10.信頼を得ているなら
礼法部を訪ねてウィクトルにユリオの話を訊こうと思ったら、ナゾの家訓の話で思考を乱されてしまった。
キャリルもそれに乗っかって何やら言っているので、あたしは軽くめまいを感じている。
あたしの様子を見てキャリルは微笑み、ウィクトルに質問した。
「ウィンがユリオさんに挑戦するお話はまた検討するとして、いまは別の話があるのですわ。ユリオさんが所属する団体のお話ですの」
キャリルの言葉にあたしはホッとしながら、ウィクトルに視線を向ける。
あたしとしては、ユリオとの戦いなど逃げ一択だけれども。
でもようやく『白の衝撃』の話に入れそうだ。
そう思いつつも、あたしは少しだけ懸念が頭に浮かぶ。
あの団体は秘密組織で、対外的には暴力事件を起こすことで知られている。
その話をここでしていいものだろうか。
頭の中でそこまで計算して、あたしは告げる。
「じつはユリオさんが所属する団体に、動きがあったみたいなの。何なら詳しい話は場所を変えてもいいわよ?」
『場所を変えて?』
あたしの言葉になぜかフリズたちが反応した。
べつに、少しだけ話をする分には構わないじゃないかと思うんだけれども。
そう思ってあたしが当惑していると、それを察したのかパメラが口を開いた。
「ごきげんようウィンさん、キャリルさん。――ウィクトルさんのお兄さんが『白の衝撃』に所属しているお話なら大丈夫ですよ」
あたしとキャリルはパメラに挨拶をしてから、いま伝えられたことを確認する。
「大丈夫とは、どういう話ですか?」
あたしの問いにパメラは自信を込めて語る。
「そうですね。ウィクトルさんは我が部に最初に来た時に自己紹介をしてくれました。その時にご自身のお兄様をはじめ、一族の皆さまの多くがその信仰ゆえに、『白の衝撃』という武闘派秘密組織に参加していることを話してくれました」
パメラの言葉であたしはウィクトルに視線を向けると、彼は微笑んで頷いた。
「その上でウィクトルさんは、ご自身が礼法部部員にふさわしいか見極めて欲しいと言いました。その結果、私達は全員、ウィクトルさんの味方となりました」
「全員、ですの?」
キャリルが首を傾げると、こちらを窺っていた他のテーブルの部員たちが頷いているのが視界に入った。
よく見れば、全員が穏やかな顔でこちらを見守っている。
「ウィクトルさんの振る舞いは礼法的には色々と問題があることは、私達も把握しています。それでも王国には『素朴さを心に保て』という格言があります」
パメラが告げた言葉は以前、ミスティモントのティルグレース伯爵家の館で目にした事がある。
キャリルが事あるごとに武門であることを強調するから、何となく武門の貴族の格言だろうかと理解していた。
「彼の善性に、私は命を救われたわ。ウィンさん達もその場にいたから分かるわよね?」
それまで黙っていたフリズが、真剣な顔をしてあたしに告げる。
彼女の口調には、先ほどまでのネコを被るようなあざとさが無い。
どちらかといえばあたしを射抜こうとするような、どこまでも真っ直ぐなものを感じる。
普段からそう振舞った方がフリズは人気が出るんじゃないかと思うんだけれど、そこはいまはどうでもいいか。
「そうね」
フリズが告げたことは、もちろん分かる。
「武闘派組織は困りますが、ウィクトルさん個人は信じるに足ると考えています。だから私たちは彼の味方です。そうですよね、皆さん?」
『はい!』
パメラがあたしとキャリルの方を向いたまま声を上げると、礼法部の人たちは揃って肯定した。
そこまで信頼を得ているなら、ヘンに気を回す必要は無いか。
「分かりました。そういうことなら、ここで話をしますね」
まったく、ここまで手間がかかるとは思っていなかったよ。
でも礼法部の人たちの心意気は、あたし的にはキライじゃ無かったりする。
そう思いつつ、あたしとキャリルはウィクトルの傍らまで移動し、ユリオの話を始めた。
「それで、今日になって知り合いから聞いたのだけれど、『白の衝撃の実働部隊が二十人ほど共和国本国からディンルークに向かった』っていう情報があるみたいなの」
「ウィクトルはユリオさんから何か聞いたりしていませんの?」
