05.話題になるんじゃない
日課のトレーニングを片付けた後に一息ついて読書を始めた。
少しすると廊下に知った気配が現れて、部屋の扉がノックされる。
扉を開くとそこにはディアーナがいた。
「こんばんはディアーナ」
「こんばんはウィンさん。こんな時間にすみません」
たぶん件の元神官の件で話があるんだろう。
「ううん、気にしないで。立ち話も何だし、部屋に入って」
そう伝えてディアーナを招き入れる。
彼女は遠慮していたけれど、せっかく来てくれたのだからと共用の給湯室を使ってハーブティーを用意した。
【風操作】で防音にして話を始める。
「それで、たぶん例の神官の話よね?」
「はい。実はさっき、デイブさんから魔法で連絡があったんです――」
元神官を見つけたが、サイモン様と同じく『魔神の弟子』であること。
あとはディンラント王家の秘密を知ってしまったために、本人の命の危険があり得るという話だったそうだ。
「わたしからは『魔神さまからお告げがあったので、王国に本人が従属する形で保護してもらうように連絡します』と伝えたんです」
デイブはそれで納得したそうだ。
「他には何か言ってたかしら?」
「そうですね。『竜担当』のことを訊かれたのですが、『いまお話出来ることはありません』とだけ応えました」
そっちの話については、デイブは納得したんだろうか。
ディアーナに確認してみると、直ぐに引き下がったようだ。
「それ以上は特に何も言われませんでしたよ? あと、わたしからはアイザックさんにお仕置きすることを伝えたら、可笑しそうに笑っていました」
そうか、オーロンの件で何やら荒ぶっていたから、ちょっと気にしてたんだよな。
デイブがそんな反応なら、とりあえず気にする必要は無いか。
あとはオーロン本人が何とかするだろう。なーむー。
「どうしたんですかウィンさん?」
「何でもないわ。ちょっとデイブが知り合いの件で機嫌が悪くなってたのよ。あたしにもさっき連絡があったんだけれど、可笑しそうに笑ってたんなら大丈夫かなって」
「そうですか。機嫌はとくに……、普通そうでしたね」
その後はディアーナとお喋りして過ごし、彼女は適当なところで引き揚げて行った。
寝るには微妙に速い時間だったので、読書を再開するかを考えていると、教皇さまに相談に言った件をキャリルに話していないことが頭に過ぎった。
あとはニナにもちゃんと話していないんだよな。
思わず時計を見るけれど、部屋を訪ねるにはちょっと遅い時間ではある。
あたしは【風のやまびこ】で連絡を入れることにした。
「こんばんはキャリル、こんな時間にごめんなさい。いまいいかしら?」
「こんばんはウィン。どうしましたの? 大丈夫ですわ」
「実は今日の午後、『薬神の巫女』の件で教皇さまに相談しに行ったのよ」
「そうでしたの。どうなりましたか? 学院には残れるのでしょうか? わたくしはウィンが国教会本部に行ったとしても、スパーリング目的で訪問しますわよ?」
それは、嬉しいというべきなんだろうか。
まあ、キャリルとしては他意はないとおもう。
彼女の言葉に思わず苦笑いしつつ、あたしは話を続ける。
「結論からいえば、これまで通りよ。薬神さまからのお告げで、自由に過ごしなさいって言われていたの。その理由が、あたしが薬草を使った伝統医療に関心があるからなの」
「そうでしたの。それでしたら教皇さまが、ウィンを支えて下さるのは間違いありませんわね」
弾んだ声でキャリルが応える。
「うん。そうなったわ。本当にありがたいというか、畏れ多いというか。そんな感じね」
キャリルとはそんなやり取りをした。
ちなみに彼女はロレッタ様と一緒に、ペレの実家のラクルブルム伯爵家との夕食会に参加していたそうだ。
夕食会だから自重したそうだけれど、ペレに竜芯流を教えた彼の父と戦いたかったとか言っていた。
そのあとニナにも魔法で連絡したけれど、彼女は「良かったのう」と言ってくれた。
『諮詢の女神』は国教会でも秘密の内容だから話せなかったけれど、教皇さまが『創造神は語らない』という話をしたことは伝えた。
「確かにそういう話は、共和国でもあるのじゃ。創造神さまも関係する話になったのかの?」
「うん。言えないことが多いけれど、そういう話になったわね。教皇さまもその時に気が付いたことがあったみたいで」
