07.数歩先に立っている
結局あたしは新しく覚えた『仙術士』という“役割”の『禹歩』というスキルを試すことにした。
覚えたスキルを全く使わないというのももったいないし。
あと、昼間の学院構内で試すよりは、夜に人気が無いところで試す方が人目を気にしなくて済むと思うし。
戦闘服を着込んでワイバーン革のロングコートを羽織り、ベッドを偽装して自室の窓から外に出る。
この時間では寮の屋上とかだと、星を見ている占星部の部員と鉢合わせるかも知れない。
人気のないところだと確実なのは演習林だけれど、距離があるから面倒くさいんだよな。
「さて、どうしようかしら」
この時期に確実に人がいないとなると、凍ってしまって使えないカヌー部の練習用水路だろうか。
水路には魚もいないはずだし、釣りをしてる生徒を見たことは無い。
いくら控えめに言って個性的な非公認サークルで活動する学院生徒とはいえ、こっそり魚を放していることはない――とおもう。
たぶん凍った水面に穴をあけて、夜釣りをしているような生徒はいないはずだ。
「もし誰かいるようなら、場所を変えればいいわよね」
そう呟いて内在魔力を循環させてチャクラを開き、場に化すレベルで気配を消して構内を移動した。
幸いにも、案の定人気は無い。
練習用水路は万が一の場合の防火用貯水池も兼ねているから、外灯も点いているし暗くはない。
まああたしは外灯は無くてもいいんだけれどさ、うん。
念のため周囲の気配を探ってみるけれど、誰も辺りには居ないようなのでさっそくトレーニングを始めることにする。
「それで、『禹歩』ね」
ステータスの情報を確認する限りでは、『意識集中で短い範囲を瞬間移動できる』らしいけれど、“役割”は『仙術師』に変えてある。
「意識集中って言ってもどういう感じかしら……」
あたしは水路の脇に立って、水路沿いに発動できないかを試してみることにする。
『禹歩』というスキルの情報を思い浮かべても特に変化は無し。
そうなると、移動に関するスキルだから移動することをイメージすればいいんだろうか。
あたしは先ず自然体で立つ。
そして完全にリラックスした状態で、イメージの働きで数歩先に立っているようにかなり集中して想像する。
するとあたしは気が付けば瞬間移動していた。
「これは、便利なような……。でもこの距離なら自分で移動できるんだよな」
意識の集中の時間は短く出来るんだろうか。
今のところは割と微妙である。
そう思ってあたしは、夜のカヌー部の練習用水路沿いでスキル発動を繰りした。
しばらく練習した結果、『禹歩』の移動範囲は自分が身体強化して一足で移動する範囲よりも短いことが分かった。
移動距離はせいぜい二メートルくらいか。
微妙だなと思いつつも、繰り返し使っているうちに連続で発動できることに気づく。
集中力さえ切れなければ連続させることはできそうだ。
ラクと言えばラクだけれど、イメージの中だけで移動するのって間違ったときに大変だよね。
そう思って手摺りの向こうの水路に何となく意識が向くと、氷の上に瞬間移動していることに気づく。
柵をいますり抜けたぞ。
身体強化で思考加速している状態だけれど、足元の氷が意外と薄くて割れそうな感触だ。
ヤバいな、ここでジャンプできればいいのに。
そう思った途端にあたしは二メートルほど上空に居る。
「そういうことなの?!」
思わず叫びながら、あたしは以前見た空中を走るブルー様の動きを思い出しつつ、空中で瞬間移動を繰り返して対岸の柵の向こうに着地した。
無事に着地できてホッとする。
というか、内心ドキドキしている。
「空飛んじゃったわ、あたし……」
思わず呻くように呟くけれど、何というかコレジャナイ咸があるのは気のせいでしょうか。
飛んでいるというよりは、パラパラマンガで宙を舞っている描写をしているというか。
でもこのスキルって、瞬間移動と言いつつ大きな障害物とかあったらどうなるんだろう。
例えば王都城壁なんかの、二メートルを超えるような分厚いカベを通り抜けようとしたら――
そこまで考えたところであたしに最大限のイヤな予感が思い浮かび、頭の中になぜか『かべのなかにいる』という文句が思い浮かんだ。
