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09.底意のようなものを感じるぞ


 あたしとキャリルは応対してくれた礼法部の女子生徒に案内されて、ウィクトル達がいるテーブルに歩いていく。


 その間にもそれとなく礼法部の部室内を観察するけれど、室内の装飾が貴族邸のように凝っている。


 部室はかなり広く、教室を二つ繋げたほどの広さがある。


 扉から入って手前のスペースには何も置かれていないので、所作や舞踏のトレーニングを行うのかも知れないな。


 いま部室内に居る礼法部の人たちは、奥のテーブルが幾つか並んでいるところに集まっている。


 何かテーブルマナーのトレーニングをしているのかと思いきや、遠目に見ると席について談笑している様子だ。


 加えてそれぞれのテーブルでは、チェスやプレイングカードが行われていた。


 部活の名の下に遊んでいるのだろうか。


 そんなことを思いつつ、あたしとキャリルはウィクトル達がいるテーブルの近くに辿り着く。


 するとそれまでカードで遊びながら談笑していたウィクトルと女子生徒たちは、ピタリと手を止めてこちらに視線を向けた。


 ウィクトルのほかには、同じテーブルには女子生徒数人しか居ないな。


 そこにはパメラの姿と、以前『赤の深淵(アビッソロッソ)』の襲撃があったときにウィクトルが護った女子生徒の姿があった。


 あたしが口を開こうとすると、ウィクトルに護られていた女子生徒が立ち上がりあたしの前に立つ。


 その表情はどこまでも柔和だけれど、何となく底意のようなものを感じるぞ。


 いちおう悪意は無さそうなので、どうしたものかと思い始めたら彼女が口を開く。


「ごきげんよう、ウィン・ヒースアイルさん、キャリル・スウェイル・カドガン様。お二人には感謝の念が尽きません。その節は本当にありがとうございました」


 彼女は一方的にそう告げてから、典雅な所作で一礼してみせた。


「マナーという点では、貴族家の令嬢であるキャリルに先に礼を言うべきでは無いですか? でも、あなたが元気そうで何よりです」


「わたくしも、あなたが元気そうで何よりに感じます。そういえば、名前を伺っていませんでしたわね」


 あたしとキャリルが順に声をかける。


 その言葉に大げさに目を丸くしてから、彼女は笑みを浮かべた。


 なんだろう、このやり取りも礼法部の活動の一つなんだろうか。


 そう思っていたら、彼女は自己紹介を始めた。


「申し遅れました。私はフリズ・ヴァルターと申します。母方の祖父が名付けてくれたのがフリズタルナという名前なのですが、両親が相談してフリズとなりました。そのようにお呼びください。魔法科初等部の二年生です。今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言ってからフリズはカーテシーをしてみせた。


