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02.魔法的な意味において


「それじゃあ、ホントに一番初めですし、十ミータほどの距離から弓矢を射てみましょうか。まずはあたしの近くに立って、動作をよく見ていてくださいね」


「分かったわウィンさん」


 最初にあたしは、【収納(ストレージ)】から取り出した私物の長弓と矢で、彼女に説明しながら何射かお手本を示した。


「できそうですか?」


「やる!」


 すでに彼女は成功を確信しているようだ。


 やる気がある態度は好感がもてるぞ。


 そうしてあたしは彼女に弓矢を渡す。


 もしも単純に体験してもらうだけなら、あたしは取り回ししやすい短弓を選んだだろう。


 でも今回はフリズの向き不向きを見たい。


 あたしの意図を把握したのか、狩猟部と兼部する先輩たちも、じっと様子を窺っている。


 彼女は弓矢を手にし、呼吸を整えて静かに立った。


 魔力操作による身体強化は行わないように言ってある。


 フリズは先ず腕だけで引いたりせず、あたしのお手本を再現する。


 弓を押し分けてそこで姿勢を保つ。


 姿勢も重心も安定し、視線はあたしが教えていないのに遠くを見ている。


 お手本を観察しただけで再現しているなら、彼女は矢張り『目がいい』のだろう。


 力みは無く、腕の力だけで弦を引いておらず、キチンと背筋が使われている。


 やがてお手本と同じようにして、狙いを定めた彼女は音も無く息を吐く。


 それと同時に矢を放ち、ひどくあっさりとマトにあてた。


『おお~』


 ギャラリーと化している武術研のみんなが声を上げる。


 狩猟部と兼部している先輩たちも、満足そうに目を細めていた。


「もう二本ほど射てもらえますか」


「はーい」


 そうして確認したけれど、フリズの姿勢は崩れることは無かった。


 これなら大丈夫だろう。


 あたしはそう思って、狩猟部にも兼部する先輩たちに視線を送るけれど、全員笑顔で頷いていた。


「はい、いいですよフリズ先輩」


「あ、はい。ありがとう。――ありがとうございます」


 フリズはあたしに長弓を渡してから、あたしやみんなに感謝を述べていた。


「それで、どうかしら?」


「向き不向きでいえば、向いてるとおもいます」


「本当に? ヘンな同情は要らないわよ? そういうのが一番私キライだから」


 めんどくさい人だなあと思いつつも、あたしは苦笑しながら狩猟部にも兼部する先輩たちに確認する。


 先輩たちはあたしよりも丁寧に説明してくれた。


 射た距離は短いけれど、弓矢の扱い方とか狙いの定め方など、お手本を良く参考に出来ていたと褒めていた。


 そこまで話が及んでようやくフリズは安心したのか、勝気な笑顔を浮かべていた。




 王都ディンルークで秘密組織赤の深淵(アビッソロッソ)が拠点として使っている事務所の一室にて、料理番候補の少女であるクレールが魔法の指導を受けている。


 指導しているのは赤の深淵の幹部であるセラフィーナだ。


 といっても本格的な指導が始まったのは今日からだが。


 クレールを拾って来たルーチョがクギを刺したため、セラフィーナは注意深く準備を進めた。


 闇魔法に近い効果をもたらす呪いを使い、クレールに自身の語学に関する記憶の一部を流し込んだ。


 その多くが精神活動に作用する闇魔法を使えば、呪いなどを使う必要は無い。


 だがセラフィーナの場合は時魔法を修めているゆえに、闇魔法を使えない。


 そこで彼女は精神に働きかける魔法的手段には、呪いを常用していた。


 記憶を流し込んだことによる脳神経系の急激な変化に対する拒絶反応は無かったものの、クレールは呪いの副作用で半日ほど放心状態になった。


 これを受けて、ルーチョを筆頭に赤の深淵の構成員たちからセラフィーナはネチネチと泣き言を貰ってしまった。


 それでもセラフィーナが流し込んだ語学の記憶はうまく定着した。


 クレールの意識が普段通りになると、彼女が初めて見る言葉や文字を“既視感と共に想起する”という奇妙な状態に持っていくことに成功した。


 その奇妙な状態は、強制的に流し込んだ『本来は異物である他者の経験知』を、既視感のメカニズムを利用して割込ませる。


 記憶の類似性による脳神経系の誤作動の隙をつき、その結果呪いを受けた者、今回はクレールに定着させていた。


「それでクレール、昨日も聞いたのだけれど、日常生活で困ったような感覚は無いかしら?」


