12.観光にってワケには
王都ディンルークの北西部には高位貴族の邸宅並みの広さの公園があって、その中には共同墓所があるそうだ。
あるそうだというのは、あたしは行ったことが無いからだ。
「共同墓所ってお墓よね? 亡くなった人の埋葬場所だけれど、観光目的で行くっていうのは初耳よ?」
あたしがニナに告げると、彼女以外の実習班のみんなは頷いている。
「そうかの? 確かに宗教的な意味合いが強い場所ではあるのじゃが、魔法的にはなかなか興味深い場所と思うのじゃ――」
ニナの説明では、都市国家などでは城壁の外側に墓地や墓所を作ることが多いらしい。
けれども王都では、城壁の内側に墓所が作られている。
「これは王国以外では、周辺国でも首都くらいなのじゃ」
「どうして首都だけなんニナちゃん?」
サラの問いに頷いて彼女は応える。
「そうじゃのう……。権威付けのためと言われておるし、その為に必要な魔法の研究に有利じゃったからとも言われておるが、いろんな要素があると思うのじゃ」
『ふーん』
権威付けというのをニナに訊いてみると、王都の共同墓所は王族や貴族だけではなく庶民も埋葬されているそうだ。
庶民も自身の先祖の墓参りをしながら、自動的に王家や貴族の権威を感じられるようになっているという。
「ニナが言っていることはその通りなのでしょうね。わたくしも共同墓所は訪ねたことがありますもの」
「でもキャリル、貴族家の場合は領地がある家は、本邸がある街に埋葬されるんじゃないの?」
あたしが確認すると、ティルグレース伯爵家の話ではなく、付き合いのある貴族家の葬儀で訪ねたことがあるそうだ。
「墓所は地上部分は王族が埋葬され、数百年経過すると“ディンアクアの石碑”に移されるそうですわ」
ディンアクアの石碑というのは、王都の南にあるサンクトカエルレアス湖のほとりにある、地球のビルを思わせる巨大な石碑のことだ。
「あの石碑って、お墓なん?」
「詳細は不明ですが、王族だけが中に入れるという話を聞いたことがありますの」
『ふーん』
「ディンアクアの石碑が王族しか入れないなら、共同墓所の地上部分もちょっと観光にってワケには行かないんじゃないの?」
あたしが疑問の声を上げると、ニナが説明してくれた。
彼女によれば共同墓所の王族の墓所は、外陣と内陣に分かれているという。
公式行事が無いときは、外陣なら庶民なども礼拝できるそうだ。
「そして王族以外はすべて地下に埋葬されるのじゃが、位が高い貴族ほど入り口近くになり、庶民は低層とのことなのじゃ」
「話を聞く限り、さっきニナが言っていた『魔法の研究に有利』という要素が無いと思うのですが」
ジューンが指摘するけれど、確かにここまでの話に魔法は関係無かった気がする。
強いていえばディンアクアの石碑だとか王族の墓所の内陣は、関係者立ち入り禁止ということで魔法的な仕掛けがあるのかもしれないけれど。
ところがニナは愉快そうに微笑む。
「いまのディンルークの人口は約数十万人なのじゃ。この王都の歴史は王国の歴史と等しいと思うのじゃが、建国から二千年経っているのじゃ」
ここまでの話の流れで、共同墓所の話に関係する話というのは直ぐに思いつく。
長い年月を経れば、とんでもない数を埋葬して今に至るはずだ。
「それは……。その歴史の中で人々は、どこに埋葬されたのかということですか?」
「うむ。加えてジューン、普通の方法で埋葬しきれたかのう?」
ニナがそう告げると、ジューンは直ぐに頷く。
「そういう事ですか。【収納】の魔法ですね?」
「正解なのじゃ」
ニナはそう言ってお茶を一口飲んだ。
現地に行ったことがあるキャリルも説明してくれたけれど、共同墓所には建築レベルで【収納】の効果がある魔道具の仕組みがあるそうだ。
「わたくしが聞いたのは、墓守の王国関係者以外は地下五階層までしか入れないそうですの。魔道具の本体があるとすれば、そこからさらに奥かもしれませんわ」
「そのようじゃの。地下五階層から下にも階層があるようじゃが、妾が墓守に訊いても何階層あるかは教えてくれなかったのじゃ」
『ふーん』
あたしとしてはまるでダンジョンみたいだなと思ったけれど、ニナは否定していた。
どうやら魔獣などは一切出ないそうだ。
「加えて『王都地下の古代遺跡』の入り口があるのではという噂もあるようじゃが、これは王国の方から否定されているそうなのじゃ」
その話はライゾウをはじめとした、史跡研究会の人たちが気になる話題だろうか。
でもレノックス様もライゾウと一緒に史跡研で動いているし、ニナが言うとおり共同墓所には入り口は無いということなんだろう。
