる。


「心境の変化か……」


「ええ」「どうかしら」


 そう訊いてくるロレッタ様とアルラ姉さんの目には、好奇心が隠せていないわけですよ。


 思わず細く息を吐きつつ返事をする。


「それなんですがね……」


「「うん」」


「まっっったく変化無いですね。これっぽっちも、ええ。ウェスリー先輩とセットというのは言い過ぎかと思ったんだけど、今日もあの人尾行して来たし」


「「うわぁ……」」


 あたしの『尾行』という単語に姉さん達は揃って顔をしかめた。


 でもがっかりさせようが何だろうが事実なんだよな。


「ただ、そうね……。ちょっと訊いてみたの」


「訊いたって、何を?」


 何気ない表情でロレッタ様があたしに訊く。


「『先輩にとって、『研ぎ澄ました剣』とは何ですか?』って訊いたわ」


 あたしの言葉に、アルラ姉さんの鼻から息がこぼれる。


 姉さん的には歴史の知識もあるし、もしかしたらあたしよりもクリーオフォン男爵家の成り立ちまで知っているのだろうか。


「それは――、何て言われたのかしら?」


 ロレッタ様が、先ほどよりは真剣な目であたしに問う。


 キャリルも手を止めてあたしの言葉を待っていた。


「剣は剣だ、って言われたのよロレッタ様。剣は道具だとも言ってたわ」


「流石ですわね」


 キャリルが納得したように頷くけれど、あたしは彼女ほどには納得できる言葉では無かったんだよな。




 姉さん達にはフェリックスが、ブルー様ほどの覚悟はまだ無いという話をしていたことを伝えた。


 その上であの時のやり取りを思い出す。


「――それで、あたしが『戦いが前提なんですね』って言ったら、『そういう道具だ』って言ってたんだけど……」


「なにか気になったのウィン?」


 姉さんが微かに心配そうな表情を浮かべる。


 いや、あたしが心配されるようなことは無いんですよ、うん。


「そう応えながらフェリックス先輩が、道端の大道芸人とそのお客さんたちを眺めてたの。その様子を見て、『あたしはやっぱり貴族家はムリだな』って思ってたわ」


「どういうこと?」


 アルラ姉さんが訊いてくるけれど、説明が必要だろうか。


「うん……。フェリックス先輩って『手品研究会』に所属してるのよ。ホリーから聞いたことがあるし間違いないと思うの」


「もしかしてホントは、フェリックス君がパフォーマーに憧れがあるのかもって考えてたのかしら?」


 ロレッタ様があたしに確認してくるけれど、少し困った様な表情を浮かべている。


 あたしが『貴族家がムリ』って言ってしまったし、家に縛られることを考えているんだろうか。


 彼女もいずれ、ティルグレース伯爵家の女当主になる身なんだよな。


 そのまえにウォーレン様が当主になってからだろうけれども。


「ちょっと理不尽かなって思っただけです」


「そうね。でもそれは貴族家に限った話では無いわね」


 そう言われてあたしは気付く。


 ああ、それはそうか。


 確かに貴族だろうが庶民だろうが、色んなめぐり合わせで人生設計が変わることはあるだろうなあ。


 何となく断片的な地球の記憶を思いだしつつ、社会変化の中で生き方を変える話とかもあたしは思い浮かべていた。


 その後あたしとキャリルが、王国の貴族家と歴史について姉さん達から教えてもらいながら夕食を食べていると、食堂の少し離れた席で歓声が上がった。


「――あれ? どうしたんだろう」


 あたしが視線を向けると、何やらキャーキャー言っている先輩たちが居る。


「ニッキー先輩でしょうか? 頭の上に小鳥を乗せていませんかしら?」


 小鳥ということは、使い魔だろうか。


 あたしが席から腰を上げ身体を向けて確認すると、人垣の隙間からニッキーが見えた。


「あれはウグイス……、じゃあなくてメジロか。ザ・小鳥って感じね」


 あたしがキャリルに告げると彼女は頷く。


 メジロは頭がウグイス色をしている小さい鳥だ。


 日本の記憶でいうところのウグイス餅に近い黄緑色をしていて、目の周りが白い可愛らしい鳥だったりする。


 日本では野鳥ってことで飼っちゃいけない鳥だった気がするけれど、王国でそんな話は特に聞いたことは無い。


「いよいよ学院内でも使い魔を出せる生徒が増えてくるんでしょうね」


 ロレッタ様の言葉にあたし達は頷いた。


 姉さん達との夕食の後は、自分の部屋に戻って宿題をまずやっつける。


 そしてその後あたしは日課のトレーニングを始めた。




 王都ディンルークの職人たちの工房が多い地区にも、夜のとばりが下りてきていた。


 街灯の魔道具が道行く者たちを照らす中、通りを動物を引いて歩く者がいた。


 動物は一頭のヒツジであり、引いて歩いているのは普段貧民街で過ごす男だ。


 男がヒツジを引いて歩くことを気に止める者はいない。


 工房地区とはいえ工房に住んでいる住人向けの食料品店などもあって、その中には肉屋もある。


 新鮮さを売りにして肉屋で加工された動物の素材は、食べられる部位はそのまま売られ皮などは革製品にするために他所に売られる。


 だから生きたままのヒツジが道を運ばれて行く光景は、そこまで珍しいものでは無かった。


 やがて男が街灯の前で立ち止まり、引いていた縄を括りつけて縛り、休憩を取るように街灯に寄り掛かった。


 工房地区ゆえか通りは旅装の客は少ないものの、王都だけにそれなりの人出はある。


 それでも男に注意を払う者は居ない。


 そうしてヒツジを眺めながらその大人しさに内心ホッとしていた男に、声を掛ける者がいた。


「やあこんばんは、“健康そうなヒツジ”ですね」


 話しかけたのは暗い色のローブを着込んだネズミ獣人の男だったが、穏やかな口調に男は安どする。


「おう、ありがとよ。“なぜ健康かは分かるか”あんた?」


「そうですね。“運動とエサ”でしょう?」


「あんたは分かってるじゃねえか。“どんなエサ”がいいとおもう?」


 そう告げて、緊張した面持ちで男はネズミ獣人を観察する。


 少しでも符丁が合わなければ、この場から離れなければならないからだ。


 指定された街頭でヒツジと共に待ち、男は正しいフレーズが告げられるのを待つ。


「いろいろあるでしょう。けれど“血の色のような赤ワインの搾りかす”がおススメみたいですよ」


 その言葉に男は緊張を解いて頷くが、ネズミ獣人もまた機嫌良さそうに微笑んでから頷く。


 そしてネズミ獣人の男はヒツジに身体を向け、祭句を呟き始めた。





お読みいただきありがとうございます。




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