07.対処の話を説明すると
キャリルとナイジェルが、格闘神官と『白の衝撃』の獣人の二人組とスパーリングを始めた。
あたしはロクランと見学をしているのだけれど、はじめて見るナイジェルの動きの速さに驚いている。
ただ、ロクランは『王都のトップクラス』の速さと言うけれど、そこまででは無い気がするんだよな。
フレディさんよりもちょっと遅いくらいだろうか。
スパーリングだから、少し手を抜いているのかも知れないけれど。
見たところ訓練相手の二人は、ユリオの動きよりは見劣りする感じだ。
「もしかして本気を出すと、マルゴーさんとかと同じくらいの速さなの?」
あの人はホントに瞬間移動レベルで動くんだよな。
動作の起こりを消しているのもあるけれど、マルゴーの動きはちょっと察知しづらい。
ゴッドフリーお爺ちゃん並みまでは行かないけれど、けっこうデタラメな速さだ。
「そうだな、マルゴーはいい目安だけど、彼女よりは少し劣るくらいかな」
あたしの言葉にロクランが頷く。
「それでも凄いじゃない……」
「そうなんだが、ナイジェルは突破力が不安なんだ。だからあいつには速度を活かして“調べ物”を頼むことが多いのさ」
「ふーん」
キャリルとナイジェルのスパーリングを見学しながら、あたしは速さへの対策について考え始めていた。
ナイジェルの速度を目にしたりマルゴーの名前が出たことで、以前彼女と『速さ』を相手にするときの話をした事を思い出した。
あの時はトリモチの話とか出たんだよな。
「ねえロクラン?」
「なんだお嬢?」
「一般論なんだけどさ、『速さ』への対策って何かしら?」
あたしの言葉に軽く唸ってから、ロクランは応える。
「一般論だろ? そりゃみんなで囲んで仕留めるのが一番じゃないか?」
いや、確かにそれはそうなんだけれども。
狩人として森で移動速度が速い獲物を仕留めるには、追い込んで狩るのが結局ラクだ。
でもあたしが訊きたいのは一対一の話なんだよな。
「機動力を削るべきじゃあないだろうか、お嬢さん」
「え? あ、はい」
声が大きくなっていたのか、何やら近くにいた格闘神官のおじさんが声を掛けてきた。
あたしに話しかけてきたおじさんは、国教会でサイモン様の騒動があったときにまさにこの場所で会っている。
あたしが『時輪脱力法』を使って治した人だったと思う。
機動力を削ぐのか。
参考に出来るなら歓迎するけれども。
「ええと……、確かにそうなんですよね。いまロクランと話していたんですが、彼はみんなで囲んで仕留めるって言って、でもそれっていまあなたが仰ったことですよね」
「だって基本だろ? 相手の得分野をつぶして、なおかつ弱点を攻める」
ロクランがそう言ってあたしに同意を求める。
言っていることは妥当だよな。
「確かに合理的だねえ、さすが月輪旅団」
また別の人が話しかけてきたけど今度は獣人の青年だ。
「いや、うちの流儀とか関係無く、例えば『かけっこにかけっこで付き合う』のは馬鹿らしくないか?」
『だよねー』
ロクランの言葉に、あたしを含めて周りにいた人たちが一斉に同意した。
あたしの『ラクこそ正義』という信念からすれば、ロクランの視点は参考になりそうな気がする。
そうやって会話の参加者を増やしつつ話をしているうちに、『速さ』への対抗手段が整理された。
対策の方向性を順番に挙げると、以下の三つだろうか。
・勘とか先読みなどの予測や、予知といった能力の使用
・後の先などの技法化された対処技術の使用
・準備が可能なら、地形の利用や罠や毒の利用などの外的要素の活用
前にマルゴーと話した時とは、微妙に切り口が違うのは興味深い気がする。
「――でも大きな前提として、敵役の一撃の破壊力が大きすぎない時の話よね? かすっただけで即終了とかダメだと思うもの」
あたしの言葉にロクランが頷く。
「そんなときはムリせず撤退か、遠距離攻撃だな」
そうだよな、狩人の仕事でも父さんはぜったいに無理しなかったし。
あたしがミスティモントで父さんを手伝っていた時のことを思い出していると、キャリル達のスパーリングが終わったようだった。
キャリルがナイジェルや他の二人とともにあたし達のところに歩いてくると、彼女が声を掛けてきた。
「あら、皆さんで集まって何を話していたんですの?」
あたしが『速さ』への対処の話を説明すると、キャリルは嬉しそうに話を聞いてくれた。
やっぱり戦いの話はご褒美なんだろうな、我がマブダチには。
そう思っているとロクランがナイジェルに声をかける。
「ちょうどいい。ナイジェル、ちょっとお嬢の相手をしてやれ」
相手とな?
