10.ご褒美を欲しいものだ
オットーは自然な口調でウェスリー達に応えたものの、シルビアは不信感が拭えないでいた。
「冒険者が衛兵さんたちを観察するっす?」
シルビアの柔らかい表情の奥に秘められた警戒の色に気付き、オットーは頬を緩める。
「それなんだけどねえ……、あんたらは何者だい? オレは名乗ったんだが、この状況で一方的に情報を吸い上げる坊ちゃん嬢ちゃん達の方が、不審者だと思うぜ」
そう言ってオットーは歯を見せて笑う。
ただその笑顔に嫌味は無く、どこか幼い子供を諭す時のような包容力が感じられた。
その雰囲気を察したシルビアはやや緊張を和らげる。
それと同時にエリーが口を開く。
「お兄さんが遠足って言った生徒の仲間にゃ」
「仲間を心配するのは国が変わっても同じだなぁ。いい心がけだ」
したり顔でオットーは頷くが、ウェスリー達としてはオットーの目的は察することが出来ない。
ここで何か揺さぶりを掛けられないか。
そう思ったウェスリーが、怪しい笑みを浮かべつつオットーに問う。
「オットー殿、褒めてくれるなら折角だからご褒美を欲しいものだな。こちらを子ども扱いするのなら、それに見合ったものを出してくれてもいいんじゃないだろうか?」
その言葉に「確かにな」と呟きながらオットーは頷く。
彼は緩めていた表情を少しだけ引き締めて、言葉を選ぶ。
オットーとしては自分の一存で話せ無いことを想起したため、ウェスリー達に確かなことを伝えることはできない。
それでも普段から年下の後輩冒険者に接していることもあり、彼は警告だけを伝えておくことを決める。
「そうだな、情報を出そうか。坊ちゃん嬢ちゃん達にひとつ忠告しよう。あまり長い期間じゃあ無いが、今後数週間は王都は治安が悪くなるかも知れん」
「治安にゃ?」
不穏な言葉を聞いてエリーは眉をひそめる。
彼女の知人などから聞いていない話だけに、彼女は内心で不安感を抱いてしまうが。
「ああ。オレとしては好みの仕事じゃあ無いんだが、ちょっと荒事があるかも知れん。もし巻き込まれるようなら、迷わず大人を頼りな」
「それはどういう意味ですか?」
巻き込まれるとは不穏な響きだが、どういう範囲での話だろうか。
そこまで頭に過ぎってコウが問うが、オットーはそれに笑みを浮かべる。
「深い意味はないさ。それじゃあオレは行くぜ」
疑問感を抱いてくれたなら、彼らなら注意深く行動するだろう。
そう判断してオットーは去ることにする。
衛兵たちの練度などはまた仲間たちからも話を聞けばいいだろう。
オットーはそう考えつつ、ウェスリー達にウィンクしてみせる。
「達者でな、見事なシカ角の冒険者よ」
「あんたらもな、あばよ」
そう微笑んでから、オットーはゆらりと動き出してその場から気配を消した。
彼の動きを目にして、ウェスリーとコウは風牙流を想起した。
そうしてオットーは、直ぐにウェスリーたち四人が察知できる範囲を離れてしまう。
「行っちまったっす。けっきょく何で護衛を見てたのかが謎だったっす」
「そうだにゃー。でも悪人って感じはしなかったにゃ」
「ボクも危険そうな感じはしませんでしたね。何となく敵になるような感じはしない気がします」
「さらけ出して相手の反応を見るのも、なかなか面白かったな!」
三人の言葉に満足げな笑みを浮かべつつウェスリーが告げるが、シルビアが首を傾げた。
「悪党だったらウェスリー先輩はどうしたっす?」
「そんなことは決まっているさ、悪党以上に卑怯な手で隙をつくとも!」
「「「おお~!」」」
シルビアだけではなくエリーやコウも感心した表情を浮かべていた。
ウィンがこの場にいれば、彼女もウェスリーの戦略自体は評価したかも知れない。
それでもウェスリーの怪しげな言動には物申していただろうか。
「さて、あのような珍客もあることだし、油断せずに尾行を続けよう!」
「わかりました」「わかったっす」「了解にゃ」
ウィン達を追いかけるために、彼らは頷き合ってから大通り沿いの建物屋上を移動し始めた。
