09.当事者意識が強すぎる
白の衝撃の獣人と何回かスパーリングをした後カリオは見学に回っていたが、ふと自分の名が呼ばれたことに気づく。
視線を向けるとレノックスが彼を手招きしているが、傍らには『敢然たる詩』を出迎えた枢機卿の姿もある。
内心首を傾げつつ、カリオはレノックスの下に移動した。
「どうしたんだレノ?」
「ああ、お前から見て彼らはどういう印象だ?」
「なんだ、そんな話か」
そう言ってカリオは安心する。
というのも、共和国国内で人づてに見知った評判などに比べれば、この場で神官戦士団と鍛錬をしている『白の衝撃』の者たちはかなりマシに感じる。
「平たく言って、荒っぽい感じはしないな。スパーリングへのこだわりは妙に熱心だけど、真面目だって言うこともできると思うぞ」
カリオの言葉にレノックスは頷く。
「オレも同感だ。そこで確認なのだが、例えば彼らを一時的に王立国教会の格闘神官のチームに組み込むのは大丈夫と思うか?」
レノックスの本題が分かったことで、カリオは考え込んでしまう。
自分の回答によっては、場合によってはレノックスに迷惑が掛かってしまわないかを考えてしまった。
『白の衝撃』の評判は措くとして、事実として彼らが起こした事件や騒動がそれなりにある。
「事前の根回し次第と思うけれど、共和国にとっては余剰戦力ですらないとおもう」
カリオは言葉を選びながら告げた。
レノックスはその裏にある情報を確認する。
「それは、彼らが秘密組織だからか?」
「それもあるけど、俺が地元で聞いたことがある評判を思いだすと、共和国は持て余してる感じがする」
そう言ってカリオは、神官戦士団の者たちとスパーリングをしつつ談笑する『白の衝撃』の者たちを見やる。
「少なくとも、組織だった戦力として扱うのは勧められないぞ」
カリオの言葉にレノックスは細く息を吐く。
「そこは作戦次第だろう。実際に接してみて、遊撃や切込み要員などは適性がありそうだ」
「そうかなあ……。でも王国がひきうけて面倒見てくれるなら共和国は喜ぶと思うぞ」
カリオはレノックスにそう告げて頷いた。
「分かった。もちろん共和国に確認はするが、わが家にその方向で調整できないか話を上げてみることにする」
我が家というのはもちろんディンラント王家のことだろう。
その事実でカリオは思わず言葉が出る。
「そうなのか? それは最初に話を上げたレノに、何か迷惑が掛かったりしないか?」
カリオの言葉にレノックスは微笑む。
彼としてはその心配は想定外だったようだ。
「何を言っているのだカリオ。王国としても共和国との連携のアピールに使えるし、彼らの独断専行を防げるのではないか?」
「あ、いや、そうだけどな」
カリオとしては『白の衝撃』の面々が、王国の要請などに従うのかが非常に不安を覚えた。
それを察したようにレノックスが補足する。
「オレが思うに、彼らは当事者意識が強すぎるだけなのだ。そこに王国の情報収集能力や神官戦士団の組織力が加われば、良い組み合わせとなるだろう」
そこまで告げて彼は枢機卿に視線を向ける。
「仰る通りです殿下。教会と巡礼客の護衛に貴重な戦力となるでしょう」
枢機卿が同意したことで、カリオの懸念が幾分和らいだ。
その上で彼はレノックスに問う。
「もしかして、今回はそういう見学だったのか?」
「まずかったか?」
さも不思議そうに応えるレノックスに、カリオは苦笑いを浮かべた。
「いや、いいと思うぞ。――ところでコウは?」
「コウなら、さっきからずっと多対一でスパーリングをしているな。あれはあれで鍛錬になりそうだ」
彼らが視線を向けた先では、魔力を纏わせた木刀を振るって多人数相手に動き続けるコウの姿があった。
「俺ももう少し練習しとこうかな」
「そうか、オレは少し席を外すが直ぐ戻る」
レノックスはそう告げて枢機卿と共に訓練施設の外に向かう。
彼を見送ってから、カリオもスパーリング相手を探しに行った。
ザックはその日の午後、デイブと商業地区を歩いていた。
「なにか希望はあるか?」
「いや、普段酒屋でワインは買うけれど、そもそも酒はたしなむ程度なんだ」
そんなことを話しているが、ザックは今日の午前中にあったことを思い出す。
ザックは今日、朝からキュロスカーメン侯爵家の邸宅に呼び出され、延々とサイモンに笑顔で説教をされた。
説教の内容は、『なぜ侯爵家を頼らなかったのか』という言葉に要約出来る。