それは聞いていないのですが。
まあ、試合じゃなくてスパーリングくらいならいいか。
そう考えていると、ナイジェルが戸惑った表情を浮かべている。
「えー。でも僕、体力を使ったばかりだ」
ナイジェルがそう言った途端、その場にいた人から【治癒】と【回復】と【復調】が一斉にナイジェルに掛けられた。
なにやら地球の商業施設にありそうな、謎のオブジェのような光り方をしているな。
それを見ていたロクランがあたしに告げる。
「面白いだろ、完全回復するから肉体的には完調でやれるみたいなんだ」
「へー……」
だから彼らはいつまでも稽古とかトレーニングをし続けるのか。
そういえば共同墓所でカリオが『共和国でよく聞く話がある』と言っていたけれど、これのことだろうか。
でもそれって脳筋の道な気がするよなと、あたしは考えていた。
あたしがナイジェルとスパーリングをすることが決まると、キャリルが不機嫌そうな声を上げる。
「信じられませんわウィン。わたくしとの関係があるというのに、ここで旅団のお仲間と稽古をするとは」
関係って言われてもな、我がマブダチよ。
「いや、あたしもべつに流れでやることになっただけだし……」
そこまで言ってナイジェルの方に視線を向ける。
「あたしとスパーリングをした後は、キャリルとサシでスパーリングしてくれない?」
「えー……」
ナイジェルが抗議の声を上げようとしたけれど、そこで自分の口を閉じてキャリルの表情を観察する。
何やら彼はこわばった表情を浮かべているけれど、相手がティルグレース伯爵家の令嬢ということでビビっているに違いない。
だんだんとナイジェルは強張った笑みに変わってきたけれど、対するキャリルが胸の前で指を組んで、キラキラと期待するような視線を彼に向けているからだと思う。
我がマブダチのあのワザから逃げられた人を、ティルグレース伯爵家の外であたしは見たことが無いんですよ。
「キャリル様、ご心配なく。ナイジェルには必ず鍛錬のお相手をさせるようにします」
ここまでの流れを観察していたロクランが間髪入れずに宣言すると、キャリルは『お願いいたします』と可憐な笑顔で応えていた。
その表情でナイジェルが毒気を抜かれていたけれど、あたしとしてはそこで気を抜いたらヒドイ目に遭うのを教えた方がいいのか考え始めていた。
あたしとナイジェルは見学者たちから距離を取りながら、ここまでの話をした。
「――そうか『速さ』への対策かあ」
「うん。論点はいま言った三つに整理できたんだけど、切っ掛けはナイジェルに『速さ』があるって話なのよ」
「まあ、僕にはそれしかないからな」
そう言ってナイジェルは自嘲気味に笑う。
「ウィンとのスパーリングってことは、僕は『速さ』を意識して、気持ち本気目で打ち込めばいいんだね?」
「うん、お願いします。母さんとも基本的な『速さ』への対処は練習しているし、みんなとの相談を試したいの」
あたしの言葉に、ナイジェルは困ったような表情を浮かべた。
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