あたしとキャリルの言葉に少し考えてから、ウィクトルは応える。
「そういうことですか。それを知りたいなら、ぼくとどちらかが壊れるまで試合を――」
「あんまり馬鹿なことを言ってると、二度と武術研でスパーリングしないわよ?」
あたしが躊躇なくツッコミを入れると、ウィクトルは笑う。
「ははは。今のは本気が八割ほど混ざったただの冗談です」
八割は多めで困るんですが。
あたしが思わず息を吐くと、ウィクトルが話を続ける
「失礼しました。それで兄さんの話ですが、僕は何も聞いていませんが、ただ……」
「「ただ?」」
「ウィンさんは知っていると思うのです。以前デイブさんが、兄さんを建築の仕事で王立国教会に紹介して下さったことがありましたよね?」
「ええ。それは知ってるわ」
デイブはユリオと面談をして、彼が建築の仕事が手伝えることが分かった。
共和国で『白の衝撃』として活動して街を破壊し、それを自分たちで再建するのを何度も経験したらしい。
その辺りの経験をもとに王立国教会本部に紹介状を書き、ついでに格闘神官の話もしたようだ。
「兄さんから聞いたのですが、その辺りの話を共和国に居る仲間に、前に手紙で書いたそうです」
月輪旅団の王都の取りまとめ役と知り合い、表の職業として建築関係の手伝いが仕事になること。
それに加えて王都が聖地になって拡張する関係で、建築関係の仕事が今後増えること。
その辺りを手紙で報告したようだ。
「それは間違いないのかしら?」
「はい。つい最近ですが、ぼくも実家に手紙を書いたんです。そのことを兄さんに話したら、以前手紙で書いたと教えてくれました」
「そうですのね」
「はい。ぼくの手紙では、礼法部の先輩たちから、様々な駆け引きの妙を教わっていると書いたんです。本当に感謝しています――」
ウィクトルはそこまで話してから席から立ち、あたし達の様子を窺っていたフリズたちの方を向いて典雅に一礼してみせた。
キレイな礼だったけれど、ふつうに貴族家の使用人として働けるレベルになっている。
別にカードをして遊んでいるばかりでは無さそうだな。
そんなことを思っていると、ふと視線を向けたフリズたちがうっとりした表情を浮かべて固まっていた。
あたしがじっと観察しても動揺することは無かったので、どうにもどこかにトリップしているようだ。
「分かりましたの。ユリオさんがお仲間に手紙をしたためたことは、参考になりますわ」
「そうね。感謝するわウィクトル」
「いいえ、お気になさらず」
そう言ってウィクトルは朗らかな笑顔を浮かべていたが、それを見たフリズたちが小さく「キャー」とか言っていた。
礼法部的には彼女たちの反応は大丈夫なんだろうかと思うのだけれど、パメラをはじめ他の部員の人たちは、フリズたちを生暖かい視線で見守っていた。
「何か慣れっこになっているのかも知れないわね」
「どうしたんですか?」
「何でもないわ。さて、あたしたちの用件は済んだけれど……」
そこまで告げて彼らがプレイングカードで遊んでいたことを思いだす。
テーブルでのカードの広げ方を見るに、王国でマッチカーズと呼ばれるゲーム――要するにババ抜きをやっていたようだ。
「ところで用件とは関係無いけれど、カードで遊んでいたの?」
あたしの言葉が聞こえたのだろう、パメラが口を開く。
「あら、ウィンさんは礼法部の活動に関心があるのかしら?」
「いや、そういうワケじゃあ無いですよ? 礼法でカードゲームってどういう繋がりかを考えていたんです」
「そういうことですか――」
社交の場では、チェスやプレイングカードなどの遊びをする機会がある。
パメラが言うには、ゲームのあいだの振る舞いや、勝敗が付いたときの反応などを研究とか実践するのだそうだ。
「だからこのゲームでは、勝っても負けてもいいんです。勝敗によらずに、場の和やかさを保つ練習をするんですよ」
そう言われれば、ティルグレース伯爵家の晩餐会で情報集めを手伝ったときに、そんな光景を見た記憶がある。
あたしは招待客の皆さんが、ゲームで遊んでいたのを思い出していた。
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