01.呪いのせいですよ
王立国教会本部の医務室、その近くにある応接室であたしたち『敢然たる詩』は待機していた。
今日たまたま見かけたヘンな人物をあたしが報告すると、レノックス様が追跡を王国の暗部に指示することになった。
そのあと王立国教会の格闘神官の訓練施設でなぜかスパーリングをしていたら、問題のヘンな人物が呪いを掛けられて国教会に担ぎ込まれた。
どうにも情報を整理すると、担ぎ込んだのはデイブと (ジェイクに呪いをかけて逃亡した)ザックという元神官、そしてヘンな人物を追っていた暗部の人たちらしい。
医務室であたしやレノックス様が経緯を確認しているあいだに、ブライアーズ学園の附属病院から応援でエイダン先生が来た。
呪いを掛けられた人物が固形物を飲み込んでいるそうで、切開手術をしてそれを取り出すのだそうだ。
三十分ほどで手術が終わるとのことだったので、あたし達は医務室を出て近くの応接室で待っている。
この世界は回復魔法がある関係で、人体の再建は大病院では無くても魔力次第で手軽に行える。
ただ今回のように異物を飲み込んでしまったとか、埋め込まれてしまったというような特殊なケースでは、外科のアプローチが必要なのだそうだ。
あたし達としては今回は巻き込まれた感じであるし、情報を得たら続きの調査は王国に任せて学院に帰ろうという話になっていた。
「どうやら来たみたいだぞ」
「そうね。手術を受けた人も連れて来てるわね」
応接室に近づいてくる気配を察したカリオがみんなに告げるけれど、なかなかぞろぞろと人数が増えてしまっているみたいだ。
男性を追跡するのを指示したのがレノックス様だし、第三王子殿下としての命令ということだとどうしても物々しい感じになりそうだよね。
普段の言動から察するに内心面倒がる気もするけれど、ここで丁寧に接するのがレノックス様だよなと考えたりもする。
するとあたし達が待っていた応接室の扉がノックされた。
「入ってくれ」
レノックス様の言葉で扉が開き、廊下から案の定ぞろぞろと人が入ってきた。
あたし達をずっと案内してくれている枢機卿に、手術に来てくれたエイダン先生。
あとはデイブとロクランと暗部の人たちに、ザックという元神官の姿もある。
手術を受けた男性もいるけれど、顔色は良さそうだ。
応接室自体が広いから、少しくらい人が増えても大丈夫なんだけれども。
レノックス様がイスから立ち上がったので、あたし達も彼に倣って立ち上がる。
「報告を頼む」
「承知いたしました」
レノックス様の言葉に応えたのは暗部の男性だった。
彼の報告によると無事に手術が終わり、本人も健康であるとのこと。
カンタンに本人から聴取は行ったが、直接話を聞こうと同行してもらったとのことだった。
「わかった――、手間を掛ける。自己紹介と、王都を訪ねた経緯を教えてほしい」
レノックス様は暗部の人から視線を移し、手術を受けた男性に話しかけた。
「はい。この度は私をお救い下さり、本当にありがとうございました第三王子殿下!」
「あなたが助かって良かった。オレは今日は学生として国教会を訪ねている。諸事情で周りの者に指示を出してはいるが、この場ではレノと呼んでくれたら助かる」
そう告げてレノックス様が微笑むと、男性は嬉しそうな表情を浮かべた。
「承知しましたレノ様。私はピエール・ブーシェといいます。菓子職人ですがフサルーナ王国北部の実家の食堂で仕事をしています。今回長期の休みをもらって、魔神さまの聖地を巡礼に訪ねました――」
ピエールはそう言って、自己紹介から話を始めた。
当初ピエールは、どうやら観光メインの旅行を意図していたようだ。
でも『魔神の加護』の話を王都で知り、職人仕事に活かしたいと祈って五倍の効果の加護を得たという。
それですっかり魔神さまの信者になり、中央広場や王都内の教会や礼拝所を中心に熱心に王都観光を行っていたらしい。
そうして今日になって、見知らぬ魔族に声を掛けられたのだという。
「思えば、なぜ私は……、相手が旧友に等しい人間だと思ってしまったのか……」
言葉に詰まるピエールだったけれど、そこで説明を加える人間がいた。
