07.随分ラクが出来ている
あたしとキャリルは学院構内を移動して、講義棟から外れた管理棟に近い場所から連絡を入れた。
キャリルは側付き侍女のエリカに連絡を入れたみたいだけれど、シンディ様に判断を仰ぐと言っていたそうだ。
共和国を出たという『白の衝撃』の人たちの目的地はディンルークらしいけれど、伯爵家が何か対処するかは状況によるとのことだった。
ユリオのことを考えると『いろいろ残念な戦闘狂』という感じだけれど、その仲間が集団で来ると厄介な話になる可能性は否定できないと思う。
そう考えつつ、あたしは【風のやまびこ】を使ってデイブに連絡を入れた。
「こんにちはデイブ、いま大丈夫かしら?」
「こんにちはお嬢。どうした? なにか急ぎの話か?」
「うん。じつはカリオを経由してフレディさんからの話があるの――」
そう言って、『白の衝撃』の実働部隊約二十名がディンルークに向かっている話を伝えた。
「――情報の出どころは、風牙流の門人の情報網らしいわ」
「分かった、ありがとよ。そりゃ確度がたけえな。すぐ月輪旅団の共和国の連中に確認しておくぜ。あとはユリオにもこっちで確認しておく」
「分かったわ」
「まあ、『白の衝撃』の連中そのものよりも、そいつらが動いているっていう理由が気になる話だ。おれの方でも心当たりが無い訳じゃあねえんだが……」
それはそうなんだよな。
ユリオの仲間たちが動いていることよりも、動くことになった理由も気になるんですよ。
デイブは心当たりがあるのか。
「つうわけでお嬢、念のためウィクトルだったか? ユリオの弟にも話を聞けるようなら聞いといてくれ。もしユリオと話せなくても、何か分かるかも知れねえ」
「う゛……、気が進まないけど、それも分かったわ。それよりデイブの心当たりってなに?」
「まだ確認中だ。済まんが、お嬢はユリオの弟の方を頼む」
「分かったわ」
あたしはそこまで話して連絡を終えた。
昼休みも終わると、午後の授業を受けて放課後になる。
実習班のみんなやプリシラたちと一緒に部活棟に向かった。
部活棟の前でみんなと別れ、ニナとディアーナと三人で農場に向かう。
“特別講義臨時訓練場”に入ると、いつものようにあたしはデボラに手伝ってもらい、特別講義の準備を進めた。
「今回も前回の続きですよね?」
「私はそう聞いているよウィン。……やはり魔力暴走が心配かい?」
何となくデボラに声を掛けるけれど、見透かされるように訊かれてしまった。
心配かどうかでいえば、そりゃあ心配に決まってますよ、うん。
「ええ。気が抜けなくなりましたからね」
「でも君の流派、――月転流だったか。大したものだね。騎士団の連中の鍛錬をたまに何となく見るけれど、彼らと比べてもあの速さは中々だ」
「ありがとうございます。あたしなんかまだまだですけどね」
デボラはあたしの言葉に鼻を鳴らして笑う。
「謙遜も過ぎるとイヤミに感じるが……。ただ武術に関しては魔法と同じで、キリがないことは察するよ」
「いやぁ、そうなんですよね――」
あたしとデボラはそんなことを話しながら、特別講義の準備を済ませた。
目の前ではニナの特別講義の参加者たちが、前回と同じように意識を集中させている。
今回も『精霊のイメージ形成と出現』の続きだ。
四段階あるうちの二段階目だけれど、目標としてはニナが実演してくれたように、参加者が精霊を呼び出せるようになることらしい。
環境魔力の操作が第三段階目で、実際に魔法を放つのが第四段階目だったか。
「指示を出すようになると、魔力暴走のリスクが高くなるって話だったけれど……」
参加者の人たちを観察しながら呟く。
いま参加者の人たちが行っているトレーニングは、精霊への指示だしの次にリスクがあるということだった。
でも前回に比べたら、あたしが観察する限りでは魔力の感じが安定しているみたいだ。
このままの状態が保たれれば、あたしが急ぎ割って入って中断させることは無いだろう。
それは本来いいことなんだけれど、あたしとしてはヒマである。
しかも他のことをやるには、魔力暴走を念のために警戒しつづける必要はある。
「うーん……、ヒマ過ぎっていうわけでは無いけど、この様子だと大丈夫そうなのよね」
そのまま警戒と観察をし続けるのを、あたし的に何かのトレーニングに使えないかを思わず考え始める。
自身のステータス情報を思い出しながら考え込んでいると、ステータス情報の“役割”を影究にしていることを思いだした。
もともとニナの話では共和国の精霊魔法のトレーニングでは、風牙流の使い手が協力しているとのことだった。
「風牙流ってきいて、あの“役割”にしちゃったのよね」
