04.心根は大丈夫だろう
妙に気になる人を見かけたけれど、レノックス様が暗部の人たちに対応を投げてくれた。
王国の諜報とか裏仕事の主担当を行っている人たちなら、人物調査はうまくやってくれるだろう。
あたしの勘違いだったらそれはそれで構わない。
そんなことを考えつつ、あたしはみんなと共に奥に進む。
いま司教さまに案内されて、『敢然たる詩』のメンバーは地下一階の礼拝堂の中を歩いている。
「ここは竜のレリーフは無いのね」
「ああ。王族の礼拝堂だけなのだ」
あたしの言葉にレノックス様が応える。
キャリルはティルグレース伯爵家の付き合いで来たことがあるみたいだけれど、事前に特に何も言っていなかったんだよな。
特徴的なのは、礼拝堂と言いつつ両側の壁の上の方に、教会にあるような神々の像が安置されていることだろうか。
薬神さま、要するにソフィエンタの像もあって、個人的にはホッとしてしまう。
「こちらの共同墓所の特徴は、祭壇の奥に掲げられているあちらの聖印を象ったリングになります」
「あのリングが、祭礼の折には創造神さまの依り代として扱われるのですわね」
キャリルの確認の言葉に司教さまが嬉しそうに頷く。
「左様にございます」
『へー……』
依り代という単語が聞こえたけれど、創造神さまについては神像を作るわけでは無いそうだ。
そのあたりはまたカリオが、躊躇なく司教さまに真正面から確認して居た。
司教さまによれば創造神さまについては、神託を得られたことが無くその姿が秘されたままという扱いなのだそうだ。
「どうしたんだいウィン」
「え゛? なんでもないわ。……ちょっと壁の神像に見入っていたの」
司教さまの説明で創造神さまの姿の話になり、以前あたしがカー〇ルおじさんと呼んだことを想起して一人で冷や汗をかいていただけだ。
確かに創造神さま自身や、あの場に居たタジーリャ様とかソフィエンタには怒られなかった。
けれど万が一国教会の人にバレたら、地の果てまでも追跡されて全力でお説教される気がする。
まあ、そんなことを国教会関係者に白状しても、変人扱いされるだけだろうか。
そんなことはあったけれど、他にも祭壇のところにニナが言っていた【収納】の機能の魔道具の説明もあった。
詳細は秘密らしいけれど、この礼拝堂の祭壇から骨壺を納めることが出来るそうだ。
因みにこの大陸では、大半の国が火葬を採用している。
理由としては土葬にすると、条件が揃ったときにゾンビなどのアンデッドになるからだ。
そうして無事に、高位貴族用の礼拝堂の案内は進んだ。
「この下の階に一般の貴族用の礼拝堂があるのね」
「そうですわね。さらにその下には、庶民用の礼拝堂が各階ごとにありますわね」
『ふーん』
あたしとコウとカリオは初訪問だし、何というか観光客の反応になってしまっていた。
そこまで案内してもらってから階段を上がって一階に戻る。
司教さまは国教会の神官の人に案内を引き継いで、あたし達は応接室に移動した。
共同墓所の応接室は王族用というわけでは無くて、国教会用の部屋らしい。
簡素だけれど品のいい調度品で設えられている。
「それでウィン、『カリオからの話』で新しい情報があるのだな?」
「ええ。防音にするわね」
「頼む」
あたしは【風操作】でみんなを不可視の防音壁で囲んでから、説明を始めた。
「まず『白の衝撃』の実働部隊だけれど、王立国教会で好き勝手に過ごしているみたい」
『え……?』
ホントに疑問符しか浮かばないよね。
思わず嘆息してから、あたしはやや端折りながらデイブから聞いた説明をみんなに話した。
「――ということで、彼らの方針はいま言った三つね」
王都に馴染むこと、闇ギルドを監視・けん制すること、『赤の深淵』への警戒と即応、その辺りを説明してある。
「そういうことか」
レノックス様があたしの説明に考え込む。
「他にも気になる情報があるの。知り合いから聞いてデイブ達も情報を集めているのだけれど、闇ギルドが王都に手練れを集めているみたいなの」
「共和国では、闇ギルドが『赤の深淵』を目の敵にしてるのは有名だぞ」
「それはどういう話なんだい?」
「ひどい話よ」
コウは聞いたことが無かったのだろうか。
