04.動きと関連があったか
王立国教会本部の医務室近くにある、応接室で話し込んでいる。
人骨を大量に使う禁術についてはザックが知識を持っていた。
この人の説明では、『骨ゴーレム』なる人骨を材料にした魔法人形を大量生産できるそうなのだ。
「ここで厄介なのは、使用する人骨の密度を上げることで、より強固で大型の個体が作れることです」
「それは確かなのか?」
レノックス様が問うけれど、ザックは困ったような表情で枢機卿さまに視線を向けた。
「少なくとも私は、王立国教会に伝わる王国の歴史では聞いたことがありません」
そう応えた枢機卿さまにザックが告げる。
「じつは、国教会の書庫に資料だけはありますよ。それが王国で実践されたかは不明ですが。先ほど説明した『骨を使った魔道具』の仕組みを調べて見つけました」
「何でそんなものが……」
枢機卿さまが呻くように告げるけれど、落ち着いた口調でザックが説明する。
「禁書ではありませんでしたが、共和国の教会から寄贈された特殊ゴーレム技術の本の中に記述がありました」
『へー……』
「著者は名前からして魔族のようでしたが、魔族の好奇心は、禁忌など簡単に破るのだなと呆れた記憶があります」
そう告げるザックの身体から、一瞬だけ光属性魔力が揺らめいたように感じられた。
あるいは彼の中の義憤のようなものが、膨れ上がったのかも知れないけれども。
でもおまえがそういう事を言うのかと思いつつ、あたしは冷ややかな視線を向けていました、うん。
「想定される禁術の話はこれで一例が挙げられたということだな。他にも王宮に報告して宮廷魔法使いに調べさせた方がいいだろう」
レノックス様がここまでのザックの話をそう言ってまとめた。
室内にいる皆さんもレノックス様の言葉に頷いている。
ザックが説明した内容だけでもかなり厄介な話だし、裏付けや他の可能性の検討、そして悪用された場合の対応策を検討する必要があるはずだ。
「レノ、必要なら王宮から学院に別の情報が無いか問合わせるように言ったらどうかしら?」
「そうだな、それも妥当だろう」
あたしの言葉にレノックス様が頷く。
他にも枢機卿さまが国教会の書陵部に指示して、文献調査を大至急行わせると話していた。
枢機卿さまはザックにも協力するように告げたけれど、とくに拒否すること無く頷いていた。
最後にレノックス様が暗部のリーダー役の人に指示して、王宮へ報告し万一の場合の対処の検討に入らせるよう話していた。
枢機卿さまと教会関係者とザック、そして暗部の人たちが出て言ってからデイブが口を開く。
「レノックス様、この件は冒険者ギルドでも万一の場合の備えを検討してよろしいですか?」
「頼む。詳細は冒険者ギルドから王宮に問合わせてくれ」
「分かりました。それから月輪旅団内で今回の人骨盗難事件の話を共有しても構いませんか?」
デイブの言葉に少し考えてからレノックス様が応える。
「許可するが、情報の扱いには注意してくれ。特に、王宮や冒険者ギルドが情報を広める前に他に漏らさないようにしてほしい」
「承知しました」
デイブがそう言って一礼すると、それに合わせてロクランも礼をした。
二人は部屋を出ていき、室内にはあたし達だけが残された。
あたしは何となく気配を読んで周囲を確認するけれど、部屋の外にはレノックス様を警護する暗部の人たちが張り付いている。
伝令役の人は今ごろ王宮に向かったんだろうな。
ティルグレース伯爵家の“庭師”の人たちも廊下に控えているか。
そんなことを考えているとレノックス様が口を開く。
「さて、オレたちは戻るか」
「うん、そうだね。学院に戻ろう」
「『王都都市計画研究会』の活動はどうするんだ?」
「人骨盗難がレノやわたくし達の動きと関連があったかは不明ですが、念を入れて今日は大人しく学院に戻った方がいいと思いますの」
「あたしも賛成ね」
あたし達が共同墓所を訪ねたのは偶然だ。
切っ掛けはニナから観光目的ということで話を聞いたからだし、実際に行くことを決めたのは今日の放課後のことなんですよ、うん。
