11.剣と魔法が力を持つ時代だ
あたしの思考を読んだわけでは無いだろうけれど、パメラが何かを思いついた顔をした。
「ウィンさんもキャリルさんも、そういう社交の場には私たちよりも慣れているのでは無いですか?」
あたしが「そんなことはありません」と言おうとすると、先にキャリルが口を開く。
「慣れているということはございませんが、わたくしもウィンも、社交の場に出ても恥ずかしくは無い程度には躾けられておりますわ」
「そうですよね、お二人なら」
パメラはそう言って微笑む。
そこにキャリルがひとこと付け加えてしまった。
「ウィンなど、いつ貴族家に嫁いでも大丈夫だと思いますの」
その言葉が聴こえていたのか、ザっと礼法部の部員たちの視線があたしに集中した。
「ウィンさんは、貴族家に嫁ぐの?」
フリズがなにやら横から質問する。
あたしはそれに対して全力でイヤそうな表情を浮かべた。
「………………それ、応えなきゃダメですか?」
「あ……、大丈夫よ」
そう言ってフリズは察してくれたので、あたしは内心ホッとしていた。
以前の『勉強会』のあとブリタニー達に、あんまり本音がダダ漏れだとヤバいって諭されたし、あれからあたしも反省したんですよ。
そこまで話をしてから、あたしとキャリルは礼法部の人たちに礼を言って、部室を離れることにした。
礼法部の部室を出ると、同じタイミングでフリズがあたし達について来ていた。
何か用件でもあるのだろうかと思うと、あたしが訊く前に彼女が告げる。
「あのウィンさん、キャリルさんでもいいですけれど、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんです」
そう告げるフリズからは、また微妙になにかを企んでいるような気配が感じられる。
いちおう邪まな感じはしないので、あたしは話だけは聞いてみようかと考えた。
キャリルにアイコンタクトをとると、あたしに任せるという風に頷いてくれる。
「大丈夫ですよフリズ先輩。あたし達で良ければお話を聞きますが、どうしましょう? 防音にした方がいいですか?」
確認したところ、内緒話をしたいとのことだった。
あたし達は念を入れて、いちど部活棟の外に出て近くのベンチの一つに座る。
そこで【風操作】で周囲を防音にしてから、フリズから話を聞くことにした。
良く晴れた冬空の下で、生徒たちが時おりあたし達の前を移動していくのを見ながら話しを始める。
「それで、相談ごとって何ですか?」
「そうね。単刀直入にいえば、どうすればお二人のように強くなれるんでしょうか? 私は強くなりたいんです。今すぐに……!」
強さ、か。
プリシラも強くなりたいと言っていることを、あたしは想起する。
王都は治安がいいけれど、王国も南部のフサルーナとの国境に近づくほど治安は悪くなる。
この世界はいまはまだ、剣と魔法が力を持つ時代だ。
もしかしたらこれから法と言論が力を持つ時代になったら、剣や魔法とはべつの強さが必要な世界になるかも知れない。
でも今はそうでは無かったりする。
そんな余計なことを考えてしまうけれど、フリズの場合はどういう理由で強くなりたいのだろう。
加えて、どうにもフリズが丁寧語を使ってしゃべっている時には、真意を隠していることが多い気がする。
それでも相談ごと自体はシンプルな内容だし、あたしよりもキャリルが興味を示して彼女に質問した。
「フリズ先輩は、なぜ強くなりたいんですの?」
「それはもちろん、ウィクトルくんの隣に居たいから……。ううん、違うわね……」
彼女は一つ深呼吸してから、真っ直ぐな視線をあたし達に向ける。
「ウィクトルくんの力になって、彼の心を射止めたいの。ウィクトルくんはたぶん、これからも戦いに身を置くことが多いと思うわ。それを支えたいと思うのは変かしら?」
そこまであたし達に語るうちに、フリズから感じられた底意は消え、彼女の内側から覚悟のようなものが立ち上がってくる気がした。
「ずい分、ウィクトルに執着するんですね、先輩は」
「執着、なのかしら? 『美少年を愛でる会』の先輩たちとは、普段から話してるの。『誰かを好きになるのに理由は要らない』って」
「「ふーん」」
「私はそれを信じるし。そもそも理由が必要なら、命を救われたこと以上の理由が必要かしら? だから私は、ウィクトルくんの隣に居たいのよ」
