09.立場の違いだろうか
『聖地案内人』は参加後にレポートを書くので、メモを残したほうがあとでラクだと思うんですよ。
そう考えて手早く巡礼客に相談された内容をその場で記録する。
実習班のみんなではジューンもメモを取っているか。
「詳しいって言っても、それなりだねー。“家の手伝い”でも王都の街の様子を把握しておくことは大事だからさ」
あたしが話しかけたらフェリックスはそう言って微笑む。
メモを取り終わったら、歩きながらフェリックスと話をする。
そういえば許嫁という無茶ぶりな話で忘れがちだけれど、あたしはブルー様と殴り合ったんだよな。
彼は普通に接してくれているけれど、“家の手伝い”という言葉で色々と考えてしまう。
ブルー様と向き合ったのは、いまさら問題では無いと思うのだけれども。
「先輩にとって、『研ぎ澄ました剣』とは何ですか?」
王立国教会でキュロスカーメン侯爵さまが、ブルー様のことをそう言っていたのを思い出した。
貴族家にとって自分の家は生まれる前からあったものだ。
それが本人にとってどういうものかを、ふとフェリックスにも訊いてみたくなった。
「何って言われても、剣は剣だねー」
「え?」
「別の言い方をすれば、剣は道具だよ。でも、そうだなー。俺にはまだ父さんほどの覚悟は無いかな」
「覚悟ですか?」
確かにあたしは、ブルー様が『負けないための戦い』をするのを目の前で見た。
その覚悟が無いという話は、理解することはできる。
「うん。でもさー、俺が振るいたい時に振るって、戦うべき時に戦いたいとは思う」
フェリックスにとってはブルー様のような『王国の剣』のような態度というよりは、『身内のための剣』という態度なんだろう。
いや、それだとあたしの視点が強いのか。
それでも言えるのは、貴族家の当主とその息子の立場の違いだろうか。
「どうしても……、戦いが前提なんですね」
「剣はそういう道具だからね」
フェリックスはそう言って、穏やかに笑った。
そう告げる彼の視線を追ってみると、その先には大通りでパフォーマンスをする大道芸人とそれを見て喜ぶ人たちの姿がある。
フェリックスの表情は、どこか満足そうだった。
ウィン達の様子を観察しながら、大通り沿いの建物屋上でウェスリーが口を開く。
「フェリックスはウィンと上手くやっているようだな」
「でもウィンちゃんとフェリックス先輩は、もう一歩踏み込んでもいいとおもうにゃ」
そう言って苦笑しながらエリーが首を横に振った。
先ほどから言葉を変えて似たようなやり取りを続ける二人だが、さすがにコウは手持ちぶたさを感じているようだ。
「でも先輩、まだ尾行を続けるんですか?」
「たぶんじぶん達、気付かれてると思うっす」
コウの言葉に特に同意するでもなく、シルビアが飄々とした様子で告げる。
その言葉にウェスリーは怪しい笑みを浮かべた。
「甘いなコウ、シルビア、気づかれていることを互いに知りつつも、駆け引きする尾行もあるんだ。隠れるばかりが尾行では無い」
「「おお~?!」」
「むしろさらけ出すことで、見えるものがあるのだ!」
なにやらそう言って怪しい笑みを浮かべるが、言動だけなら怪人物と評されかねない。
ウィンなどがこの場に居れば、間髪入れずに苦言を挟んで来ただろう。
だがこのメンバーに、ウィンの代役は居ないようだった。
「それで皆さん、他にも尾行してる人がいるっすけどどうするっす?」
「王国の暗部の人たちにゃ?」
シルビアの言葉にエリーが不思議そうな表情を浮かべる。
そのやり取りを面白そうに伺いながらウェスリーは確認する。
「確かにそれなら問題は無いが、さっき加わった奴のことだな?」
「そうっす」
「情報屋にしては、気配が手練れを思わせるな。あくまでも俺の勘だが、少なくとも俺と同格以上にはやりそうだ」
シルビアやウェスリーの言葉にコウとエリーがが周囲の気配を注意深く確認すると、確かに気になる気配があった。
「あとから合流した暗部や、キャリルとかフェリックスの家の手勢って線はどうです?」