そこからさすがにレノックス様だとかキャリルみたいな、王族や貴族家の人間を狙った悪意ある行動と連動して人骨盗難 (確認中)を行ったというのは考えづらい。
でも考えづらいことと油断することは別だ。
現地を訪ねていたことが漏れて、あたし達に余計なちょっかいがあったら面倒くさい。
あたしとしては全面的にキャリルの意見に賛成したかった。
ああでも、時間があったら屋台巡りをしたかった。
「どうしたんだいウィン?」
どうしたって言われても、納得できないんですよ。
「なんだか難しい顔をしてるからさ」
そう言ってコウがあたしに微笑む。
「あ、うん。大したことじゃないのよ」
「ウィンが心配してるのは、ピエールさんに呪いを掛けたり人骨を盗んだ奴のことだろ? たぶん『赤の深淵』だから、不安なのは分かるぞ」
カリオが珍しくあたしに気配りしてくれている気がする。
それはありがたいのだけれども。
「枢機卿さまも人骨盗難なんて聞いたことが無いみたいだし、状況的に『赤の深淵』だと思った方がいいわよね。でもそこじゃないのよ」
『え?』
みんなが怪訝そうな視線をあたしに向ける。
あたしは思わず息を吐いてから説明した。
「連中のお陰で、帰り道に屋台巡りしようと思ったのが無理そうじゃない? どうやってこのうっぷんをぶつけようか考えてたのよ」
「ああ、そういう心配か」
「“心配”なのかそれ……?」
「仕方ないと思うよ。また安全になってから屋台巡りすればいいさ」
あたしの言葉にレノックス様とカリオとコウが順に告げるけれど、何やらホッとしたような表情を浮かべている。
あたしとしてはモヤモヤするんですけれども。
「ウィンとは別ですけれども、わたくしも悩ましいことはありますわよ? 状況が許せば今から我が家の手勢を動かして、『赤の深淵』を討伐したいですの」
そう言ってキャリルは可憐な笑みを浮かべていた。
あたし達は彼女がどこまで本気なのかを思わず考えてしまった。
帰りは安全を最優先にということになって、王宮から紋章の入っていない馬車を呼ぶことになった。
しばらく待った後に近衛騎士の人たちが警護する状態で、あたし達は馬車で移動して学院に移動する。
学院の附属病院の車寄せに到着するころには、寮に戻る時間になっていた。
みんなで学院構内を寮へと歩きながら話をする。
「なんだかヘンなことに巻き込まれたねえ」
「ホントだな。ここまで戻ってきたら俺としてはホッとするぞ」
「ああ。だが偶然とはいえ、早い段階で (人骨盗難を)察知できたのは幸いだったな」
「そもそもそういう事をする奴が、王都に居るのが気に食わないわよ」
「ですがピエールさんが助かって良かったですの」
『そうだねー』
別に身体が疲れているわけでは無いけれど、妙なことに巻き込まれて気分的にくたびれてしまった。
デイブ達やロクランたち、その他あの応接室に居た人たちは今ごろ動き回っているだろう。
それに比べたら、あたしはまだラクが出来ているのは分かるのだけれども。
「正直、今回のことは早めに片付いてほしいわね。気になることもあるし」
「気になることとは何だ、ウィン?」
レノックス様が不思議そうな顔を浮かべる。
「馬車に乗っていて窓から巡礼客を見てたら思いついたのよ。今回は共同墓所から持ち出したのよね?」
「ああ。確認作業はこれからだろうがな」
「ええ。それでね、王都以外から盗んできたものをマジックバッグで持ち込んでいたら、どのくらいの量になるのかなって思ったのよ」
『あー……』
みんなはあたしの言葉で困ったような表情を浮かべた。
でも他所から人骨を持ち込んでいる可能性だって、否定できないと思うんですよ。
「確かにその通りだが、結局は早めに調査を進めるしかない」
「それはその通りね」
それでもあたしとしては、モヤモヤした気分が残っていた。
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