「困ってはいないんだし……。『はじめて見ることを思いだす』のは慣れてきたし……」


「ヘンな気遣いは無用よクレール。それは普段使いの筆記具の中に千年を経た宗教的遺物(レリック)が入っているのを心配するように、ムダな努力なの」


 そう告げるセラフィーナの目は、あたらしい玩具を弄るような好奇心に満ちている。


 もっともクレールに関しては筆頭の料理番候補であり、その立場は自身の食糧事情にも関わってくる。


 それゆえ普段の彼女のように魔道具を魔改造するような勢いで、人体改造を進めることは無かったが。


「前まで不思議だったセラの言葉が、すごく説得力を感じるようになったんだし……」


「うふふ、そうでしょうとも! あなたは魔法的な意味において、わたしの身体の一部を取り込んだようなものですもの」


「わたしはセラを食べたりはしないんだし……」


「もちろん例えよ。でもその味を蜂蜜酒(ミード)のように楽しんでくれているなら、わたしは嬉しいわ」


 そう告げてセラフィーナは蕩けるような笑顔を浮かべる。


 言葉が意味することに納得は出来ないものの、クレールとしては彼女が嬉しそうにしている理由が察せられてしまっていた。


 セラフィーナが想起しているのは、強いていえば自らの血を用いて眷族を増やしているような感覚だろう。


 彼女から呪いを受けたゆえに、クレールはそれを察することができてしまった。


 あるいはこの場に居ないルーチョやゼヴェロ達が把握したら、眉間にシワを作ったかも知れない。


「さて、あなたの身体に大きな不具合が無いようなら、本格的にわたしから魔法を教えてみるわね?」


「興味はあるんだし……。でも『不具合』って言われたのが少し心配なのが不思議だし……」


 自らの身体のことを道具の類いのように言われて、クレールはやや戸惑ってしまう。


「そこは慣れて欲しいわね。最初だしいい機会かもしれないわ。いちばん大切なことを説明しましょうか」


「大切なこと……? を教わるんだし……?」


 クレールの言葉にセラフィーナが柔和な笑みで微笑む。


 その表情だけを見れば聖職者のような純粋さがうかがえる。


 だが純度が高い水が生物にとって危険であるように、セラフィーナの思考には全てを溶かしこむような危険なものが含まれていた。


「クレールには、わたしの実家の使用人に魔法を教えるように指導するけれど、最初に覚えて欲しいことがあるわ」


「教えてほしいんだし……」


「ええ。『肉体は魂の容れ物』という事実よ。これはたとえ話では無くて、どこまでも事実なのは理解できるかしら?」


 そう言ってセラフィーナはクレールの目を覗き込む。


 クレールは彼女の視線に頷いて迷うことなく告げた。


「魂はわたしにはわからないんだし……。でも、身体は心が動かしているんだし……。動かされている身体は、肉屋に並ぶ肉と種類が違うだけなのは分かるんだし……」


 そう言って不思議そうにセラフィーナに首を傾げてみせた。


 クレールの言葉と仕草に、セラフィーナは歓喜の表情を浮かべる。


「いい! いいわクレール!! ブラーヴォよ!!」


「どうしたんだしセラ……?」


 完全に興が乗った表情を浮かべて、セラフィーナは告げる。


「わたし達の先達が研究して、魂の存在は魔法的に完全に証明されているわ。そして我が家では『肉体は魂の容れ物』という二元論を採用するの」


 セラフィーナは、というよりは彼女の実家は『禁忌の門番』と称される魔族の旧家であり、肉体改造に関わる多くの秘伝を有する。


 ゆえに彼女が本格的に他者に魔法を教える場合は、自家の秘伝の入り口にまでは案内するのを常とした。


 そしてそのためには、相手に最初に二元論を仕込む必要があった。


「我が家では、なんだし……? セラフィーナの家の話なんだし……?」


「ええ。でも別の考え方をする人もいるの。身体を動かすから、魂のあり方や心のあり方が決まるという考えよ」


「難しいんだし……。でもわたしは、心は心だと思うんだし……」


「心は魂とほぼ同じよ。魔法的にはそれが一番自然な考え方なのよ。肉屋まで引き合いに出してそれを完全に確信している子は、大成する才能があるわ!」


 心底嬉しそうにそう告げて、セラフィーナはクレールへの指導を開始した。





お読みいただきありがとうございます。




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