あたしの中に、フリズの言葉を否定する意志は無い。
それに彼女が言うように、ウィクトルは一族が『白の衝撃』と縁が深いようだ。
親戚に武闘派秘密組織のメンバーが多いなら、彼の人生は戦いに満ちることになるだろうか。
それを支えたいというフリズの真っ直ぐさは、あたしとしては嫌いではない。
でもそれはそれとして別の視点から考えれば、彼女の安全にとって妥当なんだろうか。
いや――
「そうね。フリズ先輩が望むなら、それを目指すこと自体は誰にも止められないと思います」
「ウィンさん……」
「わたくしも同感ですわ。先輩の言葉ではありませんが、『強くなるのに理由が必要ですか』と申したいですの」
あたしとしては、キャリルの言葉に不穏な響きを感じてしまいます、うん。
でもまあ、ここで話のコシを折っても相談が前には進まないよね。
思わず細く息を吐いて、あたしは具体的な話をしようと考える。
「あたしにしてもキャリルにしても、きのう今日でいきなり強さを得たわけでは無いんです。そのためには積み上げたものがあります。それに、もっと鍛えるつもりです」
「そうですわね。加えて、積み上げるための方向性が妥当か。さらにいえば、フリズ先輩の『向き不向き』はとても重要ですの。我が家の手勢も新兵を鍛えるとき、そこを先ず見ますもの。理由はお分かりですか、フリズ先輩?」
いつになくキャリルが真剣な視線をフリズに向ける。
「向き不向きが重要な理由? それは……、勝敗に関わるから?」
「不正解ではありませんが、もっとシンプルですの。『生き残れるかどうか』に関わるのです。同じ時間を鍛錬し、強さが伸びやすい方が生き残りやすいですもの」
「それは……、分かるわ」
「戦いに身を置くとは、そういう覚悟の積み重ねですわ。フリズ先輩はそれでも一歩を踏み出しますか?」
「私は………………」
あたしはフリズがどういうバックボーンを持つのかは知らない。
でも、キャリルが武門の貴族家視点で述べるなら、それは今の彼女の参考になるだろう。
キャリルが言わなかったら、あたしから冒険者とか月輪旅団とか狩人としての仕事の実感をもとに話しただろうけれども。
フリズはベンチに座って真っ直ぐ遠くを見ていたけれど、考えがまとまったのか口を開く。
「私は父が傭兵で、母が魔道具職人なの。それに兄がいて、兄はブライアーズ学園を卒業したら、故郷の北の辺境伯領で領兵になるわ。だから戦いのことは分かるの」
傭兵の娘だったか。
以前あった丸刈り事件で『美少年を愛でる会』が武器を取ったとき、彼女は片手剣と盾を使っていた記憶がある。
もしかしたらブライアーズ学園に進んだというお兄さんと一緒に、傭兵のお父さんから鍛えられたのかも知れないな。
「よろしいのですわね?」
「よろしいですとも、キャリルさん。ウィンさん」
そう言ってフリズは勝気な笑みを浮かべた。
そのあとあたし達は部活用の屋内訓練場に移動した。
武術部のみんなも今日の練習を終える時間だろうかと思ったけれど、まだ寮に戻るには少し早い。
いま行けばフリズのことで相談するのに、先輩たちの意見も聞けるだろうと思ったのだ。
「なんだウィンとキャリルは、今日は練習しないんじゃなかったのか?」
みんなが練習しているところに向かうと、ライナスから声を掛けられた。
「どうも、ライナス先輩。そうなんですが、ちょっと相談があって」
あたしの言葉に不思議そうな顔を浮かべつつ、あたしとキャリルとフリズを順番に見やる。
「相談ごとか。弟子入りでも申し込まれたのか? 月転流は教えられないから困ってるとかそういうのか?」
ある意味惜しい言葉のような気もするんだけれど、不正解だった。
でもライナスの手が空いてるならちょうどいいかも知れないな。
そう思っていたらキャリルが先に告げた。
「じつはこちらのフリズ先輩に相談されまして、強くなりたいとのことなんですの」
「そうなんです。それで、フリズ先輩がどういう武術に適性があるか、向き不向きを武術研のみんなに相談したかったんですよ」
あたしの言葉にライナスは「そうか」と言って、納得したような顔を浮かべた。
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