それだけのために二時間ほどお小言を貰った挙句、魔神アレスマギカからザックの『お仕置き』に関する神託が下った話を聞いた。
そしてサイモンが『そろそろ来ているでしょう』と言って、隣室に呼び寄せていた四人の宮廷魔法使いを室内に招き入れた。
聞けば【誓約】の魔法を合体魔法で掛けて、王国に逆らわないようにさせられるとのことだった。
破ったらその場で気絶するという条件で、その場合は魔法で回復させないと衰弱死とのことだった。
「なにか文句はありますか?」
「いや、ないです」
そんなやり取りの後に魔法を掛けられ、宮廷魔法使いたちが去ったあとに『魔神の巫女の助手兼護衛』という役職がついたことを告げられる。
「ボスからのお目こぼしと思うかい?」
「ほかに理由があるなら言ってみてください」
呆れた笑顔を浮かべてサイモンに告げられるが、そこからは金銭的な話になる。
宮廷から出る役職に対する給料が、五年間は罰金のために棒引きなのは納得した。
加えてブライアーズ学園と話が進んでいるようで、身分詐称で減給になるだろうとのことだった。
すべて自業自得ではあるのだが、魔神からの神託によって王家に秘密裏に消される懸念が解消されたことも伝えられた。
「食費くらいはなんとかなるでしょう。あなたのことです、貯えくらいはあるでしょう?」
「はい……、魔神さまに感謝します……」
自らの命は繋がったのだが、もはや喜ぶべきか悩むべきかザックには分からなかった。
キュロスカーメン侯爵家の邸宅を離れた後、力なく王都の街路をザックは一人歩く。
ふつうの庶民ならこういう時は、酒でも飲んでグチでもこぼすだろうと思い至る。
だが彼は学院卒業後は国教会に所属した。
このため魔道具のことで盛り上がる仲間は居たものの、酒席でくだを巻く相手は居なかった。
そこまで理解して独りで衝撃を受けた後に、ザックは悩んだあげくフレイザー達学生ではなく、デイブを巻き込むことに決めた。
サイモンに魔法で連絡を入れ、ここでも朗らかに苦言を貰いながらデイブの店の情報を得ることに成功した。
その結果ザックはデイブを酒席に誘って現在に至る。
「じゃあ飲むよりは、食う方がメインでいいか」
「付き合わせて済まないね」
「幾つか訊きたいこともあるし構わねえさ」
ザックは自分から声を掛けたものの、デイブの気安さに安どしていた。
デイブが下町育ちと言っていたことを思いだし、ザックは自分も気楽に接していいように思えてくる。
それでも彼は、ノエルやオードラのお説教を思いだし気を引き締める。
「言えないこともあるけれど、私に応えられる範囲なら構わないよ」
「そうか。それなら呪いのことで、ちょっと訊きたいことがあるんだが」
「ああうん、そういう話なら大丈夫だけれど……。それよりデイブさん」
隣を歩くデイブに視線を向けずにザックは言葉を選ぶ。
自身の魔力感知の範囲内に、奇妙なものを見付けてしまったからだ。
「どうした?」
「いま君は呪いの話をしたよね?」
「そうだな」
「目のまえで命にかかわりそうな呪いがてんこ盛りの人を見かけたら、どうしたらいいと思う?」
そう言いながらザックは無詠唱で創造魔法の【魔力検知】を発動する。
あくまでも検知するのみで、魔力の流れを変えるわけでは無い魔法だ。
それによって呪われていると思しき男の魔力の状態を、自身の視覚情報に変換して観察する。
ザックに言われてデイブもまた気配の察知を行い、奇妙な内在魔力の流れ方をする男を特定する。
「そりゃ助けた方がいいだろ」
「そうだよね。多分いま声を掛けられそうになってるあの男の人だけど、今すぐ意識を失わせた方がいい。外からの情報は条件付けになることがある」
商業地区の路上で人の流れの中、デイブとザックは歩きながら話している。
そのまま観察するに、デイブは声を掛けようとする者が気配や身のこなしから王国の暗部の人間だと察する。
「おまえが魔法でパパっと眠らせろよ」
「うーん、私は魔法で眠らせるのはリスキーと思う」
「殴るのは平気と思うか?」
「私は問題無いと思う」
「分かった」
そう応えるのと同時にデイブは動き出す。
直後に呪いを掛けられた男の傍らに立ち、デイブは鳩尾に一撃を加えて意識を刈った。
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