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03.その想いを新たにする


 その日の魔法の指導を区切りのいいところで終えたセラフィーナは、クレールに手ごたえを感じたため機嫌がいい。


 そのまま彼女はクレールに何か質問が無いかを確認した。


 するとクレールは少し考え込んでから口を開く。


「いまセラから教わった魔法の話は、みんなが準備してる血神さまと関係するんだし……?」


「もちろんよ! 本当にクレールは最高ね! 王国での仕事が終わったら、我が家に連れて帰るわ! ルーチョを何とか出し抜かなければならないわね」


「どういうことなんだし……?」


 機嫌の良さが振り切れているセラフィーナに戸惑いつつ、クレールは思わず問う。


 だがそれに応えたのは、彼女では無かった――


「ふむ、血神についてクレール氏に応えるには、拙者が登場するでござるよデュフフ」


 突然口調が変わったセラフィーナに戸惑うクレールだったが、表情をうかがうと彼女の雰囲気が変わっていることに気が付いた。


「もしかしてセラじゃあないんだし……?」


「そこも含めて、説明するでござるよデュフフフフ」


 セラフィーナの肉体で妖艶な笑顔を浮かべて、秘神オラシフォンが告げた。


「先ずは自己紹介するでござる。拙者は秘された神――秘神でござる。名前はオラシフォンというでござるよ。デュフフ」


「秘密の神さまという事なんだし……? セラは、どこかに消えたんだし……?」


 クレールとしては、セラフィーナが何かの冗談をしていることにしても構わないと思う。


 その一方で、目の前の彼女の雰囲気が、普段のセラフィーナよりもさらに浮世離れしたものを秘めるのを感じていた。


 だからクレールは、まずはセラフィーナの姿で語るオラシフォンの話を聞いてみることにした。


「消えてはいないゆえ、安心して欲しいでござるよ。拙者がセラフィーナ氏の身体を借りて、いま話をしているのでござる――」


 そうしてオラシフォンはクレールに自身の立場を簡単に説明した。


 神々には二つのグループがある。


 世界はそのままで美しいとするグループと、世界の全ての生き物が頑張るべきとするグループ。


 オラシフォンは自分が後者だと説明したとき、クレールは視線を落とす。


「何となく分かっていたんだし……。神さまは、困っても助けてくれないんだし……?」


 そう告げるクレールの脳裏に、貧民街で栄養失調や病気で倒れ、命を失った隣人たちの顔が浮かぶ。


 彼らと特別親しいということは無かったし、食料などはときに奪い合った。


 それでも隣人たちは、本当に危険な暴力などを前にした時や、死を前にした時には身を寄せ合った。


 そうして見送った幾多の顔が、クレールの脳裏に浮かぶ。


 それを察してか、オラシフォンは告げる。


「そこは少し違うでござる。神々の多くは、頑張る生き物を助けるでござる」


「でも秘神さまは、そのままでいいグループがあるって言ったんだし……?」


「この世界は、この世界で生きる者たちのものでござる。神々はそれを助けるでござる。そのままでいいグループは、空が落ちてきたり、大地が割れたり、風がすべてを切り裂かないように見張っているでござる」