「呪いのせいですよ、相手はかなりの使い手だったようです」
「おまえは?」
レノックス様が問うと、ザックが恭しく一礼した。
こうやって見ていると知性を感じる雰囲気があるし、こんな人がどうしてジェイクに呪いをかけて逃げてしまったのか。
『王家の秘密』やザックに纏わる話などを魔神さまから聞いていなければ、首を傾げるばかりだったと思う。
でもブッ飛ばすのは変わりませんとも、うん。
「申し遅れました、第三王子殿下――レノックス様。私はザック・モンターニュと名乗っております。以前愚かなことをして、学院の生徒に呪いをかけて逃亡しておりました」
そう告げてからザックは再度丁寧に礼をした。
「そうか、おまえが。まあ今はその話はいい。ピエール殿に掛けられた呪いの話をして欲しいが、お前に任せればいいのか?」
「僭越ながら」
「よし、説明を」
レノックス様に促され、ザックは説明を始めた。
「ピエールさんに掛けられていた呪いですが、大別すると二種類のグループに分けられます。一つは意識の操作の呪いで、もう一つは人体破壊の呪いです――」
ザックによれば意識操作の呪いは、旧友の認識、多幸感増大、信仰心増大、承認欲求増大、指示の刷り込みなどが掛けられていたという。
「まだあるのか……?」
「はい――」
人体破壊――要するにピエールの身体を傷つけるような呪いは、脳神経系破壊、記憶破壊、運動機能破壊、炎症の発症が掛けられていたらしい。
なかでも炎症を発生させる呪いは、ピエールに飲み込ませた小さな魔石に掛けられていたようだ。
「総じて隠ぺい性が高く、ある程度魔力の流れを読める人間でないと気づかない類いのものでした。私からの報告は以上です」
『………………』
ザックからの説明で、あたし達は絶句していた。
どうしてそんなに呪いを重ね掛けする必要があったのだろうか。
こればかりは、呪いを掛けた奴にしか分からないだろうけれども。
それでもあたし達『敢然たる詩』のメンバー以外は、その場の人たちは表情を崩していない。
多分ここに来るまでに、事前に情報のすり合わせをしてあるんじゃないだろうか。
でなければちょっと異様な話に感じるだろう。
そこまで考えるとレノックス様が口を開く。
「分かった。おまえらは現場でどう感じた?」
「はい。いま報告がありましたが、我々は察知することが出来ませんでした」
「なるほどな」
暗部の人たちとレノックス様のやり取りを聞いて、あたしはデイブに視線を向ける。
するとあたしの視線に気づいたデイブは、一つ頷いたあとに肩をすくめて苦笑した。
あの様子だとデイブでも、気配の察知とかで呪いに気付くのは難しかったんだろうな。
「少々よろしいですか」
そう言ってザックが手を挙げる。
何か補足でもあるんだろうか。
「どうした?」
「現場には私も居ましたが、あれは呪いを普段から扱っていないと気づかないと思います。ですので……」
少しだけ言葉を選んだ後に頷いて、ザックが提案した。
「王国では宮廷魔法使いに呪いの研究者が居たはずです。呪いを検知する訓練を騎士団に導入するのも一案でしょう」
「そうか。よし、呪いに関しては分かった。ピエール殿から話を聞こう」
「承知いたしましたレノ様」
ピエールはそう言ってから頷いた。
「状況を考えるに、あなたは魔族に呪いを掛けられたようだ。その上で何かをさせられた。あなたは何をさせられたのだ? その記憶はあるだろうか?」
「はい。先ほどの繰り返しになりますが、今となっては何故信じたのか……」
ピエールはそう言って視線を床に向ける。
「もうその話は分かった。情報をくれれば全ての行動を不問とする。オレの名において保証しよう」
なるほど、ピエールは何か自分が行ったことで不安になっているのか。
そこまで察することが出来たのは、さすがのレノックス様だよね。
まあ、王子さま相手だから萎縮しているとも言えるのだろうけれども。
そうしてあたし達は、ピエールが何をしていたのかの話を聞き始めた。
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