心拍数も上がっているし、たぶんそれは一発アウトな使い方なんだろう。
「ムチャな使い方は止めといたほうが良さそうね……」
そう呟いてあたしは息を吐いた。
その後も『禹歩』を確かめたけれど、べつの“役割”でもふつうに瞬間移動は発動できた。
ただこれは戦闘中に使うには、意識の集中が間に合うかどうか。
「まあ保留かなあ。【加速】と【純量制御】を重ね掛けした方が移動自体はラクで速いのよね」
例えるなら、時魔法を重ね掛けして身体強化して移動するのは、考える速さで移動できる感じだ。
それに対して『禹歩』の瞬間移動は、意識を集中するのにワンテンポ取られてしまう。
そこまで考えて、空を飛ぶ魔法のことを思いだした。
ティーマパニア様やソフィエンタの話では、【純量制御】でも空を飛べると言っていた気がする。
でもバードストライクは自分で防ぐ必要があるんだったか。
「【純量制御】で飛ぶのを試すのも、ちょっと保留かしら」
空を飛ぶことを試行錯誤するのは、いまは先送りすることにした。
あたしは練習がてら『禹歩』を繰り返して寮まで戻った。
でもたぶんこれ、自分で走った方が早いと思います、うん。
自室に戻ってからは部屋着に着替え、日課のトレーニングを行った。
カヌー部の練習用水路まで出かけていたから、いつもよりも時間は経っている。
それでもトレーニング後は消灯時間までまだ時間がある。
読書でもしようかと思っていると実習班のみんなが訪ねてきた。
明日の『聖地案内人』のことで相談しようという話だったけれど、共用の給湯室でお茶を淹れてみんなに出しお喋りをして過ごした。
特に気になる情報は無かったけれど、キャリルとあたしが共同墓所を訪ねたことはピエールの話などを省いてみんなに話しておいた。
一応みんなと相談したけれど、『聖地案内人』の活動では商業地区の南の方で活動しようということになった。
本当の所は『赤の深淵』の動きなどがあるので、面倒ごとに巻き込まれても学院に退避しやすい場所をウロウロしようと思ったのだ。
「でもウィンちゃんやったら、商業地区で屋台やお店の調査なんかをしながら『聖地案内人』をするつもりや思っとったで」
「一応あたしも風紀委員会なのよ。後ろ髪は引かれるし、そりゃもう全力で調査に行きたいわね」
「ところでウィンよ、お主は結局ホリーが言っておった件はどうするのじゃ?」
ニナの話はフェリックスのことだろう。
どうするって言われてもなあ。
「あたしがフェリックス先輩を、ウェスリーとセットでしか扱えない件ね?」
思わず地球の記憶にある、バーガーショップのセットメニューのようなものを思い浮かべる。
こんどソフィエンタに再現してもらうように頼んでみようかなと、あたしは少し現実逃避する。
「そんでもフェリックス先輩が“その気”やったら、どないするん? ウェスリー先輩とつるではる人とは、お付き合いできませんとか言うん?」
「う゛……。いや、そういう言い方はしないと思うけれど」
困ったなあ、あたし的に貴族家はやっぱりナシな選択肢のわけで。
「ウィンはどうしても貴族家と聞くと、責任とか格式とかそういうものを思い浮かべるんですね」
ジューンがそう言って可笑しそうに微笑む。
人ごとだと思ってるな、うーむ。
「そうね。キャリルと幼いころからマブダチだから、貴族家の大変さが何となく分かるっていうのはあるのよね」
「ですがウィンなら貴族家に嫁いでも、どうとでも過ごせると思いますわ」
「いや、あのねキャリル。貴族家の生活に対処できることと、もっとラクが出来るのにそれを選ばないことは違うと思うの」
そこまであたしが言ったところでニナが微笑む。
「まあウィンの方針は分かったのじゃ。妾は共和国の人間なのじゃ。王国の格式などを貶めるつもりはないがの、家に縛られない生き方も尊重するのじゃ」
ニナはそう言って、フェリックスとのことで面倒な話になりそうならとりなしてくれると言ってくれた。
ほかのみんなは苦笑いしていたけれど、あたしとしては思わずホッとしていた。
その後消灯時間前には解散して、読書をしてから寝た。
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