12.そういう強さを求めたんだ
ウィクトルのそばに居たい。
そう言いつつ真剣な顔をして「強くなりたい」と告げるフリズに相談され、あたしたちは武術研究会のみんなに相談することを考えた。
以前ケムとガスがどういう武術に向いているかを、ジャニスが見極めたことがあった。
その場に巻き込まれたのだけれど、あの時の経験であたしは色んな人の意見が聞ける方が本人のためには有効だと思ったのだ。
キャリルも賛成してくれたし、フリズを連れて三人で部活用の屋内訓練場に移動した。
ライナスから声を掛けられたので事情を説明したところ、納得したような表情を浮かべる。
彼はあたしに対して色々と偏った認識を持っている気がするけれど、武術の知識は確かだ。
そういう意味で相談するために声を掛けようとしたら、ライナスがフリズに告げる。
「こんにちは、初めましてだな? 武術研のライナス・ディーンだ。魔法科高等部の一年だが、武術にはそれなりに詳しい。宜しく」
「こんにちは、初めまして。私はフリズ・ヴァルターです。魔法科初等部二年で、礼法部に所属します。よろしくお願いいたします」
「ふむ。礼法部で『強くなりたい』となるとあれか、後宮警備を担当する一角騎士団でも目指しているか? なかなか大変だな」
「あ、いえ、それでもいいのですが、より高みを目指したいと思っているのです」
何やらフリズは、ライナスの言葉にそのまま乗ることにしたようだ。
ウィクトルのことを言うつもりは無いという事なんだろうか。
「ですがフリズ先輩、先ほどわたくし達は先輩が強くなりたい理由を聞かせて頂きましたが――」
「キャリルさん、『その件』は色々と配慮が必要ですので、どうか今は内密にお願いいたします」
そう言ってフリズは何やら底意というか、煩悩が漏れ出ているような感じで笑みを浮かべキャリルに告げた。
キャリルとしても、さっき『強くなるのに理由が必要ですか』と言ったのは本音だったのか、特に引っ掛かることも無くフリズの言葉に頷いていた。
あたしとしては余計な横やりを入れるつもりも無いので、黙っていることにする。
たぶんフリズのことだし、武術研とかあたし達に相談したことを秘密にしたいんだろう。
自分の競争相手の女子生徒たちにバレたくないとか、恐らくそういう話だ。
フリズはあたしの友人でも身内でも無いけれど、何となく彼女の思考パターンのようなものが分かってきた気がする。
「まあ、いろいろ事情がありそうなことは分かった。『強くなりたいから、向き不向きを知りたい』か」
ライナスはそう言って考え込む。
「何か問題があるんですか?」
あたしが問うとライナスは笑みを浮かべる。
「いや、別に問題っていう訳じゃあ無い。だが強くなりたいだけなら、例えば魔法を伸ばすのもアリだぞ。『魔神の加護』で以前よりも上達しやすくなったし、現実的だ」
ライナスのその言葉にフリズは首を横に振る。
「魔法については、私は習う当てがあるので大丈夫です。それよりも、最初にウィンさんとキャリルさんに相談したのは、私は彼女たちのような強さが欲しいと思ったからなんです」
そう言ってフリズは勝気な笑みを浮かべる。
それに対してライナスは何やら何度も頷いている。
「分かるぞ。キャリルはその年ですでに雷霆流の上級者だし、ウィンに至っては……」
そう言ってライナスはあたしの方を見て目があう。
「ウィンに至っては……」
「どうしたんですかライナス先輩?」
何か言いたいことでもあるのかよ。
「いや……、まあ知っての通りだろうなと思ってな」
「ちょっと待って下さいよ、どういう意味での言葉ですそれ?! あたしの目を見て話して下さいよ?! せんぱーい?!」
「いや……、特に深い意味は無くてだな……。お、ドルフ部長が来たぞ」
何やらあたしの詰問から逃げるように、ライナスは部長に視線を向けた。解せぬ。
今日の練習を終えるには微妙に早い時間ではあるけれど、区切りがいい時間になっている。
気が付けばドルフ部長や、他の武術研の部員が集まってきてしまった。
あたし達がライナスと話し込んでいるのに気が付いたようだ。
