10.呪いの悪辣さから言って
目の前で行われているナイジェルとのスパーリングで、キャリルは無難に身体強化を行うのみだった。
雷霆流の身体強化技法である雷陣を使わなかったのだけれど、とても集中した表情をしている。
あたしとのスパーリングとは違って妙に落ち着いて集中し、ナイジェルの『速さ』に対処しているんですよ。
あれならあたしとのスパーリングも、武術研で行う奴はともかく、ティルグレース伯爵家の敷地で行うときは手を抜いてくれるだろうか。
いや、そうやって考えていた時期がありました状態になる未来も、どうにも想像できるんです。
そう思って遠い目をしながら見学していると、ロクランが魔法による連絡で誰かと話し始めた。
「――ああ、大丈夫だ。いま国教会本部の神官戦士団の訓練施設に居る。――ん? ――分かった、すぐそっちに行く」
どこかからの呼び出しだろうか。
そう思ってあたしはロクランに視線を向ける。
彼は魔法での連絡を続けている。
「ナイジェルとウィンのお嬢がいるがどうする? ――ああ、――ああ、――――分かった」
どうやらそこまで話して連絡を終えたようで、彼はあたしに視線を向けた。
「デイブからだ。妙な件に巻き込まれて、国教会のこの敷地にいるらしい。お嬢もレノックス様たちと一緒に呼んでくれとさ」
「え? あたしたちも? ……というか、なんでデイブがこの敷地に居るの?」
元々ナイジェルやロクランとは別件で、王立国教会に来ていたのだろうか。
そこまで考えたけれど、どうにも違うようだった。
「商業地区で妙な奴を見つけたらしい」
「妙な奴?」
「ヤバい呪いを幾つも掛けられてたそうだが、元神官といたから対処して担ぎ込んだようだ」
そこまで話してロクランは神官戦士団の訓練施設の中を見渡す。
「それも、レノックス様の指示で尾行してた奴らしいんだが?」
「はあっ?」
まさかあたし達が共同墓所で見かけた奇妙な人物じゃあ無いだろうな。
もしそうなら意味が分からないのだけれども。
「だからお嬢たちを連れて来いっていうのは、詳しくいえば呪われてた奴を追ってた連中から話を聞いての判断だな」
「そうなんだ?」
どうにもよく分からない話だけれど、何となく共同墓所で見かけた件と繋がっている予感がした。
そこまで思いを巡らせていたところで、キャリルがこちらにやってきた。
あたしとロクランの様子に気づいて、スパーリングを切り上げてきたんだろうか。
「何かあったんですの?」
「詳しい話は後でするわ。ちょっと場所を変えるわよ? みんなも呼ばないと」
「分かりましたの」
あたしとキャリルが話している横で、ナイジェルはロクランに簡単に説明を受けているようだ。
どうにも主語をぼかした話し方だけど、ナイジェルはここで『白の衝撃』の人たちの相手をするように言われていた。
あたしが声を掛けるまでもなく、レノックス様がコウに声を掛け、カリオがこちらに歩いてくるところだった。
暗部に追跡を任せたのはレノックス様だし、彼にも連絡が伝わったんだろう。
「ウィン、キャリル、ちょっと別の建物に移動するぞ。共同墓所での件で動きがあったみたいだ」
カリオがあたし達にそう告げた。
「分かったわ」
「分かりましたの」
その後レノックス様から神官戦士団の人たちと、『白の衝撃』の皆さんに簡単に挨拶があった。
そしてあたし達はロクランも一緒に訓練施設を離れ、枢機卿の案内で王立国教会の医務室に向かう。
いちど車寄せのある建物に戻り、そこから建物の中を移動して目的の場所に辿り着いた。
医務室の廊下には特徴が無いのが特徴のような人が三人控えているけれど、気配の感じからたぶん暗部の人たちだろうと判断する。
あたし達が近づくと彼らはレノックス様に頭を下げていた。
レノックス様はそれに軽く手で応えて医務室の中に入るけれど、あたし達も彼に続く。
室内に入って直ぐに、奥の方にデイブの気配がすることに気づく。
ここはベッドが幾つも並ぶ大きな部屋だ。
学校にあるような保健室というよりは、歴史を感じる内装をした『石造りの救急救命室』という感じだろう。
そのうち使われているベッドが三つあったけれど、一番奥にデイブがいてベッドの方に視線を向けている。
あたし達はそちらに向かう。
目的のベッドでは、寝かされた患者を挟んで三人の人物が居た。
ひとりは医師のように白衣を着ているけれど、腕組みして見守っている
残りの二人は一人が患者を観察しながら身振り手振りを交えて説明し、もう一人が必死にそれを書き留めていた
あたしたちが近づくと、患者は貫頭衣のような簡素な服装を着せられているのが見えた。
「ようお嬢」
デイブがそう言って軽く手を振る。
「どうしたの?」
「商業地区をそいつと歩いてるときに、呪いを掛けられてる奴をみつけた」
色々と省いた会話だけれど、ここは医務室だしあまり長々と大きな声で話し込むような雰囲気でも無いんだよな。
「だれこの人?」
「お嬢は、落ち着いて聞けよ。お嬢が探してた例の神官だ」
思わず怒りが漏れるが、あたしは息を吐く。
キャリルも今のデイブの言葉で察したのか、厳しい視線を向けている。
「その人が仕込んだ自作自演の可能性は?」
あたしが務めて冷静にデイブに問うと、彼は一つ頷く。
「おれもあとから聞いたんだが、魔神さまの神託があって暗部が昨日の深夜から監視してたそうだ。たからそこからのアリバイは問題無し」
神託かあ。
魔神さまがディアーナを経由して、メッセージを王国に伝えたんだろうな。
たぶんディアーナがあたしの部屋で話してくれた内容だと思う。
「真贋の魔法付きで、これに関わって無いことも確認済みだ」
「そう」
デイブからの説明で、思わず息を吐く。
こんなにため息が出るのは、内心であたしはイラついているのかも知れないな。
「そいつが見付けなかったら、呪われた奴は死んでたみたいだぜ」
「どういうことなの?」
でもあたしの自己分析の思考は、デイブからの話で妨げられた。
「さてな。おれも状況が良く分からんが――、呪われた男を追っかけてた暗部の話だと、背負ってたカバンがいつの間にか無くなってるらしい」
これは判断に悩むところか。
荷物が盗まれたか、どこかで受け渡したか。
でも受け渡したなら、尾行をしていた暗部の人たちが気付くんじゃないだろうか。
「ザックの見立てでは、カバンを背負ってるように呪いで誤魔化してたようだ」
そうなると受け渡したのか、でもカバンをこの男性から盗んだことも呪いで誤魔化していた可能性が否定できないか。
「情報が足りないわね……。誰がやったのかしら?」
あたしの言葉にデイブが肩をすくめる。
「それがわかりゃあ世話はねえんだが、証言待ちだ。ただ、呪いの悪辣さから言って王国の人間じゃあねえだろうとのことだ」
「たぶん魔族だろ?」
横であたしとデイブの言葉を聞いていたロクランが、静かに告げる。
「もしくはその弟子だろうとよ」
参ったな、このタイミングで魔族か。
いま王都は不穏な連中が入り込んでいるんじゃなかったか。
今日会った『白の衝撃』の人たちも、そういう関係で動いてるわけだし。
「それって、“例の組織”と関係あると思う?」
「分からねえ。なぜこの男が狙われたのかが把握できんと話にならん」
そう言ってデイブは首を横に振った。
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