 丁寧に挨拶された以上、こちらも改めて自己紹介しておくかと考える。


 アイコンタクトをしてキャリルが先に自己紹介し、その次にあたしが自己紹介した。


 ちなみにキャリルは『様』をつけないようにフリズに指摘していた。


「ところでフリズ先輩は変わった名前なんですね。フリズタルナという名前は、何か謂れがあるんですか?」


 あたしが訊くと、公国の北の方の古語で『美しい星』を意味するのだそうだ。


「――まあ、名前負けなんですけれどね」


 そう言いながら、少々あざとさを感じさせるような笑みを浮かべる。


 彼女の表情を気にするでもなく、キャリルが問う。


「フリズ先輩は留学生の方なんですの?」


「違うわ。私は北の辺境伯領出身です。でも幼いころは母の実家がある公国で暮らしていました」


「「ふーん」」


 そこまでフリズと話をすると、話題が途切れてしまう。


 それを確認したかのように、彼女は笑みを浮かべて問う。


「ウィンさんとキャリルさんは、ウィクトルくんに何か用事ですか?」


「ええと、そうですね。ちょっと話をしたくて」


 フリズの問いにあたしが応えると、彼女は何やら頷く。


「なるほどなるほど。そういうことなら、先ずは『ウィクトルくんの交際相手』の私に、先ずは話を通してもらえるかしら?」


『ちょっと待てー!!』


 フリズの言葉と同時に、同じテーブルに居たパメラ以外の女子生徒たちがバンッとテーブルを叩いて席を立つ。


 何か起きたのかと思って観察していると、パメラが額に手を当てて俯き、ウィクトルは頬を掻きながら困った様な笑顔を浮かべていた。




 あたしとキャリルの前では、礼法部の女子生徒たち数人が何やらケンカ腰で言い合いをしている。


 聞くでも無く、彼女たちの話がハッキリと聴こえてくる。


 その内容を整理するに彼女たちは、あたしとキャリルが来たことにウィクトルが気付いたため話題にしていたようだ。


 そこにフリズが『ウィンさんとキャリルさんに助けてもらったから、キチンと自己紹介をしてお礼を言いたい』と言いだした。


 確かにそういう事は礼法部部員としてはキチンとしておくべきだろうと、パメラを始め他の女子たちも同意してフリズと談笑していた。


 いざ彼女たちのテーブルにあたしとキャリルが近づいたときにフリズは立ち上がり、自己紹介を始めて今に至る。


「あなたがウィクトル君の交際相手って何時何分何秒に決まったのよ?!」


「むしろワタシの方がふさわしいわよ!」


「違うわね。なにを素っ頓狂なことを言ってるの。この前彼にダンスのステップを教えたのはわたしじゃない?」


「あなた達もちょーっと待ちなさいよ、そもそもあなたはただお礼を言いたかったってだけよねフリズ?」


『そうよそうよ』


「ううん、こういうときはみんな言うじゃない。『それはそれ』って!」


『おもてに出ろや!!』


 何やらよく分からないけれど、彼女たちは殺伐としてきたようだ。


 礼法部ではこれが日常なのだろうか。


 あたしはキャリルの方に視線を向けると、彼女は首を横に振る。


 確かにこの状況で、いきなりウィクトルに話を始めるわけにも行かないか。


 だれか取りまとめてくれないだろうか、そう思ってあたしはパメラに視線を向ける。


 すると彼女はあたしと目が合うと、目礼をしてから他人事のような笑顔を浮かべてみせた。


 どうにもフリズたちの騒動に介入するつもりは無いらしい。


 面倒くさいのは分かるけれど、どうしたものだろうか。


 そう思っていたらあたしはウィクトルと目が合う。


 向こうが目礼してくるので、あたしはアゴで彼女たちを示すと彼は頷いてから席を立った。


「あの、みなさん!」


 ウィクトルがそう呼び掛けると、それまで中々ドスの効いた声でやり取りをしていたフリズたちは、そろって柔和な笑顔を彼に向ける。


『はい、何ですか?』


 彼女たちが鮮やかに態度を切替えるのを目の当たりにして、あたしは脱力した。


 いや、場がこれ以上荒れるよりはいいのだけれども。


「みなさんがぼくを見て、未熟さを心配して下さっているのは分かります。いつも気にかけて下さっていますし、本当に感謝しています。ありがとうございます」


 そう言ってウィクトルがはにかむ様に微笑むと、フリズたちは一斉に蕩けるような表情を浮かべる。


「ううん」「大丈夫よ」「ウィクトル君……」「きみはわたし達の弟みたいなものだから」「いつでも味方よ」


「そうよ、交際相手だと思って、何でも相談してね!」


 彼女たちの最後にフリズが告げると、氷属性魔力でも溢れ始めたのではという冷たさで、言い合いをしていた女子生徒の視線が集中する。


 だがそれも、ウィクトルのひとことで霧散した。


「いいえ。親しき中にも礼儀ありです。『皆さんにふさわしい礼法部員』であるために、ぼくは自分でも努力します」


『わたしたちにふさわしい……』


 何やらどこかにトリップ中の彼女たちを観察するに、いまなら話ができるかも知れないとあたしは判断する。


「ゴメンねウィクトル。あなたのお兄さんの件で話があるの。いまいいかしら?」


 どうやらフリズ達が、ウィクトルの取り合いで揉めているのは把握した。


 なのでひと言で、彼の兄であるユリオについて話があると伝える。


 するとウィクトルは、何かに気づいたようなハッとした表情を浮かべる。


「もしやウィンさんは、ついに兄さんとの死闘を開始されるのですね?!」


「いや、ちがうわよ?」


「しかしウィンさん、ぼくなら『潰して壊して再生せよ、全ての死闘は自然の摂理である』という家訓に従うために、あなたを兄に案内できます!」


「イヤな家訓だな!」


 脊髄反射的にあたしが心の声を漏らすと、隣でキャリルが何やら頷く。


「興味深いですわね。騎士道に通じる潔さを感じますの」


「たぶん騎士道とは関係無いわよキャリル?!」


 あたしはそう言ってから首を横に振った。





お読みいただきありがとうございます。




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