「簡単に言えば『赤の深淵』が、闇ギルドの身内の子供をまき込んで禁術の生贄にしたの。生贄にされたうちの何人かは魂が傷ついて、蘇生が出来る状態じゃあ無かったそうよ」
「生贄は全員死んでたらしいが、魔法で意識を書き換えられて、自分で自分を解体させられたそうだ……」
『…………』
みんなはだまり込んでしまう。
言うつもりが無かったあたしの言葉にカリオが補足したけれど、殺気ともちがう覇気のような気配が微かに漏れ出ていた。
話を聞いてコウは哀しそうな目をしている。
そのまま彼は手を合わせ、目をつぶって祈りをささげた後に告げた。
「よく分かった――。闇ギルドはボクにとっては敵だけれど、彼らを斬るのは今回は後まわしでもいいんだね」
「そうね、それでいいわね」
室内が重い空気になってしまったけれど、レノックス様が口を開く。
「いま聞いた情報は、我が家に伝えて構わんなウィン?」
「ええ。レノの家の手勢なら把握しているでしょうけれど、大丈夫よ」
「分かった。それにしても……」
レノックス様がそこまで言って言葉を探すような表情を浮かべる。
「どうしたんですのレノ?」
「いや、ウィンからの『白の衝撃』の情報は貴重だと思ってな」
「ええと……」
レノックス様は薄く笑みを浮かべる。
あたしはデイブから聞いた通り、『白の衝撃』の人たちが王立国教会本部の神官戦士団の人たちと意気投合した話を伝えた。
試合や稽古や、宴会じみた食事会の話だ。
笑うような要素があっただろうかと思いつつ戸惑っていると、彼は話を続けた。
「王立国教会はその名の通り、王国の組織だ」
「そうね」
「そこの神官戦士団の連中は、わが家の行事でも接点があるのだ。だから彼らと意気投合したなら、『白の衝撃』の連中はその心根は大丈夫だろう」
「心配事が一つ減ったということですのね」
「そういうことだ」
キャリルの言葉に彼は頷いている。
レノックス様がそう言う以上、多分事実なのだろう。
もっとも、さっきまでの『赤の深淵』の連中の話で重くなった雰囲気を変えたかったのかも知れないけれども。
あたしがふと考え込んでいると、キャリルがハッとした表情を浮かべた。
「そういうことでしたらウィン、今こそその時ですわ!」
「ええと、何の話かしら?」
「いつもの鋭さはどうしたんですの? 鈍いですわねウィン。そういうことならすぐにでもスパーリングに行くべきですわ! そう言いたいのです!」
キャリルはそう告げて目をシャキーンと輝かせた。
「ああ、うん……」
場の雰囲気を変えるために、キャリルもそう言ってくれているのかも知れない。
でも変える方向を選ぶわけにはいかないのでしょうか。
そう思っていたら、キャリルが花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべる。
「ウィンがようやく『うん』と言って下さいましたわ」
「あ、いやキャリル、そうじゃなくてね……」
あたしが我に返って指摘しようとするとコウが告げる。
「ユリオさんと同じ組織の人たちか、鍛錬になりそうだね」
「連中については俺は共和国でよく聞く話があるけど、いまは黙っとくぞ」
どうしようこれ、あたしはブレーキをかけるタイミングを間違えたのだろうか。
レノックス様が何やら苦笑しているけれど、彼には思うところがあるんだろうか。
最後の安全装置ということなら、いま頼らずにいつ頼るんだ。
「ええと、レノ? べつにスパーリングは必要無いわよね?」
「オレとしても情報集めになる。正確には暗部が情報集めする名目になるが、まあ見学するなら構わんだろう」
情報集めかあ。
でもさっきあなたは『その心根は大丈夫』とか言ってませんでしたか。
というかホントに見学で済むのでしょうか。
「レノ、『王都都市計画研究会』としての活動はどうなるのかしら?」
「心配せずとも移動中に行えばいいだろう」
「行きますわよウィン!」
そう言ってキャリルは嬉しそうに立ち上がった。
あたしとしてはこれから行くのかと思い、長めに息を吐いていた。
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