部長に事情を説明すると、どうやらフリズと顔見知りだということが判明した。
といっても竜芯流の道場で、互いに挨拶したことがある程度の知り合いみたいだけれど。
「そういうことか、ふむ」
「ドルフ先輩が武術研究会の部長というのは知っていましたが、もっと早くに相談すれば良かったですかね?」
フリズはそう言って部長の顔色をうかがう。
それでも部長は鷹揚に笑った。
「ははは、強さを求めるきっかけなど人それぞれだ。俺では無くウィンやキャリルを見て強さ意識したなら、それはそういう強さを求めたんだろう」
「ええ、そうなんです」
何やら部長とフリズはともかく、二人の言葉に武術研のみんなも頷いている。
あたしとキャリルだけ首を傾げている訳なんですけれども。
説明を求めるような視線を部長に送っていると、彼は告げた。
「簡単にいえば、竜芯流とは毛色の違う、『超攻撃的な実戦勘』みたいなものを欲したんじゃ無いのか?」
「……!! それですドルフ先輩! 流石です!!」
ドルフ部長とフリズは何やらそんな会話で盛り上がっている。
キャリルの方を見れば納得したような笑顔で頷いているぞ。
超攻撃的かぁ。
あたしも同じように頷いた方がいいんだろうか、誰か教えて欲しい。
そう思いつつ、あたしはやや戸惑いながらフリズたちの様子を窺っていた。
その後武術研のみんなも協力して、武器を変えながらフリズ相手にユル目のスパーリングをした。
スパーリング相手は、あたしとキャリルで交代しながら行った。
あたしたち三人は動ける格好じゃなくて制服姿だったし。
時間はかなり短くて、一つの武器で二分くらいを基本にした。
武術研のみんなは、間合いや拍子の取り方、虚実の扱い、力や身体強化の掛け方、そう言った変化をああでもないこうでもないと好き勝手に論じている。
それでもライナスや部長が見るところは見ているので、基準となる評価は出来ていた。
結果として、フリズの武術の適性について幾つかのことが分かった。
「非常に言いにくいが、今のままだと、フリズは竜芯流の伸びしろがほぼ無いな――」
ドルフ部長がそう言って切り出した。
良い評価としては、重心移動や体幹の安定性、そして身体強化の魔力制御の緻密さは真っ先に評価された。
そして間合いの取り方も、守勢に立ちまわるうちは緻密だと評価された。
「だが相手のフェイントに敏感過ぎるし、釣られ過ぎる」
部長の言葉を補足するようにライナスが告げる。
その言葉にフリズは視線を落としている。
片手剣と盾以外にも、槍、戦槌、両手剣、短剣、細剣などを試したあとに格闘でもスパーリングを行った。
「まとめると、体力的には問題無いし、魔力制御による身体強化も適切だし緻密だ。目も悪くない。だが間合いの感覚が近接戦闘に向いていないのだ。だからフリズ」
「はい」
「おまえが攻撃的な武術を修めるには、相応の時間とかなりの努力が必要になるだろう」
ドルフ部長はそこまで言ってから、彼女が片手剣と盾術を仕込まれたのは、傭兵である親が同じように判断したからだろうと説明した。
「私は、今すぐに強くなることは、できないのでしょうか」
フリズは絞り出すようにその言葉を告げるが、部長が諭すように応える。
「それはある意味誰しも同じだ。おまえは少しばかり他人より厳しいだけだ」
そのやり取りの後、フリズだけでは無く武術研のみんなも考え込んでしまった。
あたしとしてはさっきライナスが言っていた通り、魔法を選ぶのも答えだろうと思ったりする。
むしろウィクトルの戦いを支えるなら、魔法を使って遠距離から支援するのも選択肢になるんじゃないのか。
そうでないなら近接では無い遠距離となると――
そこまで考えてからあたしが思いつくのと同時に、視線の先にふと壁にかかった時計の魔道具が目に入り、良く知った“友達”の声が聞こえた気がした。
『……ウィンがかんがえたとおりだとおもいます……』
思わずあたしは我に返り、フリズに声をかける。
「弓矢を試してみませんか先輩?」
あたしの言葉に、フリズは不思議そうな表情を浮かべていた。
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