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05.問題がありそうか


 フードを目深に被った旅装の男は、背負い鞄(バックパック)を担いで木立の中の道を進む。


 男が歩道を歩いていると程なく共同墓所の表門に辿り着いた。


 とくに戸惑うようなこともなく門を抜けると、その傍らに地味な色のローブを着込んだ魔族が居る。


 『赤の深淵(アビッソロッソ)』の幹部である『三塔』の一人、ルーチョだった。


 フードを深くかぶっているため、外見上は魔族とは判別できないが。


 その姿を見つけると、男は十年来の友人に再会でもしたかのように嬉しそうに歩み寄る。


 実際のところ、男はルーチョによって呪いをかけられている。


 そのため男にとっては、彼が得難い友人であるように認識させられていた。


「首尾はどうですか?」


「バッチリさ。教わった手順で移し替えてきた」


「素晴らしいです。少し歩きましょう」


 ルーチョは無詠唱で【風操作(ウインドアート)】を使った。


 男の服の適当な場所に、呪いを引き起こす魔法的回路を描き込んだのだ。


 その直後に無詠唱で【状態保持(キープステート)】を使い、自身の魔力を環境魔力に溶け込ませて気配を消す。


 男の服に刻んだ呪いの回路は直ぐに発動し、彼に意識を向ける者にはルーチョと似たような背丈の者が見えるはずだ。


 実体のない気配付きの幻影が用意できたのを確認し、ルーチョは満足そうな笑みを浮かべた。


「それでは手はず通り、ここからは引き継ぎます」


 そう言いながら流れるような魔法の発動で、男の服に別の呪いの回路を描いておく。


 これにより、男の姿は現在のままで固定される。


「分かった。私の所には、いつ御使いさまが来るんだ?」


 そう言いながら彼は、自身の背負い鞄(バックパック)を下ろしてルーチョに手渡す。


 もっとも、男を尾行している暗部の者を含め、周囲の人間にはそのような受け渡しは認識できなかったのだが。


「今日中には来ると思います」


「そうか! 私もようやく魔神さまの奇跡が頂けるんだな!」


 男の言動に一切関心を示さず、ルーチョは笑顔で伝える。


「いいですか、あなたの名前とどこから来たかを問う人は、真の魔神様の御使いです」


 そう言いながらルーチョは更なる呪いを仕込んでいく。


「あなたは仕事を成し遂げたのです。やっぱりあなたの安全のためにも、人通りの多い所を歩き続けなさい。――いいですね?」


「分かった」


「今日という日があなたにとって、良き日と成りますように」


 最後に少しだけ真剣な表情を浮かべてそう告げて、彼らは黙って歩いた。


 やがてルーチョは大き目の四つ辻で男から離れ、別の方向へと歩いていく。


 それでもルーチョを追う者は居なかったし、彼も振り返ることは無い。


 ルーチョが刻んだ呪いの一つは、男が自己紹介を求められて応えることで発動する。


 その結果、多幸感が暴走して内在魔力で脳神経系が焼き切れることになるだろう。


 今日の昼に、ルーチョが商業地区の食堂で見つけた単身の巡礼客だ。


 魔神の信者が何人減っても、ルーチョには何の痛痒もない。


 それでも苦しまずに往ける様にだけは、こだわって仕込んである。


「甘美なるは死を以て完成する(わざ)でしょうか、――やっぱり」


 そう呟いてルーチョは満足そうに笑みを浮かべる。


 その時には、すでに男のことを自身の頭から消し去っている。


 回収した背負い鞄の確認は必要無いだろう。


 駄目ならセラフィーナに自分で行かせればいい。


 そう思いつつ、ルーチョは王都の道を歩いて行った。




 あたしの秘かな抵抗もむなしく、あっという間に王立国教会の本部に到着してしまった。


「おかしい、どうしてこうなったのかしら」


 中央広場に面した大聖堂の方では無くて、車寄せのある入り口を見ながら思わず呟いてしまう。


 半ば現実逃避しながらここまでのことを思いだす。


 共同墓所を出たあたし達は、身体強化と気配遮断をして王都を駆けた。


 道すがら『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』ではなく『王都都市計画研究会』としての活動ということで足を止める。