「そういえばニナ、建築レベルで【収納】の魔道具が作られているとのことですが、まさか……」
「ジューンは矢張り気にすると思ったのじゃ。察しの通り、環境魔力を取り込む魔道具の最初期の機構が採用されているらしいのじゃ」
「やっぱり! 魔石で賄うにはあまりに巨大すぎますよね! それは観に行きたいです!」
「まあ、訪ねても仕組みまでは見せてくれないのじゃ。魔力の流れを読むだけでも面白いがのう」
ニナとジューンはそんな話で盛り上がっていた。
その後お昼を食べ終えてからもみんなとお喋りをしていると、デイブから魔法で連絡があった。
「お嬢、メシ時にスマン。今ちょっといいか?」
「ええと、いま学院の食堂なの、すぐ折り返すから待ってくれる?」
「分かった」
そこまで話して連絡を一度切り、みんなに断わってから席を立つ。
そのまま食器を片付けて食堂を出て、人気のない講義棟の裏手に移動して【風のやまびこ】で連絡を入れた。
多分このタイミングでの連絡なら、問題の白の衝撃の話だろうと頭を切り替える。
マルゴーからの話もあるし、場合によっては大ごとになるかも知れない。
でもデイブが言うように、単純にユリオの手紙を受けて来ただけかもしれない。
まずは話を聞かなければと思いつつ、魔法で連絡を入れる。
「こんにちはデイブ、さっきはごめんなさい」
「こんにちはお嬢、こっちこそ済まねえ。一言でいえばユリオと連絡がついた。その件で情報共有だ」
そう告げるデイブの口調はそこまで緊張感を感じない。
まあ彼の場合は本当に仕事の話では、声色からは何も察せなくなるのだけれども。
「うん、どうなったの?」
「どうやらもう『白の衝撃』の連中は、一昨日の段階で王都に入っていたらしい。巡礼客に紛れて情報屋なんかも追いきれなかったみたいだな」
闇曜日の休みの段階で王都入りしていたなら、人出の多さで察知できなかったということなんだろう。
「ふーん。それで、ユリオさんと同じくやっぱり戦闘狂な感じなの?」
「お察しの通りだ――」
あたしの問いにデイブは細く息を吐き、今日までの流れを順番に教えてくれた。
まず一昨日の段階で、白の衝撃の人たちが王都入りした。
彼らは王立国教会本部の公開エリアを適当に観光し、中央広場に移動する。
そのあと魔神さまが神になった地点で、半日かけて熱心に祈りをささげた。
「えっとそれって、あたし達が『魔神騒乱』で突っ込んだ場所のこと?」
「そうだ。あそこはもう聖地の中心なんだが、あれから行ったことはあるかお嬢?」
いや、とくに無いと思うな。
冒険者ギルドには顔を出しているけれど、中央広場が以前よりも混んでるなくらいの認識しかない。
そうデイブに伝えると、あの地点で魔神さまに祈りをささげるのが巡礼客の定番になっているそうだ。
「一時期、その聖地の中心の石畳を剥がして、持って帰ろうとする馬鹿どもが出て騒ぎになったそうだぜ。いまじゃあ神官戦士団が警備してるらしいけどな」
「あー……、それは大変そうね」
「で、話を戻すが連中は祈りを済ませた後はメシを食って、その後にユリオに連絡を入れたそうだ――」
ユリオはここ最近は神官戦士団に気に入られて、国教会の宿舎に居候していたという。
そして彼は仲間が来ることを、神官戦士団の幹部に告げたらしい。
「そんで連中は会っていきなり意気投合したって話だ。あとはそのまま延々と体術の試合やら稽古と、その合間に宴会じみた食事会を繰り返してたみたいだ」
神官戦士団ていう事は、その人たちは聖職者なんじゃないだろうか。
「宴会って……、国教会本部で行っても大丈夫なの?」
「べつにメシや酒を食らって、穏やかに談笑してる分には問題無いみたいだぜ。かくし芸とか歌とか寸劇とかやり始めたら絞られるそうだがな」
「ふーん」
デイブからそこまで聞いた段階で、あたしはあまり心配いらない気がしてきたのだけれども。
「まさかそれでユリオさんと連絡が付かなかったの?」
「そうだ。――でだ、ロクランが偵察にナイジェルを国教会に送ったんだが、これがマズった」
ナイジェルは彫金師をしている月輪旅団の青年だな。
前に調査の仕事でマーシアと組んだ時に会った気がする。
「まさか揉めたの?」
「逆だ。酒を勧められてノリで飲んで、そのまま機嫌が良くなっちまった」
あたしは思わずその言葉に脱力した。
「だんだん話がどうでも良くなってきたのは気のせいかしら?」
「まあそう言うなって。経緯を知っとけば、どんな連中なのかは察することはできるだろ。使えねえ情報は無いんだぜ?」
「分かったわよ」
あたしはそう応えて一つ嘆息した。
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