「それは……、たしかに大切なんだし……」


 神々が相手にするもののスケールを、クレールは少しだけ想起する。


 それを見て、オラシフォンは微笑む。


「大切でござるが、そこで終わってしまう神々が多すぎるのでござるよ、デュフフフフ」


「だから、頑張るんだし……?」


「然り。その通りでござる」


 セラフィーナの身体でクレールに語るオラシフォンだったが、その視線はある種の狂気のような深淵を感じさせた。


 だがその視線に臆することなく、クレールは問う。


「でも頑張っても、死んじゃう人達はたくさんいるんだし……」


 あるいはそれは、彼女がこの世界にある種の諦観を持っているからだったかも知れないが。


 目の前にいるのがセラフィーナに入り込んだ神の一柱だとしても、世界は変わらないし悲惨な者は悲惨なままだ。


 その想いを新たにする。


「その通りでござる。そこで血神でござるよ、デュフフフフフ」


 セラフィーナの妖艶な表情で笑うオラシフォンには、何かを確信した目をしていた。


 少なくともクレールには、そのように感じられた。




「ぶっちゃけると生き物の一生は、ある程度生まれる前に自分で決めているでござる」


「そんなことは覚えて無いんだし……」


「その通り。覚えていないゆえに、色々と大変なのでござる。そしてさらにぶっちゃけると、死んだ後はまた世界のどこかや、別の世界に生まれるでござる」


 オラシフォンの言葉に首を傾げつつ、クレールは告げられた内容を噛み締めるように理解していく。


「それは……、もしかして……、おなじことを繰り返すんだし……?」


「然り。そのたびにゼロから頑張るのは、とても効率が悪いのでござるよ。そこで考えたのが血神でござる」


 ここまでの話でどうして血神の話になるのか。


 クレールとしては理解が及ばずに首を傾げるが、その反応を楽しそうに伺いつつ、オラシフォンは告げる。


「血神とは、別の言い方をすればヒトから造られた神であり、『血の聖櫃(せいひつ)』でござる。デュフフフ」


「ええと……、神さまが造られるんだし……?」


「然り。魔神のときと大差無いでござるよ。魔神は拙者たちが造ったでござる」


「魔神……、セラやルーやゼヴやみんなは、魔神がきらいみたいなんだし……」


 実際普段の言動から判断するに、クレールの前では彼らには魔神への忌避感が見られた。


 『赤の深淵(アビッソロッソ)』の構成員たちは、魔神を紛い物だと否定的に捉えている。


 その理由について訊いたことは無かったが、クレールはそういうものだと理解していた。


「そういう者たちは一定数いると思うでござる。なにせ魔神は神になってから日が浅いでござるゆえ、経験不足でござる」


「ふーん……」


「話を戻すでござる。血神はヒトから造り上げる神であり、『血の聖櫃』と呼ぶべき存在でござる」


「“せいひつ”って、なんなんだし……?」


 クレールの問いに、セラフィーナの顔でオラシフォンは機嫌良さそうに頷く。


「確かにセラフィーナ氏が気に入るのは分かるでござるよ。クレール氏は質問のスジがいいでござる。聖櫃とは、この世界では、もともとは教会の偉い人が死んだら入れられる棺のことでござる」


「棺……? 骨壺とは違うんだし……?」


 クレールの問いに、オラシフォンは丁寧に応える。


 この世界ではある時期から、遺体を燃やして骨壺に入れることが増えている。


 だが古くは人が死ぬと、遺体に祈りを捧げてアンデッドなどの魔獣にならないようにしたうえで、棺で土葬にする。


 そういう話を説明した。


「そして血神は『血の聖櫃』として、死んだ者の魂を自分の中に集めるでござるよ」


「それは……、入りきるんだし……?」


「いい質問でござるクレール氏! もちろん人間ではムリでござる! しかーしヒトを神にする段階で、虚時間(イマジナリータイム)を応用して、たっぷり魂が入るように造り替えるでござるよ。デュフフフフ」


 クレールは虚時間については理解が及ばなかったが、直感的にオラシフォンが真実を確信しているように感じた。


 だから彼女は確認する。


「それは……、それなら……、ゼロから頑張らなくていいんだし?」


「然り! 世界の終わりまで、一緒に頑張ればいいでござるよ。それならきっと、みんな寂しくないでござる」


 満足そうに微笑むセラフィーナの笑顔からは、オラシフォンの実感がこもっているようだった。


 その笑顔にクレールは思わず呟く。


「だからみんな、頑張ってるんだし……。わたしももっと、料理を頑張るんだし……」


 秘密組織『赤の深淵』の構成員が、自らの活動に励むということの意味を知らないまま、クレールは決意を新たにした。


「クレール氏の料理には、いつも感謝しているでござるよ。そろそろセラフィーナ氏に身体を返すでござる。また血神について知りたければ、訊くでござるよデュフフフフフ」


「ありがとうなんだし……」


 クレールがオラシフォンに礼を告げた直後、セラフィーナの雰囲気が元に戻る。


 そして彼女は椅子から立ち上がり、クレールの傍らに移動して彼女を抱きしめた。


「クレール! ……ああ、言葉にならないわ!!」


「セラに戻ったんだし……? どうしたんだし……?」


「まったくあなたは……。もしかしたらクレールは、『秘神の巫女』の才能があるのかも知れないわね」


「巫女って何なんだし……?」


 クレールはセラフィーナの満足げな笑みを不思議そうに見上げる。


 同時に彼女は、先ほどオラシフォンから聞いた『寂しくない』という言葉について、思いを巡らせていた。





お読みいただきありがとうございます。




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