 みんなはメモを取ったりしていたのだけれど、あたしは自分の“役割”のひとつ『都市栄養士補佐』を伸ばす (という名目の)ために屋台に突撃しようとした。


「なあウィン。冒険者ギルドの支部長に、屋台はヤバいって言われたんじゃないのか」


 うるさいなあカリオめ。


「でもあたしはいま、ヤバい感じはしないわよ?」


「確かにそうなんだよな……。支部長クラスじゃないと分からないんだろうか」


 あたしとカリオのやり取りをみてコウが告げる。


「今日は何かあってもレノの手勢の人たちもいるし、屋台くらいは大丈夫なんじゃないかな?」


 さすがだなコウ、モテる男の子は違うよね。


「カリオとは違うわね、うん」


「なにか微妙にハラが立つ言い方だなウィン」


「気のせいじゃないかしら?」


 そんなことを言いつつも、結局みんなにも同意させてクレープの屋台に向かった。


 みんなでもきゅもきゅと頂いて幸せを噛み締め、二軒目に突撃しようとした。


 だがここで待ったがかかる。


「お待ちなさいウィン、そろそろ行きますわよ? スパーリングをするには早めに行くべきですわ」


 マブダチよ、目の前のドーナツ屋台に挑むのは諦めろというのか。


「でもキャリル、ここだけでも「お腹を空かせた方が美味しく頂けますわよウィン」」


 あたしの言葉に割込んでそう言って、キャリルはキラキラと輝く笑みを浮かべている。


 ぐぬぬ――


 あたしとキャリルのやり取りを見ていたレノックス様が、苦笑しながら告げた。


「情報集めをしておきたいのは事実なのだウィン」


「はあ……、分かったわよ」


 そうして移動を再開したのだけれど、あっという間に到着した。




 ここまでの流れを頭の中でチェックしつつ、みんなと建物入り口に入る。


 そこには法衣を着た男性と、白を基調にした制服を着た男性があたし達を待っていた。


 彼らはレノックス様に挨拶したけれど、法衣の人は枢機卿さまで制服の人は神官戦士団の幹部らしい。


 どうやらすでに連絡が行っていて、レノックス様が交流目的で『白の衝撃(インパットビアンコ)』の実働部隊を訪ねることは当人たちに伝えたらしい。


 ちなみに大喜びだったそうだが、それを聞いてレノックス様は表情を緩める。


「それで殿下、現在までの経緯を説明いたしましょうか?」


 枢機卿さまがそう言ってくれるけれど、レノックス様が首を横に振る。


「いや、お前たちの見立てで、問題がありそうかどうかだけ教えてくれ」


 レノックス様がそう告げると、枢機卿さまと神官戦士団幹部は顔を見合わせて頷く。


「問題があるか無いかでいえばありますが……」


「ええ。ですが聖セデスルシス学園から神官戦士団(うち)に来たばかりの者らと比べれば、かなりマシでしょう」


 枢機卿さまと幹部の人が順に話すけれど、レノックス様はその言葉に微笑む。


「そうか、なら直接向かおう」


「承知しました」


 枢機卿さまがそう応えて、神官戦士団幹部の人と案内してくれることになった。


 ここまでのやり取りで個人的には、ユリオの仲間たちが問題があるというのが引っかかった。


 それと同時に、聖セデスルシス学園から来たばかりの人たちの方が問題あるということも謎だった。


 ちなみに後者についてあとで聞いた話では、神官戦士団に入団したばかりの人たちは同期の中で事あるごとに衝突するのだそうだ。


 学生のあいだは教師が指導しても、国教会ではそこまで面倒を見ないとのことだった。


 神官戦士団の訓練施設に向かう前に、レノックス様は枢機卿さまと幹部の人にあたし達を簡単に紹介してくれた。


 あたしとキャリルについては名を名乗ると笑顔で接してくれた。


 どうやら顔が売れているみたいだけれど、細かいことは気にしないことにする。


 なぜか共同墓所の司教さまにも名前を知られてたんだよな。


 その後国教会本部の敷地内を移動し、すぐに訓練施設に到着する。


 何となく気配を探るとユリオの気配の他に、ナイジェルとロクランの気配がした。


 デイブの話ではナイジェルはユリオたちに気に入られたみたいだし、ここに居るのは分かる。


 ロクランはまさか今日も昼間から、隙あらばお酒を売りつけようと訪ねているのだろうか。


「どうしたんだいウィン?」


 あたしが思わずため息をつくと、コウが苦笑しながら声を掛けてくれた。


 まだスパーリングを嫌がってるんだと思ってるのかも知れないな。


 それはもちろんその通りです、うん。


「いや、うちの仲間がなにかやらかして無いか心配になっただけなの。気にしないで」


 あたしがそう応えると、コウは笑顔で頷いてくれた。





お読みいただきありがとうございます。




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