いちおう彼らとしても、学院を出発してからここまでの護衛の動きは気配を読んでいる。
護衛が反応していない以上、そこまで脅威ではないのではとコウは考える。
それゆえの発言だったが、ウェスリーは怪しい笑みを浮かべる。
「だとしても、先ほど言った方針通り、こちらから近づいて確認するのも一興と思わないか?」
「方針にゃ?」「まさか……?」「一興っす?」
一同の反応を確認し、ウェスリーは頷く。
「ああ、自らをさらけ出すことで反応を見るのだっ!」
やはりウェスリーの表情と言動は怪人物のそれだった。
その言葉にエリーとコウとシルビアは頷くが、矢張りここにはウェスリーを止める者は居なかった。
そうして彼らは音もなく移動を始めた。
大通り沿いの建物屋上を移動し、特に警戒されることもなくウェスリー達は相手に近づき四人で取り囲んだ。
相手は旅装の獣人男性だったが、彼の頭部には何よりも特徴的なものが付いている。
「話しかけてもいいだろうか、シカ獣人の旅人よ」
「もう話しかけているじゃあ無いかお坊ちゃんお嬢ちゃんたち。どうしたんだい、下で遠足をしている彼らのお仲間かねえ」
そう言いながら男性はウェスリーに視線を向ける。
「そうだと言ったら、あなたはどういう反応を示すだろうか?」
問われた男性は、ウェスリーの真意を測るように彼の目を覗き込む。
じっと視線を交わすウェスリーと獣人男性だったが、先に口を開いたのは獣人男性だった。
「なるほど、その年で良く鍛えているなあ少年よ」
「そうは言っても、あなたもそこまで年上という訳でも無さそうだが?」
じっさいウェスリーが言うとおり、相手は二十代後半くらいには見えるだろうか。
体つきはやや身長が高めで細身だが、手には拳ダコがあり格闘術を使いそうだ。
だが顔立ちは整っており、それはつまり相手の攻撃を受けながす技を修めているのだろうか。
ウェスリーはそこまで考えて相手の反応を待つ。
「まあ、貫禄が無いのは自覚があるさ。それで、何をしていたのかといえば見学だ。正確には、少年少女たちを護衛する人らに見入っていたんだ」
獣人の男性はそう言って肩をすくめてみせる。
だがその言葉にシルビアが反応してしまう。
護衛を観察していたという時点で、警護の隙を伺っていたとも取れてしまったからだ。
「失礼っすけど、おにーさん何者っす?」
彼女ははそう言って微笑むが、途端にコウとエリーは焦り始めた。
いつかウィンたちが制止したように、無条件に彼女が敵とみなした相手の首を狩りに行くことは無くなっている。
それでも彼らはシルビアの脅威度判定がいきなり振り切れて、ゴロツキ相手に容赦なく山猫流の初撃を叩き込むのを幾度か見た。
だがウェスリーは特に心配する様子を見せていない。
獣人男性の気配が自流派の高弟のものに近く感じたので、シルビアのトリッキーな初撃にも対処できると踏んだからだ。
「落ち着こうシルビア、ね?」
「そうにゃ、まずは話をするべきにゃ」
コウとエリーの焦りを観察しつつ、獣人男性は鷹揚に告げる。
「なんだいお坊ちゃんお嬢ちゃん、オレがその子にどうこうされるほどか弱く見えるかい?」
「まあ、その角は立派だな」
横からウェスリーがそう告げて笑うと、男性は途端に機嫌が良さそうな表情を浮かべる。
「おおっと坊ちゃん、あんたは礼儀がなってるねえ。王国も捨てたものじゃあ無いんだな」
「その逞しいツノがすべてを語っている。そうとも、そのそそり立ち具合は素晴らしいだろうさ!」
ウェスリーは機嫌良さそうに告げるが、男性はくつくつと笑って答えた。
「ありがとよ。さて、何者かといえば冒険者さ。オレはオットー・メンテという。察しの通りシカ獣人で、普段は共和国で未踏遺跡に潜ってるんだ」
「冒険者の方でしたか」
オットーの言葉にコウとエリーはホッとした表情を浮かべる。
「ああ。だがときどき、身内に頼まれて厄介ごとを手伝ったりしてるわけよ」
そう言ってオットーはくつくつと笑った。
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