自分が月転流の使い手として動くなら、戦闘系の“役割”でいいだろうと思い込んでいた。
でもやっていることは魔力暴走の予兆の観察と、その対処だ。
対処にしても属性魔力――風属性で充分みたいだけれど、それを纏わせて参加者の前で手を叩くだけだ。
「もっと感知に向いた“役割”の方がいいのかしら……」
思わず呟くけれど、今日は周りに誰も居ない。
デボラも精霊魔法のトレーニングに参加しているし、マーヴィン先生は今日は来ていないのだ。
誰に相談するでもなく、魔力感知に向いた“役割”を選んでみた結果、風水師に切り替えてみた。
それによって特に変わったことは無かったけれども。
日課のトレーニングで行っているように、内在魔力を循環させた状態でチャクラを開き『風水師』のスキル『環境把握』を使う。
「うーん……、感覚的に環境魔力の変化は多少把握しやすくなったけど……」
本当にちょっとした違いだ。
いままでも母さんに仕込まれた気配察知の感覚で、魔力の変化は追えていた。
スキルの使用では誤差くらいの違いしかないような気もする。
『環境把握』は風水師を覚えたときに、周辺の情報を察知するような四つのスキルを統合して発生したスキルだ。
そう言う意味では高性能なスキルなハズだけれど、母さんからの修業でスキルに頼らず出来ていたんだよな。
「なかなかうまくいかないわよね」
最初に『ラクをするってことは無駄を省くってこと』と言ってくれたのは、回復魔法研究会顧問のアミラ先生だったか。
確かにあたしは、無駄な時間はあまり好きでは無いかも知れない。
べつにニナの精霊魔法の特別講義に参加しているみんなに、なにかトラブルが起きるのを望んでいるわけじゃあ無いんだけれども。
「まあいいか……」
そう呟いた刹那に奇妙な魔力の流れを感じて、ほぼ同時にあたしは動き出した。
参加者の一人の前に高速移動して、その生徒の顔の前でパンと手を打つ。
前回の特別講義のときと同じく反射的に風属性魔力を込めていたけれど、今回も間に合ってくれたようだ。
すぐにニナがこちらに駆けてくるので対応を任せて、あたしは少し離れて警戒に戻る。
やがて生徒に指導を終えたニナがあたしのところに歩いてきた。
「感謝するのじゃウィン。お主がいてくれて、妾は随分ラクが出来ているのじゃ」
「どういたしまして。けっこう知り合いも参加してるし、みんなが無事にトレーニングできるならあたしも満足かな」
あたしの言葉にニナも嬉しそうに微笑む。
「ところでウィンよ、お主は移動に関するスキルでも持っておるのかのう? 移動が本当にスムーズなのじゃ」
「え、特に無いけれど。うちの流派で移動に関しては、母さんから徹底的に鍛えられたっていうのはあるかしら」
ミスティモントの早朝のまだ暗い森の中で、立体機動鬼ごっこを延々とやった時期がある。
はじめの頃は大変だったんだよな、足場にした枝が折れたりして。
「風牙流なども凄いのじゃが、やはり月転流は底が知れぬのじゃ。……妾としては、ウィンが空間移動のスキルを持っておるようじゃったら、その覚え方を教えてほしかったのじゃ」
「うーん、ちょっと知らないわね。まだノーラさんの方が知ってるんじゃないかしら」
「たしかにのう。……まあ構わぬのじゃ。すまぬがウィン、また危ないときは止めてやって欲しいのじゃ」
ニナはそう言って参加者の人たちに視線を移す。
「分かってるわ」
あたしの返事に「頼りにしておるのじゃ」と言って微笑んで、ニナは参加者の方に歩いて行った。
「空間移動って言ってもなあ……」
そんな妙なスキルは無かったと思う。
そう思いつつ、念のため【状態】の魔法で確認すると、幾つか変化があった。
「なんじゃこりゃ?」
まず、“役割”の欄が風水師だったのが、見たことの無いものに変わっていた。
何やら『仙術士』というものを覚えている。
加えて、スキルで『禹歩』というものを覚えたようだ。
「ええと……、どういうスキルかしら」
ステータス情報を確かめたところ、『禹歩』は『意識集中で短い距離を瞬間移動できる』スキルであるようだ。
スゴいのかも知れないけれど、『短い距離』っていうのが微妙だな。
「………………」
さっきニナに空間移動のスキルとか言われたけれど、これは教えて大丈夫――ではないんだよな。
まずゴッドフリーお爺ちゃんから、始原魔力について教わった。
その結果、始原魔力使い、気法師、風水師、そして仙術士を覚えた気がする。
極伝が切っ掛けじゃあ、ニナに話せないんです。
あたしはそこまで考えて、思わずため息をついた。
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