「そうじゃのう。妾は神学は専門外じゃが、それでも創造神さまについては魔法理論の中でも歴史的にテーマとなることは多いのじゃ。それは聞いたことはあるかの?」
「ううん、無いわね」
なんだか魔法学トリビアな話になる気もしたけれど、せっかくなのでニナの話を聞いてみる。
「けっきょく魔法というものが、『神々の奇跡から学んだもの』という理解があるためなのじゃ」
いまでこそ“単一式理論”があるけれど、それが定まる前にも古くから、究極の魔法の形を想像した人たちがいた。
そこから創世の奇跡こそ至高と考えて、創造神さまについて語る魔法学者が結構いたそうだ。
「――とはいうものの、『創造神は語らない』という話もまたあっての。それに教皇さまが一石を投じるのなら、妾もそれは聞いてみたいのじゃ」
「そうねえ。魔法学の話はしていなかったけれど、何か分かったら話題になるんじゃないかしら」
「確かにのう。それを楽しみにするのじゃ」
ニナとはそこまで話してから連絡を終えた。
そしてあたしは読書を再開し、眠くなったところで寝た。
一夜明け二月の第三週になった。
いつも通りに起き出して寮の食堂に向かうと、寮生が何やら熱心に話し込んでいる。
ふと視線を向けると、誰かが持ち込んだ新聞の号外を読みながら話をしているみたいだ。
そこまで観察して、あたしは教皇さま達のモフのミサ関連の話だろうと察し、朝食を優先する。
配膳口から料理を受け取り、適当な席で食べながら周囲の話を聞いてみると、やっぱりハトのミントちゃんが現れた件で大騒ぎになったらしい。
興味があるかと言われれば、全く無い話だ、うん。
それでもあたしとしては教皇さまを焚きつけた可能性がある、かも知れない。
少なくとも神域でソフィエンタからは、そう言うテンションで話をされた気がする。
それを思い出し、細く息を吐いてから朝食の途中で立ち上がり、号外を読んでいる寮生のところに行く。
少し読ませてもらったけれど、ミントちゃん登場後はお祭り騒ぎみたいになったようだ。
「ウィンさんはどう思うかしら?」
「どうって言われても、あたしとしては関係無いので、学院の生徒が面倒ごとに巻き込まれなければいいなって思いますよ」
号外はミサの様子の報告から始まり、ソフィエンタが言っていた通りハトのミントちゃんが現れて盛大に盛り上がったことが記されていた。
その後に教皇さまが王立国教会を代表する形で発言が紹介されていた。
薬神さまが自ら祝福したアカシアの枝が、ミサの会場にもちこまれた。
これで薬神さまが、モフモフに関する権能を有することが正式に確認された。
これからはモフモフによる癒しを考えるときに、薬神さまや国教会が力になれるだろう。
そんな話だ。
「教皇さまの発言はいいんです。国教会の態度ということですので、それを受けとめるだけですから」
「ということは、解説記事が気に入らないのかしら? あなた、眉間にしわが寄ってるわよ?」
別の先輩がそんなことを言う。
まあ、気になるんだよな。
「だってこの解説記事の見出しは何なんですか? 『モフたんであなたもモフの巫女に?!』ってイミがわからないんですけど?」
記事には、『匿名のF氏によれば、迷いペット探しに参加すれば『モフの巫女』という称号が得られる可能性が高い』と記されていた。
いや、あたし的には管轄外なのは間違いないんですが。
そこまで考えてあたしは重要なことに気が付く。
「あれ? ――もしかして!!」
あたしは直ぐに【状態】の魔法で確認をすると、自身のステータス情報に変化があった。
「よぉーっし!!」
「ど、どうしたのウィンさん?」
不思議そうに寮の先輩に訊かれるので、あたしは慌てて握り込んだ拳を緩める。
「あ、いえ、すみません。称号で思いだしたんですけれど、いま確認したら困っていた称号が消えてたんです」
あたしの言葉に先輩たちは不思議そうにしていたけれど、風紀委員をしていると色んなあだ名を付けられて困るんですと告げると励まされてしまった。
その後あたしは意気揚々と席に戻って、朝食を食べた。
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