ウェスリーは一瞬だけオットーが去った方向に、怪しげな笑みを向ける。
「さすがに仕事をしてもらわんとな」
満足げに呟いてから、彼は先行する三人を追った。
ウェスリー達と話し込んだ場所から離れ街なかを移動していたオットーだったが、彼は歩道の上で立ち止まった。
「なああんた、なにかオレに用かい?」
不敵な笑みを浮かべつつ、振り返りもせずに彼は告げる。
「さっきの坊ちゃん嬢ちゃんたちとの話は聞いてたろ?」
「……『鱗の裏』だ。具体的な話を聞きたい。情報料なら払える」
特徴の無いのが特徴のような暗部の男が一人、オットーの後ろに気配を現わした。
それに動じるでもなくオットーは告げる。
「済まんねえ、オレも守秘義務があるからさ」
「…………」
暗部の男の沈黙によって、オットーの勘が彼らに拉致される可能性を示していた。
それに気づきつつ、息を吐いて彼は告げる。
「でもそういう職場の人なら、貴族を介して『問い合わせ窓口』に回ってくれないか?」
「……どこに訊けばいい?」
オットーはシカ獣人である時点で、共和国出身なのを周囲に想起させる。
そのオットーが『貴族』という単語を使った時点で、暗部の男は興味を抱いたようだ。
「『霧鉛兵団』に問合わせてくれ」
トップが闇ギルド幹部という傭兵団の名が出たことで、暗部の男は今後の動きを考え始める。
暗部の男もここのところの『赤の深淵』の噂は耳にしており、闇ギルドが敵対的なのも把握している。
「……そういう話か」
「悪いけどオレからは言えないのよ色々。でも今回はあんたらにもメリットが大きい動きと思う」
「…………分かった。冒険者ギルドにも照会したい、鑑定の魔法を使っていいか?」
「そのくらいならご自由に」
そう言ってオットーが肩をすくめるのと同時に、暗部の男は【鑑定】を彼に使う。
「……なるほど、お前が『骨削り』か」
二つ名を告げられたことでオットーは用件が済んだと判断する。
「じゃあ、オレは行くぜ。いつもは『未踏遺跡狙い』なんだ。ギルドで確認してくれ」
オットーが冒険者として普段挑む場所は、共和国の未踏遺跡だった。
それを曲げて王都ディンルークを訪ねている。
「……なぜ『闇』に関わる?」
「そいつはカンタン。身内の義理さ」
オットーがそこまで告げると、その場に溶けるように暗部の男の気配が消えた。
思わずホッとした表情を浮かべつつ、彼は呟く。
「あー、おっかねえし帰りてえ……」
ひと言グチを言った後に、オットーは念入りに気配を消してから『霧鉛兵団』への拠点へと移動を再開した。
あたし達が王都の南広場に戻って来た時には、変わらずウェスリー達が尾行していた。
「あれはいったい何なのかしらね?」
「ウェスリー先輩たちのことかのう?」
あたしが思わず疑問を口にするとニナが反応する。
道中ずっと微妙な気配の隠し方で追跡してこれば、なんのために追いかけていたのかが気になるわけですよ。
「あんまり考えられないけれど、実地で暗部の動きを観察して今後の参考にって思ったのかもねー」
苦笑しつつフェリックスが説明するけれど、確かにそういう見学は出来たかも知れない。
でも他の面々はともかく、あのウェスリーがそんなまっとうな理由で尾行をするだろうか。
「え、暗部の人らって、気配とか隠してはるのとちゃうんですか?」
「今日は本気で隠れてる人も何人かいたけど、護衛目的で分かりやすく隠れてた暗部の人もいたねー」
『ふーん』
実習班のみんなはフェリックスの説明で納得していた。
腕章を衛兵の詰め所に返した後、あたし達は来た時と同じようにみんなで学院の正門まで戻ってから解散した。
フェリックスや彼の実習班の人たちにお礼を言って、あたし達は寮に引き上げることにした。
寮に引き上げたら部屋着に着替えてみんなで寮の食堂に集まり、お喋りをしながら提出用の『聖地案内人』のレポートを仕上げた。
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